誘惑のサンタ

文字数 5,172文字

タイトル:誘惑のサンタ
書いた人:甘らかん(かんらかん よい子です)

 夜中に目が覚めてしまうのは、たいていトイレに行きたくなるからだけど、この夜は違った。
 10月半ば。街はハロウィンで盛り上がっていようこの時に、私の目に飛び込んできたのは。

「なんで!」

 思わず叫んでしまった。
 本来なら「キャー」とか「助けて」とかビクビクすれば可愛げもあるというものなのに。
「いろんな意味でなんで!」
 2度言ってしまうあたりも独身賃貸一人暮らし人生折り返し過ぎた女性の肝すわり性質のなせる技なのか。

 振り返った男はおじいさんではなかった。付け髭もつけていない。
 その男の第一声が。
「ぷぷぷ。いい歳してピンクのパジャマですか」
 真顔でぷぷぷってなんだ。
「黄色いサンタに言われたくないよ」
「これは、一本取られちゃったかな」
 ぷるんとした厚めの唇がセクシーな男はそれ系のイケメンであった。
 それ系のというのは、午後3時にお届けものを装って人妻に愛の言葉をささやきに来るようなイケメンということだ。
「さて、自己紹介からしたほうがいいかな」
 男は隣に座ってきた。ちなみに私は起きたばかりなのでベッドの上だ。つまり私と男はベッドに腰掛けていると思っていただきたい。
「女性を愛し、女性のために生き、女性のために尽くす男。その名も、聖・ばんばらばんばんばん」
 いつから、日本にはこのようなエロ気たっぷりなイケメンが増えたんだろう。
「漢字で蛮薔薇蛮蛮蛮と書きます」
 昭和生まれの私の頭の中で、5人の色違い戦隊ヒーローが並んでエロ気イケメンの名前を暗唱していた。
「その…ゴレン…ばんばらさんはなにが目的でうちに?」
「そう急かさないで」
 口元に人差指をもっていってシーッとゼスチュアー。
 これが昼間で意識もはっきりしていたら非力なオバサンなりのコークスクリューパンチが炸裂するところなんだろうが、時計の針は午前2時。これは夢かもしれないと疑っているくらい覚醒していない。
「なんで黄色いんですか」
 サンタの衣装は赤だろう。そこからなら聞いてもいいはずだ。

「赤は渡っちゃいけないけど。黄色は危険ながらも渡っちゃうだろ」

 じっくりと、脳細胞が動き出すのを待つ。
 エロ気イケメンが甘ったるい笑みを隣で浮かべている。
「すみません。私のミジンコ並みの脳みそではその言葉の意味を理解することができません」
 エロ気イケメンのぷるっとした艶のある唇が「マジかよ」と動いた。
 いやいや、それ、私のセリフ。
「ひょっとして、僕のこと拒否っているの?」
「あたりまえだわ、ボケチンが」
「即答」
 笑。
 なんだ、この会話。

「あの、ばんばらさんはなにが目的で家宅侵入しているんですか」
「あ、そこ戻します?」
 戻さないと話が進まないだろう。
 エロ気イケメンは組んだ指をじっと見つめて。
「実は、サンタになるための試験なんだ」
「見習いだから黄色いの?」
「ピンポーン」
 正解らしい。
「12月の本番に向けての最終試験なんだ。大人に気付かれずに忍び込めるか、という。証拠になるものを持ち帰れれば合格なんですが」
 私は男が背中を向けていたあたりに目をやった。そこには、部屋干ししているブラジャーが……。
 続けて男の目を見た。私の顔から何かを察知したのか、少年のような笑顔を向けてきた。
「心配しないで。大きさなんて、僕にはなんの問題もないから」
 脳は起きてきたけど体はまだまだ睡眠下だ。
「眠くなかったら迷いなくぶん殴ってます」
「ははは。おもしろい人ですね。侵入したのがあなたの部屋でよかった」
 笑。
 話進めないと。
「なんで大人の部屋なんですか」
「それまではお孫さんと同居しているマダムの部屋に侵入していたんだけど。マダムたちは敏感なのかみんな目をさましてしまうんだ」
 なんか、質問の答えになっていない気がするけれど。おもしろそうな話だから聞いておく。
「マダムたちはみんないい人だったよ。なにも言わなくても飴ちゃんくれたり、お札握らせてくれたり」
 なんで見ず知らずの家宅侵入者にお札握らす?
 どうりで母さん助けてお金が必要なんだ詐欺の被害が減らないわけだ。
「でも、飴ちゃんとお札では試験に通らない。我々は窃盗犯ではないと試験官に怒られた。うまくいかないものだな。マダムたちはみな親切にしてくれたのに」
 私の貧乳を隠す布製のそれは窃盗に値しないといわんばかりのエロ気イケメン。
「だから、ターゲットを変えることにしたんだ。家族がいない、一人暮らし、独身に年季の入った女性。ならいけるんじゃないかと。ねっ」
 ねっ。ってなんだよ。
 おまえだって、どう見ても30代も終了しているだろ。おじさんだろ。
「でも、あなたを見て僕の気は変わった。それは、つまり。ピンクのパジャマがとても似合っている。ってこと」
 腹がたつ。けれどいちいちパンチを繰り出していてはこっちの拳がコナゴナになってしまう。
「5歳は若く見えるよ。マジックだね」
 聞き流す。私くらいの年齢になると悟りが開けるっていうか、お世辞とセクハラの違いくらいわかりすぎるくらいわかる、つもりだ。
「目をそらさないで」
 全身に鳥肌がたつことを平気で口にすることができるのがエロ気イケメンの特権ではあるが、無理やりのアゴクイは条件反射でその手をひっぱたいても傷害罪にはあたらないだろう。
「寒気がするので口説くのやめてもらえますかね」
「怒ってるの?」
 やっぱだめだ。我慢ならない。
「真横からロケットパーンチッ!」
 なにがあっても他人に手を出してはいけない。という常識(?)の封印をいま解く。
 私は子供の頃からいい大人にはなれないなと思っていたけれど、いい老人にも死ぬまでなれない気がしてきた。

「ごめん、気に障ったなら謝るよ」
 鼻血を垂れ流しながらも微笑むことは諦めない。それがエロ気イケメンステータス。
「ちり紙、そこにあるから」
 足元のテッシュボックスをアゴでさした。
 たいして鼻血垂れていないのに、ものすごい勢いで引き抜くエロ気イケメン。
「もう帰ってもらえますか」
「じゃあ、僕があなたに出会えた記念に、なにかもらえないかな。飴ちゃんと札束以外で」
 サンタなら、私に札束くれよ。
「ブラジャーとか、もう言わないから。なにか生活感のあるものを」
 やっぱり下着ドロする気だったんだな。イケメンでなかったら警察に通報する前にボコボコのギッタンギッタンにするところだ。
「もう着なくなった服とかでいい?」
「もちろん」
 ウインクをかます黄色いサンタである。

「はい、これあげる」
 昔お世話になっていた印刷会社のオリジナルTシャツを放り投げた。
「なんだい、これは」
 いま、いちばんいらないものとは言いにくいな。
「男の子と女の子の絵があるでしょ。それ大変有名な漫画家さんがキャラデしてくれた書き下ろしだからプレミアものだよ」
 社名と創立記念とかもプリントされている、理不尽に首切りされた会社だから見たくもないやつだ。
「これはだめだ」
 拒否るイケメン。
「なんで、いらないのに」
「袖通してないでしょ? 生活感のないものを持っていくと試験官に盗品だと思われてしまうんだ」
 一回着ればいいのか? と言いたかったが、会社憎けりゃTシャツ憎い。これに袖を通すのは大変胸糞悪い。
「着た感あるやつでお願い」
「しょうがないなぁ」
 捨てようと思っていた夏服の山からなんでもない無地のTシャツを出した。
「じゃあ、これで。けっこう着たよ」
 首ののびたTシャツを眺めて頷いている。黙っていれば普通にイケメンなのに。
「あなたは本当にかわいい女性ですね。Tシャツまでピンクだ」
「オバンのくせに色気付いてんのかって言いたいんですか?」
 何色着ようと私の勝手だろ。
「まさか。お似合いですよ。そんな歳には見えない」
 すべての単語にセクハラ以上のものが込められている。しかもそれが口説き文句だと思い込んでいる。

 こんな男が子供におもちゃを配り歩くのか。

 いや、それはついでで、若い奥さんの部屋にも〈イケナイプレゼント〉を撒き散らすのではあるまいか。よい子のみんなに弟か妹のプレゼントあげちゃうんじゃなかろうか。

「全国の真面目なサンタに謝れ……」
 あれ、いきなり視界が天井。
「あなたぐらいの歳のマダムの部屋にも何度か忍び込みましたが、どうもテンションあがらなかったんですよね。でも、ヤル気がでなかったのは年齢のせいじゃないようです」
 ちょっと待て。
 なんの話だ?
 つーか、なんで押し倒されている?
「あなたは男にも、子供にも、姑にも、お母さん付き合いにも縛られていない。自由な人だ。自由は人を若く見せる」
 いちいちぜんぜん嬉しくないんですが。
「いや、ほんと、マジ帰ってくれませんか」
 絶体絶命ですが、ちょうどヒザが黄色サンタの股間にありますので、蹴り上げのカウントダウン10秒前です。
「嫌なの?」
「いやに決まってんでしょ」
「なんで?」

「なんで!?」

 それ聞くの?
「あなた、サンタクロースになるんですよね?」
「もちろん」
 エロ気イケメンのぷるるん唇が迫ってくる。
 股間にサンダーボルトキックをお見舞いしないと。
(だけど、なんか美味しいかも)
 いやいや、私はそんな安っぽい人間じゃない。
 こんな不道徳なサンタに身をゆだねるようなキャラは持ち合わせていない。
 だいたい、お笑い路線なのに、いきなり濡れ場? そういうシーンもないと読者はついてこないのか? 青年誌の法則か? なんでただ笑える話じゃいけないのか? 読者からの支持を得るために「アッハン、ウッフン」な展開を入れないと連載はそこで終了ですよ。なのか? 教えてくださいアン※イ先生。 
 タコのように尖らせた唇が迫ってくる。

 ドガッ! ドガッ!

 窓ガラスが割れそうな音がした。
「いいところだったのに」
 イケメンの唇が離れていく。
 ベランダの窓ガラスから怒りを込めたようなドガッという音が連打されている。
「た、助かった……」
 心臓がバクバクしている。その由来がどこから来ているのかはいまだにわからない。
 イケメンがピンクの遮光カーテンを勢いよくひいて、窓を開けた。
 そこには……。

 真っ赤に光る鼻のトナカイが息荒くこっちを睨みつけていました。

「いい加減にしろ! このマダムキラーが!」
 窓ガラスが割れるような勢いでトナカイが喋った。
 トナカイが喋るわけないが、ここまで非常識なことが起こるとそれもアリだと受け入れられた。
「もういいだろ、帰るぞ!」
 相棒のトナカイはかなりのご立腹。まぁ、そうだろう。行く先々でこんなことをしていてはサンタ業界の赤っ恥だ。
「いいじゃないか、ご婦人も喜んでくれているし」
 え? だれが喜んでいるって?

「相方が大変失礼な振る舞いをしました。申し訳ない」
 常識あるトナカイだ。
「いえ、あなたのようなまともなパートナーがいて助かりました」
 こうやって、善と悪のバランスは保たれているのだな。
「とても残念です。これからだったのに」
 エロ気イケメンが割って入る。
 ピンクのTシャツ渡したところで終わっているから。
「じゃ、帰るとするか」
 エロ気イケメンはトナカイの背に飛び乗った。ソリではないのだな。
「今度会うときは、赤い服でくるよ」
 イケメンを乗せたトナカイの体がふわっと浮いた。
「サンタになったら、子供のところにしか行きませんからね」
 トナカイが叱りつけている。ということはもう彼は来ないということだ。
「まったく、この人は……」
 トナカイはまだ言い足りなさそうだ。
「いくら付き合っている相手もいない一人暮らしの独身女性といっても、ここまで行き遅れた更年期でも手を出そうだなんて。どこまで誰でもいいんだか」
「ごめんごめん、穴があったら入りたかったもんで」
「だれがうまいこと言えと言ったんですか」
 笑。

 綺麗な星空に消えていくトナカイにまたがった黄色いサンタクロース見習い。
 ベランダからその背中を眺める私が、そのあとどうやって窓を閉めて、カーテンひいて、ベッドに戻って、寝直したのか。
 まったく覚えていない。

 日が昇り、夢であったらどれだけ救われたことかという話だが。
 残念ながらベランダに獣の毛が落ちているのを目の当たりにしてしまい。
 無言で片付けた。

              〈完〉 
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