第三話 転

文字数 5,919文字

「頼まれたこと、調べてきましたよ」
 3月5日20時。とある喫茶店で、海馬探偵の助手・紺野( こんの)カントは第一声にそう言った。
 俺が三日前に打った手は、売ったのではなく買った手は、海馬の助手に成田千尋周辺の調査を頼むという、完全に人任せなそれだった。しかし、考え無しに人任せにした訳ではもちろんない。
 人任せにしたのは、人にしか任せられないからだ。
 それというのも、紺野カントの年齢。彼は探偵助手という立場でありながら、まだ12歳の少年なのである。驚くべきことに。
 しかも彼は、その齢にしてすでに探偵だ。助手の形をとってはいるものの、ほとんど探偵みたいなものだ。下手したら探偵会レベルの推理力と、警戒心を持たれない見た目を生かした調査能力を保有しており、それはもう使えるなんてもんじゃない。
あれだ。ルンバに物を片付ける機能がついているみたいなものだ。
 成田千尋の周辺を探る際に一番ネックだったのは、俺という人間の怪しさだ。聞き込みをするにしたって何をするにしたって、30歳一般男性は怪しすぎる。
 怪しいおじさんとして通報されるのだけは避けたい。
 身分を偽っても見た目の怪しさは消えないし、身分を明らかにしたらそれはそれで警戒されるのがオチだ。探偵って。客観的に見て日本で一番怪しい職業じゃないだろうか。
そんなこんなで、俺には調査の手伝い、もとい調査の全まかせができる人材が必要だった。警戒されない身分を持ち、なおかつ調査能力のある人材。
 適する解は、一人しか思いつかなかった。それがかの少年・紺野カントというわけだ。
 年齢的に幼いというのは、思った以上に相手の油断を期待することができる。かの見た目は子供・頭脳は大人の名探偵も、この利点を大いに活用してきたことだろう。
 依頼した調査内容は、成田千尋が引きこもる前にどのような人間だったのか。
 成田千尋における「不思議な現象」というのがよく分からないにせよ、それが彼女のストレスに基づくものだと先の電話で分かった。収束方法は二つ。一つはそのストレスを何らかの形で解決すること。もう一つは彼女の死。
 つまり後者の収束方法がとられる前に、何とかして前者の方法をクリアするしかない。
 成田千尋のストレスの解決。
 しかしストレスの解決といっても、具体的に彼女のストレスを引き起こしているもの、ストレッサーが何か分かっていない現時点では、解決しようがない。タイミング的に近しい人間の死が関係している可能性が高いが、まだはっきりさせることはできない。
 例えるなら、何が問題か分からないままテストに挑むようなものだ。
 さしあたって直近の課題は、彼女のストレスの原因を突き止めること。
 そこで少年助手に依頼するところに話が繋がってくるわけだ。
 しかしできるだけ早くとは言ったものの、三日で調査を終えてくるとは。期間が短すぎるだけに、情報量に不安を感じないと言えば嘘になるだろう。
「ご苦労だった」
 とまずはねぎらいの言葉をかけてから、俺は感じた不安をさりげなく伝えてみた。
 果たして少年は、
「心配はご無用ですよ。ぬかりはないので」
 と不敵に応えて、情報を全て開示した。それを余すところなく受け取りながら、俺は先の感情が杞憂だったことを実感する。
 以下に記すは、調査結果。
 成田京子。17歳、高校二年生。身長・170センチジャスト。体重・不明(食生活等から推測が可能だが、マナー違反のため自粛)。
 石橋を叩いて渡るような慎重な性格で、計画性を持ち合わせており先を見越す行動が多い。また想像力が人一倍あり、被害妄想がたまに傷。読書好きで特にファンタジー系を好むが、メルヘンチックな性格では一切なく、徹底したリアリスト。人当たりがよく、友達は多い。
 彼氏持ちであったが、1月10日その彼氏・戸妻翔が交通事故で他界。自転車と自動車の正面衝突で即死だったらしい。なんでも事故の一日前に、成田京子と戸妻翔は密会、もといデートをしていたらしい。何とも言えない話ではある。
また1月2日に成田京子の祖父・成田一郎が寿命で他界。成田京子にとっては人生初くらい不幸な正月だったのではないだろうか。
 二人の葬式はすでに済んでいるのだが、しかしここで予想外な情報があった。
「成田さんの友人によるとですね。二人の死について立ち直っているような発言が、会話の中で見られたそうなんです」
 そうなのらしい。
 葬式では我慢することなく泣き、墓にも線香をあげ、高校に行くような話まで友と話していたというのだ。
 てかカラオケも行ってたらしい。
 タフネスじゃねえか。
 しかしどうやら、もうしばらく思い出に浸っていたいと高校を休んだ後、そのままの流れで引きこもりになったらしい。
 楽しい記憶を思い出している最中で、二人の喪失に耐えられなくなってしまった……?
 うーむ……
 いや全然考えられない話じゃないし、友達に強がっていたという線だってあるだろう。それだってカラオケには行かないだろうが、実際部屋から出て来ないわけだし。
しかしどうも引っかかる。
「まあ僕が聞き込みした友達も不思議がってはいましたよ。もう振り切ったような感じで、沈むことはあるだろうけど、これから不登校になるとは思えない様子だったそうで」
 ほうほう。と相槌を打ったところで、初めて疑問が湧いた。
「おい、なんでそんなこと成田京子の友達が教えてくれたんだ?」
「え?ああ、成田さんのいとこを名乗ったのですよ。急に親戚の元気がなくなったので、原因を探りたいって言って」
 とんでもない嘘つきがここにいた。
 のですよ、じゃねえよ。身分詐称だよ。
 いやまあ依頼したのは俺で、それをこなすために必要だったのは分かるが、しかし怖ろしい。嘘つきもそうだが、見かけと名乗った肩書きに騙されて、知り合いの個人情報を垂れ流してしまう人々も怖ろしい。
 小学生ということで警戒心を解かれてしまうのは分かるが、いやはや人間というのはつくづく簡単な生き物だ。
「何か親類を助けるために必死になる僕の姿を見て、涙を流す人もいました。こっちは大変でしたよ。胸が痛むばかりです」
 本当だろうな。
 かすかに嘘の香りがするのだけれど、笑いを堪えるのに大変だったのじゃあないだろうな。上司に悪い影響を受けていないだろうな。
 もしそうだったら、この少年と怖くて話ができなくなるかもしれなかったので、俺は追及するのをやめた。
 ここで、少年は声を潜めた。
「それと調査中気付いたことで、今もそうなんですが」
「ああ、それは俺も気付いているから心配ない。こっちで処理する」
 そうですか、と得心したように頷いて、少年は話を切り上げた。
「さてと、これで情報は全部です。満足していただけましたかね」
「大満足だ。報酬は海馬を通して、後で振り込んでおくよ」
 俺がお礼を言って切り上げようとしたところで、少年からストップがかかった。
「いえいえ、報酬はいただきません。今回はサービスということで」
 にこやかな笑みを浮かべる紺野カントの表情には、海馬とおると同じような黒い色が見え隠れしていた。内心不安を感じながらも、俺はそんなわけにはいかないと食い下がる。
 少年は迷うような素振りを見せてから———本当は迷ってなどいなかったに違いないであろうに、そんな素振りを見せてから、お願いをした。
「では欠掛さん。多分な実績と実力を持つあなたの、プライベートの連絡先をいただけないでしょうか。これから依頼をする際には、その番号から連絡をしていただく、ということで」
 そんなお願い。受け入れるしかあるまい。こちらは働いてもらった側なのだ、断るに断れない。彼がどんな狙いを持っていたとしても。
 聞くに彼は、独自の人脈を作りたいらしい。
 今まで依頼を受けるにしても、全て海馬を通して行うもの。それでは自分自身のコネクションを築けない。それでは独立した時に、意味がない。
 というような説明をしていたが、理由がそれだけでないことを俺は見透かしている。
 彼は、借りをつくった。
 連絡先が欲しいなどと言っても、それは仕事の報酬としてはあまりに軽すぎる。おそらく俺は、これから少年から依頼があれば、自分から進んで無償でそれを引き受けるに違いない。
 プライベート番号から来た依頼を。
 一も二もなく、優先して、無償で、海馬とおるに知られることなく引き受けるに違いない。
 やれやれ。何を企んでいることやら。
 俺は苦笑して、頷いた。
「勿論、教えよう」
 この少年は、本当に怖ろしい。


 さて折角情報を得たので、活かさなければならない。今回の話が、紺野カント怖いで終わってしまう。
 ストレスの原因、か……
 先の情報を聞いて、ふと思い出したことがあった。
 成田京子の部屋に散乱していた、何冊かの本。ほとんど小説だったが、一冊新書が混じっていた。そのタイトル。
 何分一瞬のことだったので確かではないが、おそらく見間違いはないだろう。見たときは大して気に留めていなかったが……
 成田京子の性格。
 先を見据える。想像力が豊か。現実主義。
 そして近しい人間に、死が訪れている。
 死を身近に感じている。
 が、すでに彼らの死からは立ち直っている。
 彼等の死からは( 、、、、、、、)
 死。
 想像力、想定。
 現実的に。リアル。
 本のタイトル。
 タイトル。
 …………
 なるほど。
 少しは、固まってきたかな?
 本当ならば時間をかけてじっくりと検証したいところではあるが、時間がない。この瞬間にも、彼女が自殺していてもおかしくはないのだ。
 それは困る。紺野カントに借りをつくっておいて、そんな結末はさすがにない。
 となれば。
「早急に動くとするか」
 急がば回るな。真っ直ぐ進もう。


 早急に動くとは言ったものの、すでに時は夜。その日は電話で知り合いと他愛のない話をした後、アパートに戻った。
 翌日、3月6日。午前11時。
 俺は再び成田家の前に立っていた。立って、そこから動かなかった。
 いや動けなかった。
 成田千尋にどうすれば会えるか、全く考えていなかったのだ。
 まず思いつくのは正面から、つまり玄関から尋ねる方法なのだが、俺には成田家の扉をぶち壊した挙句、成田千尋の癇癪を起こした前科がある。高確率で成田夫妻に門前払いされることだろう。家に入れてすらもらえない。
 次に考えたのは不法侵入。成田千尋の部屋の窓は、こちらを向いている。2階にあるのでロープを使ってクライミング、か。これはなかなか良いと思ったのだが、問題点が二つほど見つかった。
一つ目は、次は成田家の窓を壊すことになるという点。まあこれは仕方ないというか、ごめんなさいというか、心の中で折り合いを付けられる問題ではあった。
しかし二つ目は、なんといっても人目を惹く点だ。こればっかりは、どうしようもない。対策があるとすれば、夜中人通りが少ない時間に侵入を実行することか。幸い、ここは人通りの少ない住宅地なので、成功確率は半々といったところか。
深夜、女子高生の部屋に、中年男性が侵入。
……さすがにやべえな。普通に捕まるわ。問題点二つどころじゃない、めちゃくちゃ大きな問題だった。
 犯罪まがいではなく、バッチリ犯罪だった。
 何が「なかなか良い」だよ。
 全然良くないよ。
 さて不法侵入も無理だとなると、いよいよ手が付けられない。
 こちらから入っていくのは不可能。となると、あちらから出てきてもらうしかない。
 引きこもりの成田千尋に、出てきてもらう?いやそんなことができるなら、そもそも俺が成田千尋と面会する必要なんてないのだ。
 それに九十九が言うには。
 このケースでは、本人がストレスの重圧に耐えかねて、外に出る前に自殺——
 バリイイイィイィン!
 と。
 ガラスが割れる音がした。
 思わず音のした方を見ると、
 成田千尋の部屋の窓が割れていて、
 成田家の屋根の上に、
 パジャマ姿の成田千尋が、立っていた。
「…………!」
 何故成田千尋が屋根の上に。というかどうやって。
 窓が割れて、そうか怪力で窓を割って屋根に跳んだのか。
 しかし彼女は運動神経が悪いのでは。
 いや、超常現象は怪力に限らず、彼女の運動神経全てに起こっていて。
 などと混乱している間に、彼女は膝を曲げて隣の家の屋根に跳び移ろうとしている。
「っ!待て!」
 叫ぶが聞き入れる様子はない。声量は届いているはずなのに、声が届いてない。
 届いていないのは分かっているが、それでも叫んでいた。

君は( 、、)死ぬのが怖いのか( 、、、、、、、、)

 ぎょっとして、彼女がこちらを振り向いた。その表情から、俺は自分の推理の正しさを確信した。そして安堵する。
 良かった。声は届いたようだ。
 などと思っているのも束の間、彼女は屋根からこちらへ一直線に跳んできた。
 おいおい着地はどうするんだと、この期に及んで俺は呑気な事を考えていた。それが仇になった。
 彼女があっという間に眼前に迫り、そのまま右フックを放ってきたのだ。
「ふぁっ!?」
 避けたい。避けられん。
 咄嗟に顔を左腕で庇う。
 瞬間、俺はフックの威力で吹き飛ばされて、石垣に全身を叩きつけていた。
「ぐっ……はぁ」
 パンチで飛んでくとか、バトル漫画じゃないのだが。
 庇った左腕は完全に折れていた。
「くっそ……」
 まずいな、身体が痛くてうまく動けない。
 必死で体をよじり、成田千尋のいる方へと視線を合わせる。
 正確には、いた方か。
 なぜなら彼女の姿は、とっくに見えなくなっていたからだ。
 どうやら俺に追撃を与えるつもりはなかったらしい。心中を言い当てられて、感情的になって一発殴りに来たという線が濃厚だ。
「くっそ……」
 ため息をつく。なんでまた、こんなことになっているんだ。
 今のは本当に成田千尋か?それとも成田千尋の顔をしたベジータか?
 だめだ。痛みで頭が全然回らない。
 なんにせよ、このままずっと倒れているわけにもいかない。俺は身体を無理矢理起こし、石垣に手をついて立ち上がった。
 そこに、一人の足音が近づいてきた。
「こんにっちはー、ご機嫌いかがですかー?」
 振り返ると、一人の女が笑顔で歩いていた。見かけからして17、18歳くらいだろうか。どこぞの学校の制服のようなものを着ている。はて、今日は普通に平日のはずなのだが。
 そしてこいつの足音。成田家からこちらにかけて近づいてきていた。つまりこいつは、先程まで成田家の中にいたということだ。
 成田家内。成田千尋の暴走。
 つまり原因は……
「お前、何者だ」
「私ですか!私はですね、CSG実戦部隊第八師団長の、屋島( やしま)でーす。よろしくぅ!」
 えー何この子。
 めちゃめちゃテンション高いんですけど。
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