第四話 転転

文字数 7,299文字

 しかしこの状況において問題なのが、テンションの高さではなくその肩書きであることは、いかに痛みで頭がまわらなかろうと理解できた。
 Creative・Science・Group。略称CSG。
 世間一般でも広く知れ渡っている科学集団で、商品開発にも携わってきた。特許なんていくつ取ったのか分からない。研究所に入れてもらえなかったり追い出されたりしたはみ出し者の研究者たちも積極的に入会を受け入れ、さらには孤児の引き入れも行っている人情溢れる集団。
 ………というのは表の顔である。
 実際には違法な人体実験を繰り返し、人の道を外れたマッドサイエンティスト集団。引き入れた孤児がどうなったのか、考えるだけで気分が悪くなる。例を挙げるなら、全身火だるま人間に改造され、マンションで大規模な火事を起こした人間もいる。それも彼等に言わせれば『実験』なのだろうが。
 ではなぜそんな集団だと分かっているのに、野放しにされているのか。
 実はこの集団のトップ、神童徒然は政界と財界に深く通じており、CSGに国家権力が届かないように手が回っている。証拠も全部もみ消されて、潰す手立ては無しだ。
 それでも裏の世界には、殺し屋だのなんだの物騒な連中は山ほどいる。実際数年前は、知り合いが彼等の実験場に特攻を仕掛けている。権力がなんだ、とそういう人間に攻撃、例えばテロを起こされたのならば、一たまりもないのではないか。
 否。彼等は度重なる人体実験で、すでに人の力を超えた技術を手に入れている。
 異常な肉体改造。
 それを施した人間で実戦部隊を立ち上げ、自己を防衛する。
 この方法でCSGは、自分たちに攻撃する犯罪者たちを、根絶やしにしてきた。俺の知り合いはぎりぎり生きて帰ってこれたが、それ以外で彼等に歯向かったものが生き延びたという噂を聞いたことがない。
 公にも、暴力でも、歯向かうことは自死を意味する。
 どんな形であれ、反抗行為はタブーな連中。
 それがCSGだ。
「で、その実戦部隊の師団長が、こんなところに何の用だ?」
「え、ひどいですねぇその言い方。初対面の人にそんな不愛想な態度とって、よくないと思いまーす!」
「質問に答えろよ」
 痛みに顔をしかめながら、身体の状態を確認する。
 急に走るのはまだ無理かもしれない。つまり逃げるのは困難。そしてもともと武闘派ではない俺が、高校生くらいの年齢とはいえCSGの実戦部隊と交戦するのは、それ以上の愚策。
 ここで屋島が攻撃してきたら、俺は打つ手がないということだ。
 畜生、何て間の悪いときに現れてくれたのだ。
 そんな考えを読み取られたのか、屋島があははと笑う。
「いやですね、取って食ったりしませんよ。肩書き上、どうも警戒されるんだよなー。大体ここで下手に危害でも加えたら、探偵会との全面対立になっちゃうじゃないですか。無駄な争いは避けたいんですよー、これでもねっ!」
 探偵会との対立……なるほど、あんな飲み会でも、実情を知らない人間にとっては対立を避けるべき対象になるのか。勉強になった。
 発言の内容から襲う気はないようだが、油断はできない。
「何故、お前が、ここにいる」
 俺は質問を繰り返す。
 屋島は笑みを崩さず、あくまで楽しそうな様子を保ったまま、答えた。
「えとですね。まあ単刀直入に言いますと、この件から手を引いて欲しいんですよね!」
 この件。
 成田千尋の件のことか。
 まあ成田家から出てきた時点で、成田千尋にこいつらが関わっていることは予想し得る事態なのだが。加えて成田千尋の暴走。俺や九十九にとってイレギュラーの屋島が何かをした可能性は高い。
 そして師団長直々に接見に来たということは、CSGが今回の騒動に首を突っ込んできたということ。
 だが分からない。なぜCSGが成田千尋に興味を見出した?
 超常現象が引き起っているとはいえ、彼女はただの精神を病んでいる高校生で……
 待てよ。
 超常現象。人智を超えた力。
 つまり。
「成田千尋は、実験対象か」
「お、話が早いですねー!さすが探偵」
 屋島の反応を信じるならば、これで正解なのだろう。
 異常科学集団が、超常現象に関心を持ち始めたってわけだ。ここで俺が成田千尋の悩みを解決してしまえば、超常現象は収束する。つまり実験が終わってしまう。
 だからこそ、俺が邪魔なのだ。
「いやー、本当は今日ここで彼女を捕獲……あぶね、保護して実験場に連れて行こうと思ってたんですよ。そしたら思いのほか反抗されちゃって、挙句の果てに逃げられちゃいました」
 てへっと舌を出す屋島。
 いやあぶねじゃねえよ。ばっちり捕獲って言っていただろう。
 ともあれ先の成田千尋を取り巻いていた状況は、これで理解できた。家から出ざるを得なかったわけだ。
 実験対象か……
「超常現象を解明して、自分たちのものにしたいってところか」
「ビンゴビンゴ!ま付け加えておくと、私たちは便宜上、この手の不可解な現象を『ディフェクト』と呼んでいるんですけどね。超常現象じゃ言いにくいしダサいんで」
 ディフェクト——欠陥、ね。
 俺は肩をすくめた。
「とっておきの研究対象に欠陥とは、随分な言い草じゃないか。科学団体らしくない」
「欠陥でしょ。彼女の運動神経、見ました?人間のレベルを超えているとか、もうそんな話じゃないですよ、あれは。間違ってこの世界に起こってしまった、神様の失敗。それを逃さず人間のものにするために、私たち科学の従人が立ち上がったのです!」
 ううん、なるほど。イレギュラーの解析か。確かに理にかなった発言ではある。
「まあ現象の当事者を拉致しようとしている時点で、お前たちの発言に受け入れられる点は皆無だけどな」
「あー、そこは触れないでおいてくださいよー。私たちだって、好んで強硬手段を用いているわけじゃないんですよー?ただなにぶん、渦中の人物は精神状態が正常でない場合が多いんで、説得がムズイんすよねー。落ち着くの待っていたら、事態は終わっちゃうし。こっちも苦労してんです」
 笑顔のまま困ったような仕草をする屋島。
 俺は腕組をする。
「分からないな。そんな苦労をしてまで、超常現象を研究する意味なんてあるか?」
「いやディフェクトって言ってくださいよ!気に入らなかったんですか!?」
 と妙な所で突っかかってから、屋島はため息をついた。
「正直、意味があるかどうかは私には分かりませんけど、うちのボスは有意義だと確信しているっぽいですねえ。まあ例え意味なんて無くとも、分からないことがあれば解き明かしたくなるっていうのは、人間誰しも同じなんじゃないですか?」
 随分投げやりというか、屋島自身よく分かっていないような説明だったが、それでも辛抱強く続ける。
「ええと、まあつまり……ああ九十九さん。あの人と比較すれば分かりやすいんじゃないです?」
 つくもさん?
 ん、なにそれ?
「あなたのお友達の九十九さんが『あやふやなまま問題を解決する』のであれば、我々は『きっちりと原因を解明したい』って感じですかね」
 屋島は自組織のPRに成功したと言わんばかりに、得意げにピースサインをした。
 九十九がお友達とか心外であり俺の権利の侵害だが、いやはやこうして聞くと、こいつらの方が解明意欲がある分探偵らしいな。
 ともあれ概要はおおむね理解できた。
 俺は屋島に質問する。
「その言い方だと、まるで九十九と会ったことがあるように聞こえるのだが」
「はいっ。よく仕事の邪魔されてますよ。ディフェクトが発見される度、あの人に解決されてパーになるのがいつもです」
 困っちゃいますよーとにこやかな屋島。俺は重ねて質問する。
「それだったら、とっくの昔に探偵会とお前らは、対立状態にあっていることになるんじゃないか?」
 九十九だって性格に難があるとはいえ、探偵会の一人。先の『探偵会と対立したくない』という発言と矛盾しているという風にも思えるが。
 しかしこれは勘違いだったようで、屋島は首を振った。
「いえいえ。我々CSGは、公には勿論裏の世界においても、ディフェクトに手を出していることは知られていないんです。というか思いっきり隠蔽しているんですよ。組織の人間もごくわずかしか知らないことです。ちょっと面倒臭いことになるんでね。なんで、九十九さんがいくらそういった事例を解決されても、こちらがそれに不満を持っているポーズはとれないんですよ。故にそれが原因で対立することはない。まあ殴り合いとかになったら、全面対立待ったなしですけどね!」
 なるほどね。組織は色々あるものだ。
 屋島は説明を終えてすっきりした表情となり、言った。
「というわけで欠掛探偵。大変心苦しいのですが、この件には今後一切関わらないようにしてくださいっ。謝礼も多分、後で出ますから!」
「断る。探偵はいかなる力にも屈しない」
「何の為ですか?」
 屋島の持ちかけてきた話を一刀両断すると、返し刀で鋭い問いが飛んできた。その表情は、まだ笑っている。
 が笑っていなかった。
 笑顔が張り付いているというだけで、彼女は決して笑っていなかった。
「何の為に、何が目的で、あなたはここにいるんですか?先ほど私に何度かきかれていた問いではありますが、言いたいのはずっとこっちですよー。依頼は取り消されて、一文の得にもならない癖に、知り合いの探偵助手まで雇ったりして。あなたの行動がまさしくイレギュラーです。分かってますか?あなたは名の知れた、俗にいう名探偵なんですよ?一人の高校生にかまっている時間は、そんなにないはずなのです」
 あなたは。
 何の為に。
 ここにいるんですか?
 屋島が俺に向けて放った質問に、俺は答えようとした。が答えられなかった。
 分からなかったからだ。
 海馬とおるを相手にしたときは適当に誤魔化したが、そもそも俺は何でこんなことをしているのだ?
 ……いや簡単だ。
「助けたいからだ。それ以外ない」
「助ける?何をもって?あなた、自分の能力を誤解していませんか?あなたは探偵です。探偵は誰かを助ける職業じゃあないでしょう。探偵が動くのは、いつも事件が起きた後。当然ですよね、解決しなきゃいけないんですから。殺人事件の犯人が分かったとして、それは誰かを助けることに、果たしてつながりますかね?」
「……被害者の親族は、救われるだろう」
「救われねえよ、親族の心の傷を舐めんな」
 屋島は笑顔のまま、口調を強める。それがミスマッチしており、大変気分が悪くなる。
 気分が、悪くなる。
 囁くようなその声に、脳が支配されるような錯覚に陥る。
「結局探偵なんてのは、誰かを救うことなんて決してできやしねえんだよ」
 バキバキと。
「探偵ができるのは、罰することだけだ」
 バキバキと、何かが折れていく。
 折られていく。
「それが分かっているからこそ、せめてぱっと見救えそうなモン勝手に救おうと必死になって、本来の職業ほっぽり出して今回みたいな他人の事情に首突っ込んでんだろ。そういうのをして、自己満足っていうんだよ。なあ」
 思い出せよ。
 あんたは、探偵なんだ。
 人を助けることなんて、できやしない。
 その言葉が聞こえたとき、身体から力が一気に抜けた。立っていられず、その場に膝から崩れ落ちる。
 そんな様子を哀れんでいるように見た屋島は、俺の肩を優しく叩き、口調を戻して言った。
「欠掛探偵。私は今、成田千尋の行方を追おうとしています。この件に関わりたいというのなら、せめて私に彼女の居場所を推理して教えるという形で協力して、それで最後にしてくれませんかねっ?」
 はは、何を馬鹿なことを。お前なんかに、教えるわけないだろう。
 と言い返す気力は、残っていなかった。
 俺の推理では、成田千尋は墓に行っている。彼女の考えの、最も深い所に関わる場所。
 ……言うべきか?
 言ってしまえば、彼女はCSGに捕獲され、実験体の扱いを受けることになるだろう。自殺も許されず、身体に限界が来るのが先かもしれない。
 だめだ、言ってはいけない。言うべきではない。
 なのに、俺は口を開いた。

「成田千尋は、隣町の上坂( うえさか)墓所に向かっている。成田一郎が埋められている、彼女にとって最も思い入れのある場所だ」

 屋島は笑顔で、ぺこりとお辞儀する。
「はいっ、ありがとうございます!謝礼は後ほど探偵所に振り込まれると思うので!では、お世話になりました!」
 そう言って、颯爽と立ち去ろうとする。
 俺はその後ろ姿に、思わず声をかけていた。
「なあ、さっき俺が成田千尋に叫んでいたの、聞こえていたか?」
「?ああ、そういえば何か言ってましたね。内容までは聞き取れませんでしたけど、それが何か?」
「いや何でもない。大したことじゃないから気にするな」
 なおも屋島は不思議そうにはしていたが、時間が惜しかったのだろう。すぐに走っていった。これから上坂墓所に向かうのだろう。成田千尋を、捕獲するために。
 ふう……
 何だか疲れてしまった。
 俺はため息をつき、携帯電話を開いた。


 屋島は一人走っていた。
 どこへ向かうのかと言えば、駐車場である。さすがに徒歩では隣町まで行きたくない。
 彼女は17歳。一般的には高校に通っている年齢だが、彼女の場合は少々事情が異なっていた。
 生まれたときから孤児で、孤児院で暮らしていた。その頃は小学校も普通に通っていたが、退屈に感じ齢10歳でCSGの実験体に志願。CSGの裏の顔を突きとめるのみならず、その危険なところに自ら突っ込んでいく様は、彼女の性格をよく示している。
 自分が、力を得て、楽しめれば何でもいい。
 そういう人間である。
 実験に耐え、彼女は常人を超えた身体能力を手に入れた。
 彼女は嬉しかった。実験に耐えきれず死に行く者が数えきれないほどいた中、自分が生き残っていることが。人間離れした存在になれたことが。
 そのままCSGの実戦部隊に残り、上層部の駒となった。
 彼女は一人の戦士である。
 そして。
 戦士に油断はない。
 駐車場に着くと、既に2人の部下が待っていた。脇には車が止めてある。
「団長。準備はできております」
「おっけい。それじゃあ行こうか!隣町の上坂墓所によろしくぅ!」
 意気揚々と屋島は車の後部座席に乗り込む。部下の二人も倣って、運転席と助手席に乗った。
 車が発信する。
 逃した獲物を追う、つまり任務の成功か失敗かが問われる場面でも、屋島は笑顔を崩さない。リラックスした様子で雑談を始める。
「ねね、お二人さん。情報の駆け引きにおいて重要なことって、何だと思う?」
 二人の返答を待たず、屋島は勝手に話を始める。
「それはねっ、ふふん。疑うことだよ。相手がどんなに正しそうなことを言っていても、まず疑うこと。そうだね例えば、ある女の子にとっては祖父の死よりも、ほんとは彼氏の死が重かったんじゃないのかな?とかね。だったら思い入れがあるのは、彼氏の死なんじゃないの?とかね。とかねとかねっ」
 慣れたように無視する部下二人。屋島は意も介さず、懐から取り出したタッチパッドの画面を開き、あるものを確認した。
 そして、笑みを、一段と深くする。
 笑顔は彼女のポーカーフェイス。
「行き先変更。彼氏さんが埋められた桐岡墓所に向かえ」
 繰り返す。
 戦士に油断はない。


 俺は住宅地を抜け、川沿いに町を走っていた。
 時刻はちょうど正午。午前と午後のちょうど境目。
 そういう意味でいうなら、これから向かう場所にはおあつらえ向きの時間帯かもしれない。
 生と死の境目、墓所。そう、俺はこれから墓所に向かっている。
 目的は花を持っていくことではない、あくまで仕事で用があるだけだ。依頼を受けたら、それはどこまでいっても仕事であり、仕事でしかない。
 思えば仕事の定義というのは、一言で表すのは難しいものだと感じる。勿論物理の方ではなく、社会的な意味での話だ。
 前に気になって広辞苑で調べた所、確か「すること」だったか「しなければいけないこと」だったか、そんな感じのことが載っていたのだが、すること全てが仕事ってわけでもないだろうし、しなければいけないことって誰が決めたのだと揚げ足を取りたくもなる。
 やはり普通に、「職業、業務」とだけ思っておくのが無難かもしれない。
 気になって仕事に集中できなくなるよりは、そう思っておくのが良いのかもしれない。
 と考えているうちに、墓所の前まで来た。
 桐岡( きりおか)墓所。
 ここが俺の目的地だ。
 やっと着いたと息をついていると、突然後ろから声をかけられた。
「おやっ、こんなところで何しているんですかー、欠掛探偵?」
 一瞬どきっとした。
 どうしよう、振り向いた方がいいのかなと迷っている間にも、声主の話は絶え間なく続く。
「なぜ上坂墓所に行くよう言われた私が、ここ桐岡墓所にいるのか、不思議ですかー?答えは簡単!あなたの肩を叩いたときに、発信機を取り付けておいたのですよっ。あなたが私に嘘の情報を流して、騙している事を看過してね」
 いやあ危うく騙されるところでした。まさか千尋さんの行き先は、成田一郎が埋葬された上坂墓所じゃなく、彼氏の戸妻さんが埋葬された桐岡墓所だったなんて。随分遠かったですが、辿り着けて良かった。私が一枚上手でしたねっ、うんぬんかんぬん。
 ええと、あのさ。
 千尋さんとか成田一郎とか戸妻さんとか。
 誰それ( 、、、)
 全然興味ない話を延々と聞かされるこっちの身にもなってくれってんだ、全く。
 だがしかし声主の発言には見逃せない、失礼聞き逃せない点が一つあった。
「ええんと、君、屋島ちゃんっていうんだって?君の方が一枚上手って、そこはどうなのかなって思うんだよね。思っちゃうんだよね」
 俺の発言——そして声に、より正確に言うなら声質に黙る彼女。
 俺はゆっくりと振り返った。屋島?は驚きに顔を染めた。
 うーんと、殺しあう前にまずは自己紹介。
「俺は佐津来鯨。殺し屋……じゃねえや、探偵やってまーす。CSGには恨みもあるんで手加減できませーん。どうぞよろしく」
 さあて。
 俺が出てきたからにはこの話、いよいよクライマックスだぜ。
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