第10話 空き巣

文字数 2,302文字

「私は旅行が好きでして」と牛久さんが口を開いた。「退職してからというもの、女房を連れて日本各地を旅行して回っているんです。現役時代は仕事が忙しくてなかなか出かけられませんでしたからね」
 牛久さんが在宅している時は庭先にキャンピングカーが停められているが、そのキャンピングカーが停められている日数は月にわずかでしかない。
「数年前のことです。旅行から帰ってきたら空き巣に入られたと気付きましてね」
 牛久さんには申し訳ないが、空き巣に狙われても仕方あるまいと僕は思った。牛久さんの家はキャンピングカーが置けるほど広いし、そのキャンピングガーが停められていなければ旅行に出て留守にしているとすぐにわかる。金目のものがあるそうな家で、しかも留守がちとくれば空き巣にしてみれば好条件だ。

 *

 すぐに警察を呼びました。警察は我が家に足を踏み入れるなり、呆れた顔をして「本当に空き巣に入られたのか」と尋ねました。私たちは少し憤慨しながらも間違いないと答えました。
「空き巣に入られたら家の中が荒らされているものなのに、きちんと片付いていて、そんな様子がまったくありませんね」
 まさに家の中がきちんと片付いていたからこそ、私たちは空き巣に入られたと気付いたのです。
 恥ずかしながら、私は片付けというものが苦手でして、自分のものすらどこに何があるかわからない有様で女房に任せきりだったんです。その女房も、旅行にしょっちゅう出かけるようになってからは家の中のことにかまっていられなくなりましてね。まあ、家の中で過ごすより、旅行で外に出ている方が多くなりましたから、多少、家が片付いていなくても支障はなかった。
 そういうわけで、家の中は常にごちゃついていました。泥棒に入られて家探しされた後みたいねなんて冗談を言っていましたっけ。空き巣に入られても何が盗られたのかわからない、そもそも空き巣に入られたことすらも気づけないほどの乱雑ぶりでした。
 しかし、あの日、旅行から帰ってくると、家の中がきちんと片付いていました。
 食卓のテーブルには郵便物だとかサプリだとか、いろんな物が置かれてあって食事を取る場所はほとんどないような状態だったんですが、郵便物は郵便物で、チラシはチラシ、サプリはまとめて一か所に置かれてありました。結構な大きさの食卓だったんだなと妙に感心したものです。
 他にも、どこから見つけ出してきたんだという壺や絵画、掛け軸などが趣味良く配置されていて、インテリア雑誌に掲載されている写真のような見違えようぶりでした。
 後で気付いたのですが、日用品の類もきちんと整理され、置き場所まで整えられていました。使われた形跡のないシャンプーがいくつも浴室の床に並べられてあって、女房は苦笑していましたっけ。シャンプーだけじゃないですよ。爪切りもいくつも発見されて、まとめて収納されてありました。あるのはわかっているが、どこにしまったかわからなくて買ってきて、を繰り返した結果のコレクションですな。しばらくの間、消耗品を買わずに生活出来てしまいました。だって、山ほどストックが発見されたものですから。
 思うに、盗みに入ったもののあまりにも家の中が汚くて金目のものがどこにあるのかすらわからない。一旦、整頓した方が返って金目のものを探しやすくなるのではないか、とでも空き巣は考えたのはないでしょうか。
 結局、何も盗まれなかったのか、ですか?
 いいえ、空き巣ですから、盗られたものはありましたよ。
 警官が言うには、空き巣は現金を主に狙うのだそうです。貴金属は金になるかどうかの目利きが必要になるし、そもそも売ったところで大した金にはならないそうです。同じ理由で、掛け軸だとかも盗まれませんでした。女房いわく、それなりの価値のある掛け軸らしいのですが、まあ、金に換えづらいものではあるでしょうね。骨董の類は運びだすにも一苦労だ。その点、現金なら持ち運びもしやすい、金そのものであるし、空き巣の狙いは現金に集中するのだろうと思います。
 我が家に入った空き巣も例外ではなく、現金を盗んでいきました。
 盗まれたのは十五万円ほどだったかと。
 家には現金を置いていないと思っていましたから、十五万もあったのかと驚きましたよ。大金というわけではないですが、結構な金額です。なぜ金額がわかるのかって? 筆ペンの字で十五万いくらかを拝借と書かれた空っぽの封筒が食卓の上に置かれてあったのです。
 女房によると、盗まれた現金の一部はへそくりだろうということでした。封筒は銀行の封筒で、女房いわく、一時期、へそくりをしていたんだそうです。おおざっぱな性格なもので、あちこちに隠しておいて置き場所を忘れてしまった、そのうちにへそくりをしていた事自体を忘れてしまった。そのへそくりを、泥棒は発見したんです。
 へそくりだけじゃない。貯金していたことすら忘れた貯金箱を泥棒は見つけ出し、硬貨を抜き取っています。他にも、ズボンやコート、スーツのポケットからも釣銭が抜けとられていました。女房のカバンからもです。夫婦して、受け取った釣銭はカバンでもポケットにでも放り込んでおく癖があるものですから。その時にはわかりませんでしたが、クリーニングに出す時に女房がポケットをさぐってわかったことです。
 空き巣に入られると気分が悪いものです。ですが、あの空き巣の入った後の家はすっきりと片付いていました。十五万払って家中を片付けてもらったようなものですよ。今は、旅行先で買った土産物が増えてきてしまっているので、そうですね、そろそろまたあの空き巣に入ってもらいたい気もします。 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み