#10 傀儡 (『初恋は実らなくても…。』〜パラレル世界の陰陽師とキョンシー〜
文字数 5,404文字
「認めないーー!! またお前は、キョンシーだ!! 」
少女と同じ歳の少年は、棺桶の蓋を荒々しく外して、ポケットに入っていた札を頭に貼り付けた。
「あああ! そんな事したら! 」
その場に居た少女の今世の妹ーー本当は年齢的に姉である。その妹が止めようと手を延ばしながら言葉を漏らした。
「誰かはやると思った……。」
葬儀に来ていた少女の今世の実の父が思わず呟いていた。
「君なんだ? やるの」
少女の新しい友人、ーーまだあまり話していない友人が、聞いた。
「ーーやるのは、俺ーーで、間違いない、はずーー……。」
少年は語尾を弱々しくしながら答えた。そして、後ろの気配ーー少女の気配を感じてゆっくりと振り向いた。
「合っていると思う。ーーけど、これはーーまた不完全だよ。キョンシーに成れていない。やり直して欲しいな……。生前の意識が強過ぎてーー」
少女は目を開き、少年達を見て言った。
「強過ぎて良いーー、それで良いからーー……。あと、今は泣かせてーー……。」
「……。えっとーー? 」
言いながら、まだ棺の上に座っている少女を抱き締めて、少年は泣いた。
“もう、この悪夢を終わらせたい”ーーと、強く願いながら……。
弟は、姉の死を受け止めていた。もうーーずっと前に受け入れてはいたのだ。
死後に呪符でキョンシーになった姉。
暴走していた姉は、弟ーー家族達を襲った事もあった。
“死んだ後、死体を攫われて暴走する家系だ”などと噂されたり、囁かれたり、嘯かれたりした。ーー事実、死体を攫われるし、暴走する。
それは曾祖父よりも前、ーーいつからも分からない程の先祖から、代々起きている事象だった。
暴走した者は、死後又殺される。完全に灰になるまで焼くーー……。火葬が大事な理由だ。つまりは、大昔はこの家系だけでなく、どの家の者でもあったという事だ。でなければ、『火葬はその家系だけで良い』と、遺体コレクターだか、ゾンビ好きだかが言うだろう。ーーゾンビ好き、いるだろうか?
弟はゾンビなんて嫌だと言っていた。が、姉がキョンシーになり、『キョンシーはちょっと好きになりました。まだ苦手ーーですけど……。少しーーいえあの、少しというか、凄く怪力、で! 厄介だったりーー周りから厄介がられたりも、するの、で!! 』と、蚊と格闘する傀儡 の姉の縦横無尽な攻撃を躱したり捌いたりしながら話していた。
『あ、でも、普通の人は傀儡 にしない方が良いですよ? 普通は身体がどんどん腐ってーーいくはずなので、だから、えぇっと、ーー姉は特別なんです。半分は生きているというか。生き返ってきているというかーーあ! はいっ! 何でもありませんっ!! 』
集まって来ていた取材者の一人に傀儡 と暮らす弟はそんな事を言って聞かせた。
他の取材者は命辛々逃げたという。ーー傀儡 の姉の、蚊への攻撃だけではなく、家族親戚中のトラップや拒否拒絶や、諸々からだった。
「姉さんはずっと一緒に居てくれるよね? 宿題も、勉強も、まだみていてーー教えて欲しい事があるから……。」
「ーー君がそう望むのなら。」
「うん。望むよ。ーー懐かしいや。姉さんが君って呼んでたのは僕が小学生の頃ーーでーーう〜ん、眠いかも、しれない……。おやすみーー、ねーーさーー……。」
『おやすみ、姉さん』なのか、『おやすみ、寝なさい』なのかは分かった。『寝なさい』って言葉は聞かないし、多分聞いた事がない。母さんや姉さん達からはある。ーーだけど、この主 、弟からは聞いた事がなかった。
「ーーうん、おやすみ。私も眠ーーい……。」
生前であれば、眠ったのを確認しなくても、ベッドの上の布団に弟を持ち上げて寝かせただろう。けれど、死後傀儡 になった姉は、それをしなかった。主 の力が途切れ、自身も眠りに着いてしまったからだ。その後悔と失敗を含め、どちらかが眠ってしまった時は、起きている方が布団へ寝かせるという約束をした。
「二人で眠ってしまった場合? それは仕方無いかもーーなるべく言うね! あ、姉さんも言ってねって、今まさに!? 」
頭から落ちていく様に教室の片隅、弟の席の横に立っていた姉が倒れ掛けたのを寸前で弟が受け止めた。床とギリギリの位置で。
「危なーーいな、……。昨日よく眠れなかった? ーー床で眠ってたもんね、二人で。あはは、仕方無い仕方無いーー!? 」
今度は教室内がシンと静まり返った事で、自分の失言に気付いた弟が顔真っ赤にして俯かせてた。
高校生で二人で床で眠るなんて、多分男女の姉弟 では珍しい事だーー双子だと有りそうな気もするけれど……。
因みに風呂の入り方を一から覚え直させる為に、一、二回は一緒に風呂にも入っている。姉の怪力で色々な物が壊れないか確認しながら。何かに気を取られると、不意に力のリミッターが外れるらしく、虫などが侵入しようものなら、虫が止まったその場所を破壊してしまう。ーー勿論、悪い虫でもだ。これは最初に覚えさせた。生前から姉は狙われ易いから、と弟が弟自身に言い聞かせ、姉にも言い訳の様に話しながら……。
「死霊使い? ーーーー違う、シャーマン、は姉さん、と僕の実母家系……。あれ? 何だっけーー何だったっけ? 僕が姉さんーー傀儡 の姉さんの事で必死で調べているあの名前ーーはーー? 」
「陰陽師? 」
「はい。ーーこれでしょ? 陰陽師。」
「文献、一杯あったよ! 意外と。」
「あーー、りがと、ありがとう。良かった。こんなに沢山ーーまだこんなにあったんだ……。読んでないのがーー沢山……。やばい、眠いかもだけど、ここで寝るから、仮眠するだけだから、保健室とかにはーー」
「……。それ、どっちか分からないかも。」
「うん。連れてく? 保健室。君が? 」
「ーー……。」
「眺めてるのも良いけどさ、疲れてるみたいだし! 」
「連れて行っちゃって良いんじゃない? 心配だしーー……。その、疲れているみたいだから。」
「ーーうん。行って来ます。」
「行ってらっしゃいーー、分かるよね? 保健室、」
「一階のーー」
「大丈夫。多分合ってる。」
「よし。」
“あのさ、ーーもしも死んだ時には、これで呼んで貰っても良い? ”
“何だ? 携帯電話か? ”
“違うよ。でも、直通だから、直ぐに呼べるし、滅多に他の奴が出るってことはないと思うよ。”
“そうかーーーーならそれを寄越せ。ーーん? 待て、これは唯の紙切れだぞ? ”
“そう、それは唯の紙切れ。でも、君が使ったらーー”
『面白い事になるだろうから。』ーー姉と同じ台詞だ。きっと今の夢の続きは同じ言葉だ。そのはずだと何故か自信があった。確信だった。
ーーけれど、覆された。
“きっと、楽しいと思う”
あれ? 何で? ーーどうして君はーーああ、違うんだ。僕の姉さんとはーー……。傀儡 にも違いはあるからーーだからだ。だからだ? 僕はよくキョンシーの事を考える。考えるけれど、あんな分厚い本も、読み易いオカルト本も、絵本でさえ読んでいないーーなのに、まるで、知っているみたいにーー、知っているみたいだ。傀儡 の事も、陰陽師の事もーー分かる。知っている。理解している。初めから、理解していたーー!
“その理解はね? 前世だよ。ーーふふ、君は同じ。僕と一緒の、転生者だ! ”
“転生? ーー輪廻転生か……。子供っぽい事ーーいや、大人っぽいのかーー? 大人みたいな話をしているという事になるか。子供っぽい事を言うなと思って言おうとしたーー違うな、お前は子供っぽいんだ。話が大人みたいな? ーーーーすまん、分からん。”
“伝え方が分からなくても、大丈夫。また、もしも『あの時はこうだった』なんてことがあったら、その時言ってくれても良い。”
“ーーそうか。そうだな。時間はーー長い。俺たちはまだ若い。”
“君は大人っぽいから、大人が話しているみたいで、少し変な言語に聞こえるけど、その通りだね。”
“変ーー? ーー俺も少しは、お前みたいに気兼ね無くーー、気にする事なく、無神経とでも言われる様にでも話せる様には、成りたいーー、なりたいな。そうなれたらーーその時はーー……。”
“その時は? ”
“ーー言うと決めた。今だ。ーーお前に、俺は、ーーまたその時話す。”
“楽しみに待っているよ。『時間のある限り! 』”
“限りある時間かーー……。待て、また待て、お前何かーー? ”
“ーー隠してないって言ったら嘘になる。……。君が言うと決めた事を言う時に、僕も言うよ。君に今隠している事を。”
“…………。必ずだぞ? 絶対。絶対にだ。でないとーー怒る、かもしれない……。”
“うん、怒られたくないけど、怒られても良いーーやっぱ、怒られたくはないかも! 出来れば怒らないでね? ”
“ーーはは、狡いぞ? それはーー誰か来る、その前にーー変わらず、お前が”
“誰か来るなら言わなくて良いよ。でも、後で聞かせて欲しいな。その言葉の続きを。”
ーーまるで、映画のワンシーンの様だ。台詞も背景も、情景さえーー二人に良く似合っていた……。
そして、何処かで見た様な場所、何処かで見た様な人たちだった……。
見覚えのある街ーー近所だ。
夕焼けに照らされている二人はーー鏡で見ている様な、鏡合わせの世界にいる様なーー!
二人は、まるで僕と姉の様だった……。違っているのは、髪型や服装ーーそれくらいに見えた。
そういえば、二人の会話は映画のワンシーンだった。学生が真似でもしていたのだろうか? 台詞も内容も覚えているーーそっくりな感じの、ーー場所と時間が違うけれど有名な、あの物語の二人。
ファンタジーが学生の青春ドラマになってるーー!
ーークスッと思わず笑ってしまった。
二人はこの後くっ付くのかな? なんて。
恋愛モノは好きで良く見るけどーーまた観たくなったなぁ……。そうだ、起きたら姉さんと観よう。他の人と見たら笑われるかもしれないからーー……。
物語の最後 に涙が溢れてきてしまうから。
あれ? でも今、僕は泣いてないぞ? ーーラストシーンじゃないからだ。確か中盤ーーいや、最初くらいにあるワンシーン……。続きが見たいな、二人の今の物語のーー演劇? みたいなのの。
「ーーそうか、演劇部か。ーーそうかもしれない……。」
「え? 」
「え? 『えっ? 』って、え? ここはーー保健室? のベッドの上ーーか。ふう、運ばれてしまった。また運ばれてしまっていた……。ここに来るとーー来てしまうともう、ベッドの中からーー、この気持ちの良いベッドから出られなくてーー……。」
一度上げた半身(上体)をまた寝かせて布団の中に肩まで潜り、包まった。
「ーーーー出なければ良いんじゃない? でも、あの子は付き合わせたら可哀想。ちゃんと家に送ってあげて。」
さっき教室に来ていたーー文献を持って来てくれた女子の一人が保健室にいた。あれ? 姉さんは? ーーまぁ良いか。きっと近くにいる。
「うん。分かってる。ーー分かってるけど! あと五分!! 」
漫画やアニメみたいにそう言って、ガバッと勢い良くたくし上げた掛け布団を頭に被せて完全に布団の中に潜った。これも漫画やアニメみたいなはず。
「五分計るよ。時計あるし。丁度良いのが。」
椅子に座って自身の手にある腕時計ーーだろうか、を眺めてーー眺め始めて君はそのままでいるのだろうか、過ごすのだろうか五分をーー?
でも、文献を一緒に持って来てくれたーーきっと、女子と二人で羨ましい感じだっただろうな、そんなイケメンで優しい感じの男子が時間を計ってくれるって!
「やっぱ十〜から二十、三十分くらいで! 」
「よく寝るね? 眠たいなぁ〜、こっちも寝ようかな。ベッド二つあるし。」
厚意に素直に甘えよう! ーーと思ったら、隣のベッドへ潜り込むみたいだぞ? あれ? 時間計ってくれるんじゃーー? ないみい?
「おやすみ? はぁ、仕方無い、計るか、三十分……。え、何? 計ってくれる? 」
あ、女子の何かと気の利く子が代わりに計ってくれるみたいだけどーー……。あ、姉さんだ。でも姉さんその時計どうするの? まさか壊さないよね??
「貴女の方が睡眠が必要そうなーー? 」
疑った僕を殴って姉さん!! ごめん!!
優しい姉の姿に、二人が少女漫画ーー女の子同士が喧嘩とか仲違いとかしないやつに登場する女の子たちに見えた。百合とかではないやつ。でも綺麗なーーうん。綺麗だ。世界が。
「ーーそうかも。ありがとう、よろしく。おやすみ。」
隣から男子が無言で追い出されていた。綺麗な世界だね。オチまで綺麗にストンと。
「ーーーーベッドから出されちゃった。ーー君の弟くんの寝てるベッドをーー! 」
僕の方の掛け布団とベッドの間にそんなーー!
「あぁあーー! 」
「占領、と。完了。おやすみなさい。また後で、三十分後にね。」
自分より身長の高い男子にスルッと侵入され、ベッドを横から取られて追い出されてしまい、くるりと床に転がった。
「占領ーーされて、しまった……。」
姉さんがこちらを向いて少し考えた様子の後、ベッドから少し離れた所にある丸椅子に座り、両手を広げて見せた。そしてこちらを見詰めているーー何だ? あ。ーーあ! 膝の上に乗せて眠らせてくれるって事!? 子供の頃みたいに? ーー多分そうだ。母さんや上の姉さんがやってたみたいにするつもりだーー……。
「うん、大丈夫だよ? 少しは寝たからーーえっと、(ハグは帰ってからーー家でね? )」
姉さんがにっこりと笑った。
つられて僕も笑っていた。
少女と同じ歳の少年は、棺桶の蓋を荒々しく外して、ポケットに入っていた札を頭に貼り付けた。
「あああ! そんな事したら! 」
その場に居た少女の今世の妹ーー本当は年齢的に姉である。その妹が止めようと手を延ばしながら言葉を漏らした。
「誰かはやると思った……。」
葬儀に来ていた少女の今世の実の父が思わず呟いていた。
「君なんだ? やるの」
少女の新しい友人、ーーまだあまり話していない友人が、聞いた。
「ーーやるのは、俺ーーで、間違いない、はずーー……。」
少年は語尾を弱々しくしながら答えた。そして、後ろの気配ーー少女の気配を感じてゆっくりと振り向いた。
「合っていると思う。ーーけど、これはーーまた不完全だよ。キョンシーに成れていない。やり直して欲しいな……。生前の意識が強過ぎてーー」
少女は目を開き、少年達を見て言った。
「強過ぎて良いーー、それで良いからーー……。あと、今は泣かせてーー……。」
「……。えっとーー? 」
言いながら、まだ棺の上に座っている少女を抱き締めて、少年は泣いた。
“もう、この悪夢を終わらせたい”ーーと、強く願いながら……。
弟は、姉の死を受け止めていた。もうーーずっと前に受け入れてはいたのだ。
死後に呪符でキョンシーになった姉。
暴走していた姉は、弟ーー家族達を襲った事もあった。
“死んだ後、死体を攫われて暴走する家系だ”などと噂されたり、囁かれたり、嘯かれたりした。ーー事実、死体を攫われるし、暴走する。
それは曾祖父よりも前、ーーいつからも分からない程の先祖から、代々起きている事象だった。
暴走した者は、死後又殺される。完全に灰になるまで焼くーー……。火葬が大事な理由だ。つまりは、大昔はこの家系だけでなく、どの家の者でもあったという事だ。でなければ、『火葬はその家系だけで良い』と、遺体コレクターだか、ゾンビ好きだかが言うだろう。ーーゾンビ好き、いるだろうか?
弟はゾンビなんて嫌だと言っていた。が、姉がキョンシーになり、『キョンシーはちょっと好きになりました。まだ苦手ーーですけど……。少しーーいえあの、少しというか、凄く怪力、で! 厄介だったりーー周りから厄介がられたりも、するの、で!! 』と、蚊と格闘する
『あ、でも、普通の人は
集まって来ていた取材者の一人に
他の取材者は命辛々逃げたという。ーー
「姉さんはずっと一緒に居てくれるよね? 宿題も、勉強も、まだみていてーー教えて欲しい事があるから……。」
「ーー君がそう望むのなら。」
「うん。望むよ。ーー懐かしいや。姉さんが君って呼んでたのは僕が小学生の頃ーーでーーう〜ん、眠いかも、しれない……。おやすみーー、ねーーさーー……。」
『おやすみ、姉さん』なのか、『おやすみ、寝なさい』なのかは分かった。『寝なさい』って言葉は聞かないし、多分聞いた事がない。母さんや姉さん達からはある。ーーだけど、この
「ーーうん、おやすみ。私も眠ーーい……。」
生前であれば、眠ったのを確認しなくても、ベッドの上の布団に弟を持ち上げて寝かせただろう。けれど、死後
「二人で眠ってしまった場合? それは仕方無いかもーーなるべく言うね! あ、姉さんも言ってねって、今まさに!? 」
頭から落ちていく様に教室の片隅、弟の席の横に立っていた姉が倒れ掛けたのを寸前で弟が受け止めた。床とギリギリの位置で。
「危なーーいな、……。昨日よく眠れなかった? ーー床で眠ってたもんね、二人で。あはは、仕方無い仕方無いーー!? 」
今度は教室内がシンと静まり返った事で、自分の失言に気付いた弟が顔真っ赤にして俯かせてた。
高校生で二人で床で眠るなんて、多分男女の
因みに風呂の入り方を一から覚え直させる為に、一、二回は一緒に風呂にも入っている。姉の怪力で色々な物が壊れないか確認しながら。何かに気を取られると、不意に力のリミッターが外れるらしく、虫などが侵入しようものなら、虫が止まったその場所を破壊してしまう。ーー勿論、悪い虫でもだ。これは最初に覚えさせた。生前から姉は狙われ易いから、と弟が弟自身に言い聞かせ、姉にも言い訳の様に話しながら……。
「死霊使い? ーーーー違う、シャーマン、は姉さん、と僕の実母家系……。あれ? 何だっけーー何だったっけ? 僕が姉さんーー
「陰陽師? 」
「はい。ーーこれでしょ? 陰陽師。」
「文献、一杯あったよ! 意外と。」
「あーー、りがと、ありがとう。良かった。こんなに沢山ーーまだこんなにあったんだ……。読んでないのがーー沢山……。やばい、眠いかもだけど、ここで寝るから、仮眠するだけだから、保健室とかにはーー」
「……。それ、どっちか分からないかも。」
「うん。連れてく? 保健室。君が? 」
「ーー……。」
「眺めてるのも良いけどさ、疲れてるみたいだし! 」
「連れて行っちゃって良いんじゃない? 心配だしーー……。その、疲れているみたいだから。」
「ーーうん。行って来ます。」
「行ってらっしゃいーー、分かるよね? 保健室、」
「一階のーー」
「大丈夫。多分合ってる。」
「よし。」
“あのさ、ーーもしも死んだ時には、これで呼んで貰っても良い? ”
“何だ? 携帯電話か? ”
“違うよ。でも、直通だから、直ぐに呼べるし、滅多に他の奴が出るってことはないと思うよ。”
“そうかーーーーならそれを寄越せ。ーーん? 待て、これは唯の紙切れだぞ? ”
“そう、それは唯の紙切れ。でも、君が使ったらーー”
『面白い事になるだろうから。』ーー姉と同じ台詞だ。きっと今の夢の続きは同じ言葉だ。そのはずだと何故か自信があった。確信だった。
ーーけれど、覆された。
“きっと、楽しいと思う”
あれ? 何で? ーーどうして君はーーああ、違うんだ。僕の姉さんとはーー……。
“その理解はね? 前世だよ。ーーふふ、君は同じ。僕と一緒の、転生者だ! ”
“転生? ーー輪廻転生か……。子供っぽい事ーーいや、大人っぽいのかーー? 大人みたいな話をしているという事になるか。子供っぽい事を言うなと思って言おうとしたーー違うな、お前は子供っぽいんだ。話が大人みたいな? ーーーーすまん、分からん。”
“伝え方が分からなくても、大丈夫。また、もしも『あの時はこうだった』なんてことがあったら、その時言ってくれても良い。”
“ーーそうか。そうだな。時間はーー長い。俺たちはまだ若い。”
“君は大人っぽいから、大人が話しているみたいで、少し変な言語に聞こえるけど、その通りだね。”
“変ーー? ーー俺も少しは、お前みたいに気兼ね無くーー、気にする事なく、無神経とでも言われる様にでも話せる様には、成りたいーー、なりたいな。そうなれたらーーその時はーー……。”
“その時は? ”
“ーー言うと決めた。今だ。ーーお前に、俺は、ーーまたその時話す。”
“楽しみに待っているよ。『時間のある限り! 』”
“限りある時間かーー……。待て、また待て、お前何かーー? ”
“ーー隠してないって言ったら嘘になる。……。君が言うと決めた事を言う時に、僕も言うよ。君に今隠している事を。”
“…………。必ずだぞ? 絶対。絶対にだ。でないとーー怒る、かもしれない……。”
“うん、怒られたくないけど、怒られても良いーーやっぱ、怒られたくはないかも! 出来れば怒らないでね? ”
“ーーはは、狡いぞ? それはーー誰か来る、その前にーー変わらず、お前が”
“誰か来るなら言わなくて良いよ。でも、後で聞かせて欲しいな。その言葉の続きを。”
ーーまるで、映画のワンシーンの様だ。台詞も背景も、情景さえーー二人に良く似合っていた……。
そして、何処かで見た様な場所、何処かで見た様な人たちだった……。
見覚えのある街ーー近所だ。
夕焼けに照らされている二人はーー鏡で見ている様な、鏡合わせの世界にいる様なーー!
二人は、まるで僕と姉の様だった……。違っているのは、髪型や服装ーーそれくらいに見えた。
そういえば、二人の会話は映画のワンシーンだった。学生が真似でもしていたのだろうか? 台詞も内容も覚えているーーそっくりな感じの、ーー場所と時間が違うけれど有名な、あの物語の二人。
ファンタジーが学生の青春ドラマになってるーー!
ーークスッと思わず笑ってしまった。
二人はこの後くっ付くのかな? なんて。
恋愛モノは好きで良く見るけどーーまた観たくなったなぁ……。そうだ、起きたら姉さんと観よう。他の人と見たら笑われるかもしれないからーー……。
物語の
あれ? でも今、僕は泣いてないぞ? ーーラストシーンじゃないからだ。確か中盤ーーいや、最初くらいにあるワンシーン……。続きが見たいな、二人の今の物語のーー演劇? みたいなのの。
「ーーそうか、演劇部か。ーーそうかもしれない……。」
「え? 」
「え? 『えっ? 』って、え? ここはーー保健室? のベッドの上ーーか。ふう、運ばれてしまった。また運ばれてしまっていた……。ここに来るとーー来てしまうともう、ベッドの中からーー、この気持ちの良いベッドから出られなくてーー……。」
一度上げた半身(上体)をまた寝かせて布団の中に肩まで潜り、包まった。
「ーーーー出なければ良いんじゃない? でも、あの子は付き合わせたら可哀想。ちゃんと家に送ってあげて。」
さっき教室に来ていたーー文献を持って来てくれた女子の一人が保健室にいた。あれ? 姉さんは? ーーまぁ良いか。きっと近くにいる。
「うん。分かってる。ーー分かってるけど! あと五分!! 」
漫画やアニメみたいにそう言って、ガバッと勢い良くたくし上げた掛け布団を頭に被せて完全に布団の中に潜った。これも漫画やアニメみたいなはず。
「五分計るよ。時計あるし。丁度良いのが。」
椅子に座って自身の手にある腕時計ーーだろうか、を眺めてーー眺め始めて君はそのままでいるのだろうか、過ごすのだろうか五分をーー?
でも、文献を一緒に持って来てくれたーーきっと、女子と二人で羨ましい感じだっただろうな、そんなイケメンで優しい感じの男子が時間を計ってくれるって!
「やっぱ十〜から二十、三十分くらいで! 」
「よく寝るね? 眠たいなぁ〜、こっちも寝ようかな。ベッド二つあるし。」
厚意に素直に甘えよう! ーーと思ったら、隣のベッドへ潜り込むみたいだぞ? あれ? 時間計ってくれるんじゃーー? ないみい?
「おやすみ? はぁ、仕方無い、計るか、三十分……。え、何? 計ってくれる? 」
あ、女子の何かと気の利く子が代わりに計ってくれるみたいだけどーー……。あ、姉さんだ。でも姉さんその時計どうするの? まさか壊さないよね??
「貴女の方が睡眠が必要そうなーー? 」
疑った僕を殴って姉さん!! ごめん!!
優しい姉の姿に、二人が少女漫画ーー女の子同士が喧嘩とか仲違いとかしないやつに登場する女の子たちに見えた。百合とかではないやつ。でも綺麗なーーうん。綺麗だ。世界が。
「ーーそうかも。ありがとう、よろしく。おやすみ。」
隣から男子が無言で追い出されていた。綺麗な世界だね。オチまで綺麗にストンと。
「ーーーーベッドから出されちゃった。ーー君の弟くんの寝てるベッドをーー! 」
僕の方の掛け布団とベッドの間にそんなーー!
「あぁあーー! 」
「占領、と。完了。おやすみなさい。また後で、三十分後にね。」
自分より身長の高い男子にスルッと侵入され、ベッドを横から取られて追い出されてしまい、くるりと床に転がった。
「占領ーーされて、しまった……。」
姉さんがこちらを向いて少し考えた様子の後、ベッドから少し離れた所にある丸椅子に座り、両手を広げて見せた。そしてこちらを見詰めているーー何だ? あ。ーーあ! 膝の上に乗せて眠らせてくれるって事!? 子供の頃みたいに? ーー多分そうだ。母さんや上の姉さんがやってたみたいにするつもりだーー……。
「うん、大丈夫だよ? 少しは寝たからーーえっと、(ハグは帰ってからーー家でね? )」
姉さんがにっこりと笑った。
つられて僕も笑っていた。