#1 予感 (『忘れてしまう少女と少年の。』プロローグ)

文字数 977文字

街に火の手が広がっていた。
液晶テレビの画面にも、救急、消防の活動が映し出されている。

「ーー……。」

虚ろな瞳が画面を目にして、直ぐに画面から離された。目に掛かる髪が空になった瞳を遮っても気にする様子はなく、幼くあどけなさの残る少女はダイニングテーブルから席を立つ。

「ーー行くの? ! 行くのね? ーー要請? 」

画面の救出活動から目を離せずにいた少女の母がその気配に気づいて振り返り、聞いた。

「うん。ーー来て欲しいって……。」

少女は答えると玄関へーー小学生低学年くらいの、幼い弟がその少女の前に立ちはだかった。学生鞄を突き付ける。

「ーー鞄は要らないんだーー……。学校に行く訳じゃないんだよ。」

「がっこうに! 行かないならなじぇ?? 」

まだ呂律の完成していない言葉で姉に聞く。瞳に輝きのある、可愛らしい男の子。

「ーー! あぁ、私、制服のままだ……。でも、直ぐにーー早く行かないと、」

「持って行ったら? ーー鞄。何、かの役に立つかもしれない! 」

母が鞄ごと弟を抱き上げて、弟はまた鞄を少女に渡そうとして、重さに一度腕を落とし、頑張ってそれをまた少女の目の前に持ち上げて見せた。

「ーー行って来ます。」

少女は鞄を受け取ると、そう行って家を出た。

「ーーーー『行って来ます』ーー……。『行って来ます』、ね。」

「? かぁ? 」

「何だ? 」

光の閉ざされた玄関を眺めて、納得する様に、反芻する母親の言葉に、男の子は首を傾げた。男の子の父親の疑問の声も母親の背から聞こえた。

「大事な言葉。ーー言わなかったの。言ってくれなかったの。一時期。あの子ねーー貴方のお姉ちゃん……。」

「あぁ、あいつの事か……。俺の『何だ? 』はそれじゃねぇ、ーーこっちだ。画面、」

「え? 」

母親の顔が曇っているのだろうかと、何か言葉を掛けようとしていた事は事実だったが、その言葉を脳が掻き消して、画面の中で起きている事に疑問を抱いた父親。

画面に映る、少年の姿。

「あの子は、今ーー行ったばかりよね? 」

「ねぇ! ーーにぃ? 」

画面に映る学生服の少年を、母親と同じ様に姉だと思ったのか、声を発したが、両親の“違う”という顔に言葉を変え、首を傾けた。

(にぃ)はーーこんなに小さい(にぃ)はーー、(うち)にはーー……。」

父親と、母親、二人の脳裏には、同じ事柄が浮かんでいた。

母親と父親が、自分たちの息子、小さな男の子を見詰める。
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