#9 最期 (『into…。』・『忘れてしまう少女と少年の。』番外

文字数 4,086文字

さぁ、起きられるかなーー? 自分の居た時間にーー……。

“何処からが夢で、何処からが前世? ”

小さな子供の様な声が響くーー男の子とも、女の子とも感じる声は、空間にも、頭の中にもーー……。

ーーさぁ? どこからだろう?

そう答える様に考えて、深く沈む様にーー……。

“気をつけてね”

本当に沈んでいるらしいーー目を開ければ、上がぽっかりと丸く空き、そこから男の子がしゃがんで此方を覗いて見ていた。

僕が期待した顔ではなかったけれど、どこか似ている顔をしている男の子だった。

暗くて黒い空間を沈み、いつの間にかまた目を閉じていた。

目を開けた。ーー違う、ここは少し前だ……。

覗いてきたのは、また子供だった。けれど、幼いーー今はもう、この子はもう少し成長してーー……。

また目を瞑る。

眠れない。

けれど、目を開ければあの少し前の情景が悪夢の様にーー……。

白い病室、点滴の痛みと腕の痺れ、死んだ人達ーーもう、自分もその一人になるのかもしれないーーと。




「姉さん、意識はある? 」

「ーー姉さん? 僕はお兄さんだよ? 」

パークスは目の前の少年ーー青年に見える兄弟に言った。

「あぁ……。そっか。じゃあ兄さんでも良いや。ーーいや、駄目だ、思い出せ! お前はーー! 」

青年は青年らしい顔つきをして、険しい表情で迫って来た。肩を掴み、しかしそのまま揺さぶられることは無かった。

「? 僕は僕だよ? 」

きょとん、と、いつもの調子でその青年に言うーー青年は俯き、泣いている様だった……。

青年の姿が、幼い少年に見えてーー弟、オリバーの子供の頃と重なった。
最初に『姉さん』と呼ぶ姿も声も、末の弟のノアにそっくりだったのに。

“貴方は貴方、ーー本当にそうですか? ”

「ーー意地悪だな……。僕はいつだってーー、違う姿の時もあるけどーーそれでも」

ふと、不安が過った。

僕は本当にいつもの僕だろうか? 違う誰かになってしまっていないだろうか?

考えは直ぐに打ち消された。

“言い切れますか? 言い切れるのならーー”

相手の言葉で。

此奴の挑発にはいつも乗ってしまう。乗ってしまって、乗せられて、僕はいつだって前に押し出される。

「言い切れるさ。僕はーー、僕の名前はーー……。」

頭が弾ける様な音がした。パァンでも、カンでも、ボンでもーーそんな、閃く様な、終わる様な、不思議な音が……。

「それ、記憶が無いとかじゃないんでしょう? 」

聞いてきた声とそっくりなーーでも全く違う様な人の声で、問い掛けられた。

「解離性とかってやつ。」

嘲る様な声は、ここの時間軸では先輩の声だろうーー先輩といっても、年齢での事じゃない。年齢は同じかーーこっちが上かーー、この先輩が居て、こんな風に話すのはーー……。

「記憶はあるんだよね? 」

友人ーー親友とも相棒とも呼べる様になったその友人は、ここ最近出逢ったばかりだ。けれど、大昔からの知り合いの様なそんな不思議な懐かしさを感じる相手だ。

「ーーあるよ。引き出しの中、奥にしまって引き出せないだけでーー……。たぶん、ある。」

僕は僕の現在ーー居る場所が世界の現在かは分からないけれど、その場所で現在の僕として、その現在の僕らしく答えた。

声は低く、声色は高く、不思議な声をしていると形容された、新しい自分の声で。ーー最近声変わりをして、少しまた声が低くなったのだ。少年みたいだとされている。平凡な普通の少年の声。

「じゃあ、別に良いじゃん! 」

「思い出せなくてもさ、僕ーー俺たちが居るから。」

一人称を『俺』と訂正した友人の方も、自分も何か変わりたいと言って一人称を変えていた。『そっちだけが変わって、こっちが変わらないって言うのもね』と。

ーー亡霊なのだ。戦争や病気や色々な理由で死に、この世に留まり続けた。

そして、人と関わり、転生し、人として暮らしている……。

「いや、思い出した方が良くないか? 本人も思い出したがってーー思い出したいんだよな? お前は」

最近出逢った友人と、同じ頃に出逢ったもう一人の友人ーーこちらは親友だと互いに早く認識した。ファーストに似ているから、ファーストの家系だろう、と、それとなく家系の話を聞けば、やはりファーストの血を継いでいた。ファーストは親友だった。ずっと、大昔に親友になって、今も親友だ。ーー今も? 今も親友だと、自分は思っている……。

ーー人によっては瓜二つなんて言われそうだ。魂が似ていた。ファーストの転生後の姿の時の魂に。でも驚く事に、転生前の家系らしかった。つまり、天使に近い存在の血だ。

「ーー思い出したい……。じゃないと、自分が消える気がするから。」

パークスという(いれもの)にいたパークスであった僕は、その人格と魂を固定する事で、何とか記憶や自身を繋いでいた。ーー繋ぎ留めていたが、存在は希薄になり、今世の器ーー自身の身体もぼろぼろと崩れ落ちる様に消え掛かっていた。

「ーー消えるの? 」

そう呟く様に言って、相棒である友人が不安そうに見詰めてくる。

「うんーー何となくだけど……。」

曖昧に返事をした。曖昧でも予感は当たると評判だ。良い評判は曖昧じゃないから、今回は悪い評判の方だろう……。

「消滅しそう? アイツと同じかぁ〜……。」

親友の方の相棒がぼやいた。親友と出逢った後に直ぐくらいに現れた。

最近は、この4人で過ごしている。それと、今世の家族とーー……。

彼奴(アイツ)? 」

誰ともなく聞いた。聞いたのが親友だったなら、少し嫉妬心が窺えただろう。今世も悟りと呼ばれる能力は健在だった。ーー健在というか、強くなっているくらいだった。

「同じ様な事言って、消えた奴ーー戻って再会したけど! 」

「再会したなら良かったね。」

この二人が話していると和むのだけれど、そわそわするーー親友も同じ事を言っていた。お互いの相棒が、仲良いのは良いのだけれど、ーー自分も嫉妬心の様な不安な、不安定な気持ちがそわそわさせているのだろう。

しかし、じわじわとピリピリしたーーいや、ビリビリとした感情と雰囲気が伝わって来た。

それが、自分を中心にしていると気付いた。

「ーー怒ること、無いと思うけど……。」

「だって、今はお前の話だから! 」

矢継ぎ早に言われた。相棒が重い空気の起因だった。

「大丈夫。後回しでも、ーー生きている間にで、こっちは大丈夫だから……。」

相棒を落ち着ける為に、そして自身に言い聞かせる為に、言葉を探しながら発した。

消えそうで、失くなりそうで、ーー不安が、身も心も溺れさせて深く沈んでいきそうで、……。

だからそれを早く何とかしたい気持ちは、全員にあった。4人だけでなく、自分の周囲、そして、町、街にもーー……。

消えそうな、そんな不安は自分だけではなかったのだ。

今にも崩壊しそうな何かが近づき、それが少しずつ、劇的に人々の心や身体を蝕んでいた。それは見えない姿で襲い掛かり、まるで悪霊でもいるかの様に……。

「大丈夫なの? なら気、抜いていい? ぷはぁ、シリアス長かったぁ〜〜〜! 」

考えは直ぐに、そこで切られた。考えていたのは一瞬の事だったのだけれど、色々考えられていた。一瞬に考えられる事は多く、又、それは今世の家系なのだと聞かされた。ーー確かに、もう少しのんびりしていた気がする。自分の脳や身体が。

「そうだな。また明日ーー次にするか。」

気を抜いた自身の相棒を見て、談話室での今回の会をお開きにする事を決める言葉を述べる親友。

「うん。皆は次で良いよ。俺が聞いておくし、診ておくから。」

こっちの相棒は長期戦のようだ。これは長くなりそうな気配がして、言い訳や論破する言葉を頭に並べ立て始める事にした。大規模な言語戦争が勃発するかもしれない。

「宜しくね〜、彼女さん♪ 」

「はい。先輩。」

先輩が揶揄う言葉を態と放っても、相棒は揺らぐ様子も見せずにーーというか、揺らがせている場合でもない優先事項に頭が一杯の様子だった……。言語論争で済ませる為にここを突くかーー……。

「え!? 否定されない!? ーー君達って男同士でしょ〜? 」

「あ、はは……。否定する気力も無くて。」

大袈裟に狼狽える先輩に感謝しかけた。先輩は本当に狼狽えていた。これも態とかと思ったが。ーーそのお陰で、痺れを切らしたというか、心が折れたというか、相棒はそんな感じで収まった様だった。

「そっか! そうだよね、うん。こんなヘビー級みたいな内容ーー話、聞いてるだけでも重いよ! 」

「重いな。よし、解散としよう。今後は関わっている奴等でだけでとした方が良いか? ーーと、彼奴が聞いている。」

彼方のコンビも重かったり暗かったりする空気を、もう吸っていたくない様子で言葉を重ねた。

「そうだね。俺だけでも良いかも。」

折れてなかったか。

「うん……。大丈夫です。」

平常心に戻った相棒の、この後に此方に来る言葉に軽く戰慄しながら答えた。

「あ、また敬語。」

「ーー押し切られた時だもんな? それ。」

親友が親友らしく、此方のステータス紹介をした。詳細な関係性の部分の。

「そうーー。畏っている時もだけど……。」

語尾を弱くしつつ、付け加えながら答えた。

相棒は詰将棋の様なのだ。論理や理論は度外視の言語で詰めて来る上に間に言語を挟んでも上手く躱されてしまう。圧よりは、その柔らかさの印象に負けて話を押し切られるのだーー、誰もが。しかも確定言語だから強い。

「じゃあ畏ってて良いよ、もう、ずっとそのままで。」

そしてその確定は、相棒自身ではなく、言葉に登場する人物や話し相手に掛かる。今回は自分にだった。

「拗ねないで欲しい……。」

「拗ねるっていうか……。後で話すから、今はちょっとーー俺も勘弁して欲しいかな。」

周りの目がまだ自分たちに向けられている事で、『“この談話室(借りた部屋)での会話はやめにしよう”』と、漸く一旦解散の言葉が告げられた。

「うん。また。」

相棒の要望が叶う様に答えた。

「うん。またね。」

相棒も、そこ迄で直ぐに言葉を切った。

ーー解放されたけれど、名残惜しくて、眺めたままでいた。
終わりが来る、その時まで、共にーー傍に居ると誓い合った存在。自分を含めた、4人の新しい縁。
その縁が、絆になる様にとーー……。
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