#12 休息 (『閻魔と蝶々』・『明華と蛍と…。』番外)

文字数 6,679文字

「大丈夫? 」

「え? 」

ぼやけた視界がハッキリすると、相棒の整った顔がこちらを覗いていた。

「失神してたよ。」

「え!? 」

失神して、夢を見ていたらしい。懐かしいでもない、幼少期の普通ならトラウマになりそうなそんな自分の子供の頃の出来事をーー……。

「結構長く眠ってーー深い眠りだったみたいだけど大丈夫? 脈はーーあるみたいだね。良かった……。」

細い腕を一回り大きくて長い腕が持ち上げて脈を測ったーー測れはしないから、脈打ってるかの確認、と後に訂正された。

「ごめん、ずっとーー? 」

失神している間、ここに留めてしまっていただろうーー……。それとも、誰かが失神している事に気づき、呼ばれて駆け付けてくれたのだろうか?

「うん、離れられなかったよ。ーーあ、トイレ行って来て良い? 今度はお前が待ってて。ね? 」

怒っているのではなく、気遣いでそう言うと、相棒の足が痺れている様子なのが窺えた。いつも動き出しの早い相棒が、足をもたつかせ、一度よろけたからだ。

「勿論待つけどーーごめん、トイレまで我慢させて……。」

膀胱炎になるくらいになってしまっただろうか? と心配したーー膀胱炎で倒れた知人が多くいる。そして自分もその一人だ。

「前に逆だったよね? うん。良いよ。今回は俺で。」

自身に納得したように相槌を打ち、今度はしっかりとそこに立った相棒。どうやら大丈夫そうだ。

「ーーありがとう……。」

申し訳無いと思いながら、いつもの頼もしさが戻り、安堵した。

「それよりさ、」

「トイレは? 」

長い話をし始めそうなので、先に用を済ませて来る様に促した。聞くのが嫌で、ではない。前述の事柄が起きないか心配なのだ。

「うん、行って来るけどーー、その、ちゃんと居てくれる? 逃げないで……。」

しかし、相手の方が心配事で不安な様子だった。戻った頼もしさは薄れ、儚げな表情と状態にーー亡霊の消える前の別れ際の挨拶の様だ。

台詞は逆だけれど、消えてしまいそうなのは相手の方でーー……。台詞は逆でもないか。消えそうだから、と、切なげに約束を取るアニメーションを思い出して思い直した。

「逃げーー? 逃げないし、そもそも、この(うち)の畏った様な状態の原因ーーこうなった経緯を知りたい。」

立ち上がる時に一緒に立ち上がらせられた自分は、相棒以外の気配に少しずつ気付き、そちらの方に振り返る頃には、何故か自分たちを遠巻きに見守りながら鎮座している人物達が見えたのだ。見えたというか、ずっとそこで静かに座らせられていたらしい。

「それは、お前の血がーーお前も分かるんじゃない? 」

血ーー?

悪気も悪意もない感情を向けられて、そんな台詞を言われた。

「叱られたんだよ。その君の相棒にね。」

観念した様子で、以前の相棒が目を瞑り、嘆息を吐きながら疑問に答えた。

「一喝された……。」

「怖かったああああ!! 起きて良かったああ!! 」

縮み上がり緊張していた様子の末の上の弟と、叫びながら駆け寄り、ぎゅっと足にしがみ付くみたいにくっ付いて来た末の下の弟。

「あぁ、……。(そっか、心配してたのか。)」

しがみついて来た頭を、ぽんぽんと軽く打つ様にしてあやす。けれど、更に足にしがみ付き、顔を隠した。

「そうだよ。皆、心配したさ。だから君はきちんとーーこれからも僕らと居る事を誓わなければならない。そうしなければならなくなったよ。僕はもうーー家族を失うのは嫌だからね。」

「へ? 」

以前の相棒の初めて見るくらいの涙に、面食らってぽかんと呆けてしまった。

「誓ってくれぇ〜! でないと不安! で! 」

足から顔を上げて嘆き声を上げた弟に、相棒が顔を向けて『あれ? 隠れなくて大丈夫? 』と少し意地悪をする様に、揶揄う様に言い、優しい笑みを向けて呟くと、ハッとした様子でまた顔を足に埋めて隠した。

「不安です……。ね。我々は、貴方が思っているより薄情ではないんです。」

一番居心地が悪そうに、済まなそうにしていた人物ーー自分達の保護者が言葉を溢した。まだ正した体勢で座ったまま、こちらを見上げて瞳を潤ませていた。ーーいや、手に目薬が見えた。ドッキリか? これは?

「『薄情じゃない』かーー……。なら許してあげようかな……。許さないつもりでいたけど、お前の事も。」

にこっと柔らかい笑いをこちらに向けた。悪戯っぽさのなさから悪戯心が無い様に感じるが、ーー出逢った当初は無かったらしい悪戯心が、自分たちと、4人で過ごす間にそれを“学んで知ってしまった”と言って悪戯心を見せる様になったために、たまにどっちか分からない。けれど、今は真っ直ぐ自分を見ている様だった。

「え? 」

「君、さっきから一言も喋れていないよ。一音だけで。」

また声を漏らして呆けてしまうと、以前の相棒がうるさーーいや、ひと言多かった。

「うん。じゃあ、行って来るから待っててね? 」

母親が子供に確認するみたいに告げる相棒に、また呆けそうになった。

「OK。」

「やっと2音? 」

クスッと笑って行ってしまった、その背を見送った。

「直ぐ帰って来るのに。」

足元からもひと言うるさーー、呟きが聞こえたので頬をきゅっと軽く引っ張ってやった。

「これだ。」

見えない角度だったよな? と、後ろを確認した。視線は足の方ではなく上、そして行ってしまった相棒の方に向けられていた。

「えぇ、これですよ……。」

「何ーー? あ。これか。」

「これーー、なのかな? 君の悪い癖は……。」

保護者、末の上の弟(しがみついている弟の兄)、以前の相棒が順に確認し合った。

「は? 」

全員同じ内容だろうか? いや、こいつらのことだから、全員違う事柄で納得している場合もある。

「君は人たらしだ。という事の再確認だよ。」

「えぇ。浮気性でもあります。」

合致している様だった。末の兄弟たちまで同じ目だ。嫌だこいつら。

「それは血がそもそもーーっていうか、浮気性はそっちじゃ? 」

保護者に責任を転嫁した。責任を取って貰おう。何故なら小学以降の育ての親。

「そうですね、そうですよ、では浮気などをして来ますからねぇ! 」

の、成りすましをしている実は親戚。叔父に当たる人。成りすましが功を奏して本人と思われたり、本人が実際降りて来たりしている。つまり、明華蝶々が。

「あ。」

「や、やめーー、」

末の下の方はその言葉と様子に、一音を発し、上の方は狼狽えて止めようと声を掛けようとして、し損ねた。

「して来るのかよ。」

余りに似ているというか本人の様なので、いつもの調子で呟いてしまった。

「やめた方が良いんじゃないかな……。」

以前の相棒が様子を察知して促す言葉を掛けてくれた。ーーこれは叔父を心配してではなく、こっちがどうにかなる事を心配していそうだ。確かに、新しい母親役なんか連れて来られたら耐えられない。多分家出する。

「そう、やめておいて、出来ればここに居てーー……。」

今度は末の上の弟の方が、叔父の足に遠慮がちにくっ付いた。自棄(ヤケ)を起こさないで欲しいと懇願しながら。

「ーー仕方無い……。はぁ。惚れた弱味ですね、どうにも。」

こういう言語も蝶々に似ているのだ。ただ、蝶々と感情が違うらしい。同じ言語で違う感情になるのは、近頃の自分の近辺では多い。

「惚れた弱味? あ、そうか……。」

末の上の弟は、どうやら俺よりその類のーー恋愛話とかに興味がある様だった。自身の恋愛等は全くのからっきしらしいのだが。

「ラブラブな感じ? 」

「帰って来て早々揶揄わないでくれ……。」

疑問に心当たりを見つけた頃、相棒が帰って来た。こういう無神経と取れる発言を『端的に相手の弱味として言って来る辺りが厄介で貴方の相手ーー相棒らしいですよ。あれもそうでしたからね。』とか蝶々が言っていた。蝶々と自分が夫婦だったのはもう何世紀も前ーー大昔の事だ。その頃自分は閻魔という役職に就いていて、今でも渾名の様に閻魔と呼ばれている。

因みにあれと言うのは以前の相棒の前の相棒の事だろう。今の言い方はそうだ。

「ただいま。ーーで、またにした方が良さそう? 気絶してた時の事話すの」

やはり悪意の無い言葉に気を抜いた。緊張が解けた感じになった。

「いや、聞くよ。聞きたい。ーー良ければ……。」

「うん。話すけど、話し辛いかも。ーー浮気でもなんでもして来て貰えたらーーあ、何でも無い。失言した。」

『外へーー席を外して欲しい』と言うつもりで本音を言ってしまったらしい。いや、どっちも言い辛くないか? 心臓馬並みか相棒(おまえ)……。

しかし、失言には気付いた様で、直ぐに口を噤んだ。

「知らないよな、というか、あんまり見た事ないかもな? 」

『一番逢いたくなくて、一番恐れているかもしれない事態をお前は呼び込んだ』とか数日前に言われた。『明華蝶々に似ていたりする様な、まさか生き写しみたいな存在、さらには蛍っぽいなんて者を近づけて来るな、気付かれて殺される……。』だそうだ。いや? 殺されるのこっちじゃないか? 何でかこっちになりそうだ。そんな気がする、そんな(損な)だけに。

「うん、びっくり。」

びっくりしている様に見えない。と思っていたら、手の平を掴まれて掴んで来た相棒の胸に当てられた。おぉ、心臓がバクバクーー確かに驚いている。顔に出ないにも程がある。

「お前と似てるんだ。」

やっぱり似ている。顔に出ないところとか。表情云々ではなく、こう、存在が似ている。表情は蛍に似ているくらいだ。多分。柔らかいし。眉間に皺が寄らないし。

「保護者の人? 」

まぁ、保護者である叔父が成り切っている人物の、明華蝶々に似ているんだ。あと蛍に。ーーあれ? つまり親族か? 血の繋がりがあるかもしれない……。

「そう。」

「似てるというかーー生き写し……。」

「僕も似ていると思うけど、ーー僕にもという意味だよ。でも、確かに彼にそっくりだね。双子かい? 」

「どうだろう? 双子っていたっけな? 」

いや、叔父には双子の兄弟がいる。その兄弟は知り合いだし、三つ子では無いはずだ。

「えぇ似ていますね、次か前に当たります。」

「次? 」

相棒は叔父ーー明華蝶々の位置に当たる者の次のーー継ぎ、後継みたいなものであると推測したらしい。

「ーーか、前? 」

俺は何と無く、蝶々より前ーー先人ではないかと思った。蝶々より大人びている気がしたからだ。

「私ではなく、貴方のですよ、閻魔。」

「あ、俺かぁ〜……。え俺!? 」

久しぶりに凄く普通に驚いて、声を上げていた。相棒が次の俺!? いや、それか前の俺!?

今、何と無く大人びているだなんて考えていただけに、その大人びている人物が自分の先人か後継である事にーー、後継だったら恥ずかしい。自分が大人びているから次の奴もそう、みたいな話になるからだ。

「そうです。」

「いや!? こんなではなくない? かな。閻魔って呼ばれているその子はーー……。」

そうだな。まず俺、お前より背が小さーー低いもんな。背で違いを見ているだろ相棒ーー!?

それに、それなら蛍の方に似ている。背も蛍の方が俺よりも高い。そう、細身で高くて、柔らかい印象ーーやっぱり俺よりは蛍の方じゃないか??

「いえ多分、そうです。そのはずーー奴が言っていたのは貴方方のはず……。すみません、聞き直しーーもう一度問い正してみます。ーー因みに私の次と前はあれとあれですよ。」

「明華の? 誰と誰? 」

「明華と私のーー貴方の言う、あれとあれです。」

ーー蝶々と叔父のーー?
俺が言うあれとあれなんて、今は多分末の二人のことくらいでーー? いや、他にも居たな、数人……。

「あれか。ーーどれかーーどれがあれだったか〜……。」

自分は大体予想がついているのだが、分からなくなった。この会話を聞いている方はもっとどれがあれだかーーと、混乱しているだろう。実際、周りの奴らは混乱している。自分も人数が多くなって混乱し始めていた。

「ーーそれ、『明華』って人の名前? だよね? 」

相棒が気になったらしく、首を少し近付けるように傾け、視線を俺の方に向けて聞いた。

「うん? ああ、そう。苗字。」

地獄でのだけど。

ーーしかし、待て。今何か俺も気になって、ーー何かに気付いた様な……。既視感を感じた。まただ。いつも相棒(こいつ)と居ると感じるーー懐かしい様な、安心する様な、ふんわりした空気感。柔らかさや穏やかさが強いわけでもなく、程よくて心地良い、みたいな。

夫婦とかの関係を言っているんじゃない。間にある訳じゃなくて、相棒特有の雰囲気なのだ。

ーーーー何だろう? いつも気になる。普段気にしていないのだが、気にし始めると気になる……。大人びているタイプというだけなのか?? 否、やはり、稀有な気がする。

「その明華って人と話したかも。」

考え事を見抜いて、一瞬間を空けたが、直ぐに言う事にしたらしい相棒は、その話を俺に聞かせたがっている様だ。話聞こう。考えは中断だ。また一人の時に考えよう。

「あぁ、それはーー弟の方です。蛍でしょう? そちらの貴方と話したのは。」

叔父が蝶々らしく言った。もう蝶々と変わらない様に見えるから困っている……。

「うん、確か。蛍さんって名前だったよ。」

蛍びっくりしただろうな! ーー何やら末の上の弟が携帯電話にメッセージを打ち込んでいるーー『あ、生き写しでビックリした』って来てる。お前、蛍とまだメッセージとか遣り取りしてんの!?

蛍は末の上の弟の姿が拉致されて消えた時、お世話になった。捜索を手伝い、自分たちの身分を隠して近づける様に手配もしれくれた。それから交流があるのだがーーメッセージとかまで気軽にしてたのか。

あ、叔父が今その連絡経路を断たせる計算を始めたぞ。凄みと圧が見える。

最後のお別れの遣り取りを決めておけ、小さな(ソルジャー)よ。

「大丈夫か? 威圧されてとかでじゃないか? 」

蛍という事にしておけ、とか。ーー相棒がさっき二つ返事をしていたから一応聞いた。

「違うーーっていうか、威圧されてた? 」

きょとん、に近い疑問の表情をされた。大丈夫そうだ。叔父に苦手意識もなさそうだ。ーーたまに見えるあれはじゃあ何だろう? ーーまた思考が脱線しそうだ。やめよう。

「こちらがされている様な? 」

叔父が小首を傾げて見せた。叔父は少し不安気だ。ーーさっきからずっと不安気でもあった。確か俺が意識を取り戻してからずっとだ。俺を心配してだろうか? ーーいけない、脱線だ。

叔父はーーええと、相棒に威圧されているくらいだと感じている?

『威圧されているーー? (確かに……。)』と、場にいるーー相棒以外の全員が同じ様に思った。ふと、今度はその目が自分の方に集まって来た。

「今、確かにって思ったよね? 」

「ごめんなさい……。」

何故だろう、後ろ、後ろ、と言われ(念じられ)て振り向いた先に相棒の顔があった。相棒は仕方無く言った様子だ。怒って睨んでいたとかじゃ無さそうなのに、『後ろ、後ろ、』?

俺が振り向く前から怒ってはいなかったーーはずーー……。

「すみません。思いました。ーー嫌な感じですねぇ、貴方がーー閻魔が二人いる様で。」

何故か叔父も睨まれていない様子なのに謝っていた。そして叔父はこちらを一瞥する様にして、相棒と見比べた。

「それこっちだから。明華がーー蝶々が二人いるみたいで。」

明確には、蝶々と叔父と相棒の三人いるみたいな感じが。

「こっちもなんだ。ーーその、大先輩さんが、似ているから、お前ーー閻魔に。」

相棒まで『閻魔』呼びになった。閻魔と呼ぶようになってしまった……。見分けがつかなくなったかもしれない。二人を間違うかも……。

大先輩が似ているのは仕方が無い。幼少期の指導指南役で、以前の相棒で、母とずっといたのだ。自分は母に似ているらしいのだから。祖父曰く、“近いものは似る”である。

「それは仕方無いよ、だって」

「あああああ!! 」

「ぅわあああっと! 宿題を忘れていた! 」

以前の相棒が何やら口を滑らせ(? )そうになってしまったらしく、末の兄弟たちが焦って発狂し大きな声を上げた。何があったお前ら……。

「今直ぐやらなきゃなぁ〜!! ほら、教えてやってくれ!! 閻魔も!! 」

お前末で一番下の弟だよな?? 言語しっかりし過ぎている上にどさくさに紛れてちゃっかり閻魔呼びになってるぞ?

そんな小さな小さな弟が走って手に掴んで持って来た弟の兄の問題集は目の前に突き出されながら、誇らしく輝いていた。

「ーーーー態とらし過ぎない? 」

「……。ああ……。何だろうな? 」

目を合わせて確認し合う様に、相棒と言葉で同じ疑問を確認し合った。

(『怪奇譚 〜裏庭に櫻、百目の木〜』へ続く……。)
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