文字数 7,945文字

 またか、と渋い顔で嘆息したラッセルを前に、シャノンも渋面を隠さない。陽気な酒呑みたちの談笑の向こう側、店内でもひっそりと噂話が囁かれていた。好き勝手に囀るヒトビトの口に、戸は立てられない。二人目の被害者の話題は瞬く間に広まって、あちこちで噂の種をばらまいているのだ。
 訳知り顔で嘯く彼らが、最も口にするのが、人狼(ライカンスロープ)による犯行であるとする御高説。
 中には一足飛びに体制批判へ繋げる者もいるようで、いつにも増して街角は賑やかになっていた。どうせ一通り文句を垂れるだけで害になるようなものではないけれど、聞いている方はうんざりさせられる。
 前回の郵便配達夫以降、今日までそれらしい事件は起きなかった。グウェンドリンの診断を受けて、警察も人狼以外の可能性を模索したようだが、被害が続かなければヒトビトの興味も薄れてしまう。真っ先に疑われた野犬の目撃報告もなく、警官も一応警邏を続けていたらしいが。
「今回も、違うと思う?」
「だろうな。そもそも、長が噛んで初めて『成る』んだ。それを知らない者はない。いたとしたら逸れ者だ。しかし、それらしい話は聞かないな。現在、管理されていない人狼はいない」
 ラッセルが言うのだから、そこは間違いないのだろう。大体、逸れ者は人狼たちにとっても脅威であるから、即座に情報が共有されるらしい。一部のいかれた連中の所為で狩り尽くされようとした過去が、彼らにはあるのだ。自衛に関しては厳しい。
「何が目的だろう?」
 シャフツベリ候のお膝元で騒ぎを起こしているのだ、領主へ喧嘩を売っているのかと疑いたくなるが。
「うちの領主様、竜族(ドラゴン)なのに……。しかも黒竜」
「怖い者知らずだねェ」
 ひょいと眉を持ち上げて、ラッセルが愉快そうに笑う。笑い事じゃないよ、とため息を落として、シャノンはエールを呷った。
 何となくキナ臭さを感じるのは、きっと気の所為ではないだろう。問題は、何処のどいつが、誰に向かって喧嘩を売っているのか、だ。
「それで、グウェンは帰ってないのかい?」
「いや。ここ来る前に調合室に灯りがついてるの見えたから、籠ってるんだと思う」
 魔女としても彼女の伎倆は信頼できるし、学ぶことに対して真摯であるから、問題があれば駆け込んでくるだろう。あちらが頼ってくるまでは、患者に専念してもらう為にも放っておくべきだ。
 今回の被害関係者は、郵便配達夫の件を踏まえて、真っ先にグウェンドリンの元へ駆け込んだらしい。
 襲われた場所はひっそりとした裏路地で、人気のない所に倒れているのが発見された。同じく大型の獣による噛み傷を負い、発見当時は相当弱っていたようだが、一命は取り留めたという。それでも予断は許さないと見たグウェンドリンは、医院へ掛け合って患者を放り込んだようだ。随分と格好良い啖呵を切ったのだと、人の噂になっている。
「人狼の仕業に見せ掛けたい、わけじゃないのかな?」
 それはどうだろうな、と反論されて、シャノンは訝しく眉をひそめる。
「だって、昼間から襲ってるなんて変だろ。道理に合わない」
「前回の被害だって、三日月だったじゃねぇの」
「あぁ、そうか。そこからおかしかったな」
 意図が良くわからない、と眉根を寄せると、ラッセルは苦笑を浮かべた。
「知らねェんだろうよ」
「知らない?」
「魔術も、人狼もな。全部が遠い昔話になっちまった。少なくとも、あれらを脅威と意識して暮らす必要はなくなった。だから、正しい知識なんざいらねぇんだよ。それらしく見えればいい。善良に日々を暮らすヒトビトにとって、人狼ってのはその辺で出会す大型の獣と変わらないのさ」
 少なくとも、この世界で暮らすヒトビトの大多数は、世界には人間だけが暮らしていると思っている。それくらいには、住処が隔てられていたり、隠されているのだ。そうして、時折ひょっこり顔を出す非日常に、恐々と身を縮めてやり過ごす。やり過ごせるように、なってしまった。
「きっとそれで良かったんだろう。他のどの種族が台頭したとしても、世界のこの有り様はなかった」
「その、無知の産物だとして。考えられる可能性は?」
 ひたと見つめる目に軽く肩を竦めてみせて、彼は意味ありげに笑ってみせる。
「そこを考えるのは、おまえさんだろう?」
 小さく舌打ちして酒杯を干すと、シャノンはカウンタに代金を置いて立ち上がった。気をつけて、と背中にぶつかる声に、ひらりと手を振って酒場(タバーン)を後にする。
 外はすっかり夜の帳に包まれて、通りにはぽつぽつとガス灯が点されているのが見えた。それらを横目に歩き出し、帰路とは別の進路を取る。
 いずれの事件も、労働階級者の生活圏で起こっていた。二人目の証言は聞いていないが、最初の犠牲者は、獣の唸り声のようなものを聞いたと言っていたらしい。飛びつかれたのは後ろから。咄嗟に鼻面を殴って振り払い、這々の体で逃げ出した。その最中、ヒトの声を聞いたような気がするとも。
 おそらく医者は、その証言と傷口から人狼だと早合点して、患者を放り出したのだろう。しかし、現実的に考えるのなら、そいつはただの大型の獣だ。大昔であるまいし、人狼が無闇にヒトビトを襲うことはない。少なくとも、オルグレンでは有り得ないのだ。それでは、そいつは一体何者なのか?
 襲撃現場には、被害者の血痕が残るばかりで、手掛かりとなるものはなかったという。警邏を強化しても、それらしい獣を発見できなかったそうだ。
 グウェンドリンの話を聞いた限りでは、相当の大物という印象がある。それが見つけられないというのは、どういうことだろう。そいつを現場付近から連れ出して、隠している人間がいるのか。
 もしくは、そいつが獣をけしかけた張本人か。
 そういえば、今は社交期(シーズン)の真っ最中なのだ。一定以上の階級のヒトビトが、都市部へ、田舎へ、大移動をしている。
 ふと足を止めたシャノンは、眉間にしわを寄せて唸った。
 もしそうなら厄介だが、きっとそれは違うだろう。上のヒトビトは、下々の存在なぞ目に入らないのだ。シャフツベリ候のように、自ら好んで下界へ下って混じってしまう人物の方が珍しい。だから、どこぞの盆暗息子が云々、ということはあるまい。
 彼らの生活は意外と小さな中に埋もれてしまっていて、囲いの外にあるものへ意識は向かないのだ。それで全てを知った気になっている。
 ふと自嘲気味の笑みが浮かんで、シャノンはばりばりと頭を掻いた。
 これは、始めから考え直した方が良さそうだ。偏見は全て捨てて、状況証拠のみを突き詰める必要がある。
 確かなことは、大型の獣による噛み傷と、唸り声。それから、一向に目撃証言が得られないこと。襲われた当人ですら、その姿を見た覚えがないという。これは、どういうことだろうか。
 感染症を発症しない傷、というのも特記すべきことだろう。感染拡大させて手下を増やす類いの種族の仕業ではない、ということだ。そう考えると、幾らか絞られてくる。
 彼らが襲われた場所は、比較的近いといえるだろう。同じ工業地帯の一角であり、普段からあまりヒトビトが行き交うことのない場所だ。人気がないから犯行を起こし易いのか、それとも。
 人気がないから、被害がそれで済んだ、か。
 頭の片隅に浮かんだものに、軽く眉をひそめる。もしそうなら、被害者が姿を見なかったのも、その後の警邏で発見できなかったことにも説明はつく。けれど、それが正解だとしたら幾らか問題が出てくるだろう。別にその処理をするのは、シャノンではないけれど。
 低く唸り続ける稼働音が足の裏に響いて、シャノンは場所を確認するように辺りを見回した。問題の工業地帯の入口は、今はひっそりとしている。
 流石に就業時間は過ぎているはずだが、この辺りの蒸気機関が落とされることはない。再稼働させる手間を惜しむわけだが、それはシャノンが住む高級長屋(タウン・ハウス)辺りにも言えるだろう。この街のヒトビトは、そうした音に包まれて生活している。
 最低限の灯りに照らされただけの工業地帯は、月明かりで存外明るい。そぞろ歩きには困らないだろう。事件現場は、もう少し奥になるはずだ。
 情報によれば、この辺りに住む者は被害に遭っていない。先の二人は外部から来た者、襲い掛かった側からすれば、侵入者だ。
「さて、どれだけ歩けば出会えるかな?」
 呟いて、上着のポケットに放り込んできた物を指先で確認する。
 ウェルテ国は比較的寒冷な土地にあって、そろそろ初夏だというのに日中の気温は過ごし易いくらいで、夜はなかなか冷えるのだ。昔いた国では半袖の薄着が当たり前だったから、こんな土地があるとは知らなかった。
 世界中あちこち渡り歩いていると、知らないことはまだまだたくさんあるのだな、と感慨深くなる。未知のものに出会うのは楽しいし、様々なものを知っていくその過程を含め、とても興味深いことではあるけれど。
 あのまま、と。考えても仕方のないことが、時々頭の片隅に凝る。
 あのまま当たり前のように過ごせていたのなら、きっと外の世界に溢れる様々なものを知らぬまま、一生を終えていただろう。それもまた、幸せなことだったのだと思うけれど。こうして別の形の幸せを見つけられたのだから、存外ヒトは、何があろうと逞しく生きていけるものなのかもしれない。
 低く唸り続ける稼働音の中に、別の音が幽かに混じった。鼻先に生臭さを感じた瞬間、彼は腰を落として生臭さを感じた方へ転がる。
 何かが頭上を飛び越えた、ような気がした。考える間もなく駆け出す背後に、獣の爪音が聞こえる。その音が、ふと聞こえなくなった。即座に横飛びに転がって、ポケットに忍ばせていた物を引っ張り出す。そうして爪音が聞こえた瞬間、その音の出所へ向けて引金を引いた。ぱん、と乾いた音の向こうで、跳躍に失敗した獣が赤い飛沫を散らして倒れ臥す。
 それは、黒い獣だった。はくはくと喘ぐ(あぎと)は大きく、どうやらこいつが犯人で間違いないようだ。急所に当てることは出来なかったが、どうやら銀弾は彼らにも有効だったらしい。ラッセルの助言に従ったのは正解だったようだ。
 シャノンさん、と暗がりの中から声が聞こえて、一匹の狼が姿を見せる。そちらを振り向いて、彼は目を瞬いた。
「なんだ、ついてきてたの?」
「そりゃぁ、お一人で放り出しはしませんよ。そいつですか」
「ん、ブラックドッグだな」
「これが。俺、初めて見ましたよ」
 しげしげと興味深気に見下ろす若い狼の姿に苦笑して、今時は珍しいかもね、と応じ軽く肩を竦める。
 ちらと考えはしたが、まさか本当にそうだとは思わなかった。古い時代に居場所を逐われたこれらの縄張りは、今や深い森の中だ。人里へ下りてくることは珍しいし、こんな所を縄張りと定めることも珍しい。
 なんだか、嫌な感じがする。
「悪いけど、警官呼んできて」
「はい。後はお任せください」
 踵を返した狼が影の中へ飲み込まれると、シャノンは手にしていた小さな拳銃をポケットへ放り込んだ。本当に、文明の利器という奴は、なかなか便利なものである。このまま発展を続けていけば、そのうち神に弓引く代物も登場しそうだ。
 見下ろす黒い獣は、徐々に弱って痙攣を続けている。
 あの若い狼の様子を見るまでもなく、今やヒトビトの中にこの獣への脅威は皆無なのだろう。だから、誰も気付かなかった。シャノンですらも、真っ先に思い浮かばなかった。それくらい遠く隔てられたこれを、ここへ連れてきたのは何者だ。
 ふと踵を返した彼は、黒い獣をそのままに立ち去る。後は、この街を拠点としている氏族たち(クラン)が巧く処理してくれるだろう。彼自身は表に立つ気は毛頭ないし、面倒事はごめんだ。そもそも、のんびり隠居生活のつもりで工房を開いたのだし。
 何故、と考えるのは、シャノンの役目ではない。
 足早に工業地帯を抜け、さてどうしようか、と考える。真直ぐ帰宅してもいいのだけど、どうせこちらの方へやってきたのなら、久し振りに友人宅を訪ねてみようか。最後に訪ねたのは、女中型自動人形(サーヴァント・オートマタ)を受け取りにいった時だったか。バルドの小屋はよく解らない機械で溢れていて、シャノンの目には物珍しくて楽しい。
 差し掛かった路地に入り込んで、心持ちのんびりと歩く。人気のない路地は思索に向いているようで、自然と本業へ思考が向いた。
 今日の試着で、作業を止めていた幾つかも進められそうだ。季節毎にワードローブを増やしていけばいいから、取り敢えずは一段落と考えていいだろう。まだまだ着せてみたい物は尽きず、グウェンドリンを飾り立てる仕事は、思いの外楽しい。
 夏を過ぎたらどんな衣装がいいだろうか、と思案していた彼は、不意に首筋へ「ぴりっ」と障った感覚に、即座に思考を引き戻された。身構える間もなく何か細い物が首に触れて、後ろに吊り上げられる。背中に何者かの背が触れていると認識した途端、シャノンは加害者の膝裏を思いっきり踏み抜いた。
 悲鳴が上がって加害者の体勢が崩れた隙に首へ絡んだ帯を引き抜き、流れるように相手の腕を捻りあげて地面へ組み伏せる。そうして何かに気付いた途端、胸ポケットから細い小さな筒状の笛を取り出すと、思いっきり吹いた。
 人間の聴覚には届かないその音に応じて、影から先程とは別の狼が数匹飛び出してくる。その先頭に立っていた一匹が、目の前の光景に僅かに目を瞠った。
「何事ですか、シャノンさん?」
「至急伝令、領主にも回せ! 何処ぞの吸血鬼(ヴァンピーア)が喧嘩売ってきてるぞ」
 はぁ?! と瞠目した狼が慌てて傍らに立って、加害者を覗き込む。そうして、その首筋に気がついた。
「牙の痕ですか……」
 ぷつりと二つ、小さく穿たれた傷口からは、まだ乾かず血が垂れている。そのさまが、この男はそこいらで適当に捕まえられた被害者なのだと示していた。
「筋力強化されてなかった。こいつはただの奴隷(スクラーヴェ)だろうな」
「それでは、どの血族(ファミーリエ)かは探れませんね……」
 この場で問い詰めても意味はないし、血主(レーンスヘル)の暗示が解かれれば、奇麗さっぱり忘れてしまうだろう。そうなれば、こちらになす術はない。理不尽に怪我を負った哀れな男が残されるだけだ。その手際に、薄ら寒いものを感じる。
 ここでシャノンが襲われたのは、偶然とは思えない。この襲撃者の血主となる吸血鬼は、何処かで彼がブラックドッグを仕留めたのを見ていたのだろう。そうして、仕掛けてきた。
 人狼がひっそりとヒトビトの中に紛れているように、吸血鬼の血族も事を荒立てぬよう、協定を結んでいるはずなのだ。特に血親(エルターン)の中には支配階級にある者もいて、下手に騒ぎを起こせない。だから考えられる可能性は、他国の血族か、逸れ者。もしくは、野心を抱えた眷属の誰か。
「これで決まりだ、今度の騒動は誰かが裏で糸を引いてる。そいつを引きずり出さなきゃ終わらない」
「シャノンさん、お怪我は?」
「平気、まだ勘は鈍っちゃいないらしい」
 うんざりと嘆息し、手際良く加害者の手足を纏めて縛り上げると立ち上がる。その間に、後ろへ控えていた二匹を報告に向かわせた狼は、ちょいッと前脚でもがく加害者の頭を小突いた。青灰の美しい切れ長の目が、すうっと細められる。
「我が主人への挑戦ですかね?」
「さぁ、な。シャフツベリの氏族長(チーフテン)が領主と懇意にしてるのは有名だから。……あー、嫌な予感もするんだよな」
 薄々感じていたことが頭をもたげて、ますますうんざりする。シャノンとしては、大人しくのんびりと、仕立て屋仕事を全うしたいだけなのだが。
 こくりと首を傾げた狼は、前脚を揃えて座ると、ふさふさの尾をぽふりと揺らした。
「あなたがここにいることは、知られていないはずですが……」
「そこは信頼してる。けど、突つけば出てくると思われてる可能性も」
 否定は出来ませんね、と苦笑したらしい狼は、ついと鼻先でシャノンを促した。
「御自宅までお送りします。これは、こちらで処理しますので」
 どうやら、今日は大人しく帰るしかないらしい。まぁ仕方ないか、と内心嘆息したシャノンは、頷いて狼を見下ろした。
「悪いね、マーシュ」
「いいえ。面倒でしょうが、今は大事を取って慎重に」
 見透かしたように釘を刺されて、「はぁい」と首を竦める。長の信頼も篤い右腕は、流石に気の回る男らしい。あの豪快で破天荒な男に長年仕えているのだから、これくらいでなければ勤まらないのだろう。
 立ち上がり歩き出した彼を改めて見遣れば、月明かりに映える白っぽい毛色の、堂々とした美しい獣である。どうやら人型の頭髪の色は、獣型の毛色に影響しないようだ。彼が呼子に真っ先に応じてくれた辺り、どうやら今夜は、厳戒体制で備えてくれていたらしい。
「マーシュの獣型、久し振りに見たな。相変わらず奇麗だね」
「有難うございます。我が主人にはとても及びませんが、シャノンさんにそう言っていただくのは嬉しいですね」
「……あぁ、うん」
 確かに、獣型の氏族長は立派な体躯をした、素晴らしく格好良い狼だ。それはシャノンも認めるところであるが、少々盲目過ぎやしないか。
 そんなことを思いながら、ゆったりと左右に揺れる、ふさふさの尾を何気なく見遣って、シャノンはぐっと伸びをした。
「暫くは、大人しく工房に籠るかなぁ。グウェンの衣装の仕上げして……、秋からの計画は早いか」
 しかし、シャフツベリの夏は短いのだ。早過ぎるくらいで計画した方がいいだろうか。そうしているうちに、瞬く間に冬がやってくる。彼女が去年着ていたコートは、もっと南方の国で見られるような生地で寒そうだったから、きちんと温かいのを作ってやりたい。
 そんなことをつらつら考えていると、となりから澄ました声が投げ掛けられた。
「それは良いですね、こちらも安心です。籠るのでしたら、仕事をお願いしても? そろそろ、職場に立つ時のウエストコートを新しくしようかと思っていて」
「任せてくれるの? じゃぁ仕事捌けたらに採寸に来てよ。マーシュは背丈もあって均整取れた身体してるからなぁ、作るの楽しそう」
 栗皮色の髪をした彼は、しっとりと落ち着いた雰囲気の美丈夫である。大体何を着せても似合いそうだが、ここは上品にまとめてしまいたい。これからの季節は、あまり襟元を詰めない方がいいだろう。二列の六つボタン、襟付き辺りでどうだろうか。バックルも少し大きめがいい。そういえば、似合いそうな生地が倉庫に仕舞い込まれていたはずだ。帰ったら自動人形(オートマタ)に手伝ってもらって発掘しなければ。
 あれこれ思案し始めたシャノンを微笑ましそうに見上げて、狼はくつりと笑みを零した。
「シャノンさんは、本当に仕立ての仕事がお好きですね。とても楽しそうだ」
「勿論! マーシュとおんなじだよ」
 こくりと首を傾げた狼は、本当に解っていないようだ。自分だって、あんなに楽しそうに働いてるくせに。
 また昼間に顔出すよ、と笑いかけると、彼は「お待ちしております」と頷く。昼間の柘榴(グルナディエ)の名物は、間違いなく彼の手による珈琲だろう。彼の淹れるそれは、近隣のどの店よりも美味しいのだから。
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