文字数 7,979文字

 昼の混雑も漸く落ち着いた頃、マーシャルは午後のお茶に備えて、諸々の準備に追われていた。窓の外は晴天に恵まれており、今日も客足は多そうである。
 その時、裏手で夜間営業のための下拵えをしていたはずの見習いが、そっとマーシャルの手許へ紙片を置いて後ろを通過した。何喰わぬ顔で幾つか道具を抱え踵を返した彼を見送って、マーシャルはちらりとそれへ視線を落とす。
 紙面をなぞった目が、素っ気無く外れた。僅かに思案して、足許を一瞥する。
氏族長(チーフテン)へ」
 低い声でぽつりと告げて紙片を落とすと、それは床へ触れる前に消えた。それを確認することなく、マーシャルは速やかに仕事へ戻っていく。
 想定より、随分早いお出ましだ。きっと今頃、シャノンは悪態をついていることだろう。彼が抱えている仕事を思うと手伝ってやりたくもなるが、仕立て仕事となるとさっぱりだ。マーシャル自身も、今夜はこのまま店頭に立たねばならない可能性が高いので、申し訳ないがご容赦願うとしよう。
 それよりも問題なのは、どうやらシャノンの危惧通りだったということだ。彼の入国には気を使ったし、情報は外部に漏れていないと断言できる。そうなると考えられるのは、ただの追手ではないということか。
 白銀の君、なんでしょうね。多分。
 口中にひとりごちて、思わずため息を落としそうになる。あれは唯一、シャノンが憎悪を隠しもしない相手だ。その経緯は又聞きでしかないけれど、嘗て身の竦むような怒気に晒されたことは多々ある。
 しかし、恋は盲目とはよく言ったもので。
 身の上を思えば同情もするが、あれだけ純粋な殺意を向けられて、どうして未だに諦めないのか、マーシャルには理解できないのだ。
 あの大戦の最中でさえ、あれは厳重に守られ、隠されていた雛でしかなく、今だって御簾の奥に隠されたまま出てこない。だから現実を知らぬまま、夢を見続けているのだろう。それはそれで、哀れに思うけれど。
 もうそろそろ、あのどす黒いモノからシャノンを解放してほしいというのは、古くから彼を知る者たちの総意だ。ただの利己主義だと嘯きながら、徹底して悪役を演じ続けてきた彼だけど、久し振りに再会してみれば、やはり明るく笑っている方が似合うのだなと再確認できたから。
 とはいえ、彼の差し当たっての問題は夜間営業である。バーマンは駆り出されていないはずだからいいとして、問題は食事の提供だ。前もって店主の休養が判明しているときは、それなりに調整しているけれど、今回は全くの不測の事態である。場合によっては、このまま調理師たちを引き止めなくてはならない。
 今度こそため息を落としたマーシャルは、厨房と打ち合わせるべく踵を返したのだ。

  ◇◆◇

 マーシャルが夜間営業について頭を悩ませている頃、領城の執務室ではフィデルが回されてきた紙片を受け取っていた。その傍らには、行儀よく前足を揃えて座る、立派な体躯の狼の姿がある。
 紙自体は、そこらで手に入る、何の変哲もない物のようだ。タイプライターの素っ気ない文章の下に、女中型自動人形(サーヴァント・オートマタ)の美しい筆跡が状況を綴っている。それらを一瞥して、フィデルは軽く肩を竦めてみせた。
「昔も思ったが、魔術士というより預言士だな」
 全くだ、と愉快そうに応じる狼は、はしばみの目をにんまりと笑いの形に歪める。
 人狼(ライカンスロープ)たちを警戒して昼間に行動を開始したのだろうが、まさか氏族長が即座に出て来るとは思っていないだろう。これは単純に、彼が夜に仕事を持っているだけなのだが。
 閑話休題。
 昔から、作戦の発案と実行部隊長は必ずシャノンだった。彼が姿を消してからは、自然とフィデルたちがその穴を埋めることとなったのだが、当人がいるならば謹んでその座を譲るのみである。
 当の本人も無意識なのか、事件の発端より当然のように嘗ての位置に落ち着いて、罠を張ることを提案した。その上で、一つの可能性も提示していたのである。
 曰く、逸れ者にしては手口がまどろっこしいし、吸血鬼(ヴァンピーア)の眷属たる古い血(ゲシュペンスト)が出てきているかもしれない。
 そうして、彼らは幾つか指示を受けたのだ。まず、表立って活動する人狼の制限。おそらくそこら中にばらまかれる手下に「気付かないこと」。それを想定して、ある程度のことは口頭で報告しあうこと。ただし重要なことは秘すこと。
 操り人形と化したオルグレンの住人たちを初めとして、一度に大多数が人質に取られることはないだろうと、シャノンは明言していた。嘗ての彼を知る者ならば、その悪名と共に情け容赦ない数々の所業が頭を過るはずだし、何より黒竜の膝元で騒動を起こすということの危険性を、考えないはずがないのだ。
 もし彼等に報復の大義名分を与えてくれるようならば、そもそも恐れるに足らず。多少頭が回る者なら、シャノンの身近にいる、怪しまれずに連れだせる人物を虜に選ぶだろう。
「それで、リリエンソール博士はどうしてる?」
「問題なく仕事中だ。シャナがグウェンの衣装に目一杯魔除け仕込んでるし、うちの奴らも一応潜ませてる」
 今は引っ張り出された先で、全く関係ない別の患者に捕まっているらしい。その事態に古い血の手下の方が慌てて、右往左往しているのだそうだ。
 失笑し紙片を執務机の上へ放り出したフィデルは、頬杖ついて愉快そうに金の瞳を煌めかせた。
「しかし、相変わらずシャナは用意がいいな」
「いやぁ、この街の魔女様は危なっかしいからな。心配で一応仕込んでおこうって思ったのが、役に立ったんだと」
 最初の人狼騒ぎの折、慌てて防魔白衣と手袋を用意したのも、その所為らしい。やっぱり持ってなかった、と頭を抱えていたというから、その後に徹底したようだ。危なっかしい後輩の面倒を見るようなつもりもあったのだろう。
 さて、と立ち上がった狼は、傍らの領主を振り仰いだ。
「俺も出動するかね。もう一匹の鼠は任せてくれ。フィデル、おまえさんはどうする?」
「客人がいるからな。彼女をお誘いして出向くとしようか」
 しかし心配なのは明日の予定だな、と真顔で零すと、狼はにやりと笑ったようだ。
「ボニーが仕上げてくれてるらしいぜ?」
「ほう? やはり、あの子は殿下の傍に就けたいな。見目も良いし、何より戦えるそうじゃないか。近衛が立ち入れない場所へ侍らせるのに丁度良さそうだ」
 オードリーも面白い子を雇ったな、と感心していると、狼は声を立てて笑う。
「そいつはいいな、あれはシャナの愛弟子らしいから、役に立つだろうよ」
 うん? と訝しく視線を向けられて、狼はくつくつと肩を震わせる。
 なんでも、彼女がエッカート邸へ仕え始めて間もなく、ひったくりを手際良く仕留めたことがあったらしい。その活躍に驚く野次馬に囲まれた折、故郷で昔、隣人に教えてもらったのだと語っていたという。
 当時、冒険者になるのだと散々無茶をやらかしていた彼女を心配して、護身術くらい覚えろと、シャノンが。
 同時に吹き出して、彼らは暫くくつくつと笑いあう。彼らにしてみれば、何が仕立て業に専念したいだ、と突っ込みたいところである。結局、どうあっても彼らは同士であり、戦友なのだ。あの当時だって、自分はただの研究者だと言いながら、誰よりも優れた戦績を誇っていたのだから。
 本当に、故クロウリー軍事顧問殿は恐ろしいモノを作り上げたものだと、今更ながらに考える。果たしてかの人には、どういった目論見があり、何が見えていたのだろう?
 尤も、その御蔭で世界は存続し、こうして繁栄を続けているのだけど。その点を見れば、功績と言えようか。
 それじゃぁ先に行くぜ、と狼が影の中へ身を踊らせた。それを見送って、フィデルも席を立つ。客人を連れていく前に仕留めてしまわなければいいが、と思いながら。

  ◇◆◇

奴隷(スクラーヴェ)たち!」
 エルネスタが悲鳴紛いの声をあげた。途端に物陰から、わらわらと屈強な男たちが姿を見せる。念のために侍らせていたそれらを、歩みを止めたオズワルドはぐるりと見回し、軽く眉を持ち上げた。
「あぁあ、好き放題やってるなぁ。フィデルが怒るぞ、これ」
「捕まえて!」
 彼を指して命じると、奴隷たちは一斉に駆け出した。これで、少しは時間が稼げる。不本意だが、ここは出直した方が得策だ。
 歯噛みしながら急いで踵を返した彼女は、乾いた破裂音と共に脚を貫いた激痛に、もんどり打って倒れ込む。一体何が起こったのかと藻掻きながら振り向くと、オズワルドの手には小型拳銃が握られていた。
「逃げられると困るんだよねー。ちょっと大人しくしててよ」
 銃を持つ手をだらりと下げて、反対側の親指の先を舐める。そうして、後ろから襲い掛かる奴隷の手をするりと躱し、体を返すと左手で軽く首に触れた。途端に、がくりと膝を折り倒れ伏したが、オズワルドは目もくれず新手を相手している。
 次々と倒れ行く奴隷たちの姿に只管困惑しながら、エルネスタは必死に立ち上がろうと藻掻き続けた。
 こんなはずではなかったのだ。
 彼女にとっては突然台頭してきた若造でしかなく、あの当時は巻き込まれるのも馬鹿馬鹿しいとばかりに傍観を決め込んでいたのである。伝え聞いた話も、派手な大呪文ばかり乱発するらしいということ。そのさまからは、強大な力を誇示するように、力任せに呪文を編んでいたような印象しか受けないではないか。
 だからまさか、こんなことになるなんて。力なく倒れた者たちは、彼女の意志に反して起き上がることもせず、ぴくりとも動かない。
 まさか、罪のないヒトビトを容赦なく屠っているというのか。
 その事実に、寒気がした。だからあの女は、無意味だと言ったのか。じくじくと痛む傷はちっとも修復を開始せず、強張る脚は動かない。何かに蝕まれているのだ、と悟る頃には全ての奴隷たちが地へ沈み、無造作に拳銃を手にしたオズワルドがこちらを振り向いた。
「無理すると回復に時間掛かるよ。こちらとしては、どうこうする気もないんだよね」
「なんなのよ! 魔術士のくせに、そんなもの……!」
 取り乱したように喚くエルネスタへ呆れたような眼差しを向け、彼は軽く肩を竦めてみせる。
「嫌だなぁ、折角便利なものがあるんだから、活用するのは当たり前だろ。そもそも、俺はしがない仕立て屋でね」
 化物相手に丸腰で来るわけないじゃないか、と唇の端を引き上げて笑い、ふと表情を冴えさせた。序でに、銃口をこちらへ向ける。
「さて、質問だ。おまえは誰の指示でやらかした? 単独行動のはずがないよな。古い血と言えば、長らく歴史の暗部で暗躍してきた化物だ。それが随分お粗末な結末じゃないか、余程飼い主が無能らしい」
「おまえに化物呼ばわりされるのは心外ね。大切なお友達に、なんて説明するつもり?」
 ちらりと視線が倒れるヒトビトへ向いて、さぁ? と気のない様子で等閑な相槌を打つ。そうして、呆れたような眼差しが向けられた。
「平和惚けって、こんな所にまで波及するのかよ。昔、散々辛酸舐めさせられたはずだろ? 教会の坊さんたちにさ」
 何のことだ、と訝しく眉根を寄せる彼女に、果たして彼はにんまり笑う。
「神の御業だ、救いの御手だなんて御大層に吹聴して有難がってたけどな。祝福だって立派な魔術だ」
 は、と瞠目して、エルネスタは奴隷たちへ視線を向ける。
 そういえば、銃を手にしている癖に、わざわざ奴隷たちの首に触れていた。無駄弾を嫌ったのかとも思ったが、そうではない。あの仕種は確かに、遠い昔に憶えがある。
 彼女たちの呪縛から、ヒトビトを解き放つ反呪文。奴隷相手には人体への影響を最小に留めるため、直接触れねば発動できないほど、繊細に編まねばならないそれ。
 そんなものまで、この男は扱えるのか。
「それが使えなくなったから、こういう即物的な武器が転用されたんだろ」
 破裂音が響いて、彼女の傍に跳弾する。思わず首を竦め、恐る恐る彼を見遣れば、冷めた眼差しがこちらを射抜いていた。吐き出された声も淡々と冷めている。
「残酷だよなぁ? 人間って。で? 喋る気あるの」
 どうする、と自問して、エルネスタは拳を握りしめた。
 あの女の助力は得られないだろう。既に立ち去って久しいし、何より彼女の自尊心が許さない。とは言えここで、あの方の御名を出していいものか。
 否、出したところで、見逃されることはないだろう。あの忌々しい真祖に引き渡されて終わりだ。
 何より、あの麗しい方を裏切って、宝石のような美しい瞳を曇らせるのは忍びない。大粒の涙を落として静かに泣くさまは、胸が潰れそうになるくらい痛ましいから。
 あの方だけなのだ。彼女の苦悩に寄り添って、受け入れてくれたのは。
 誰も、信者は疎かこの恐るべき魔術士だって知らないあの方の真実を、エルネスタは知っている。あの方の願いも、描く夢も、大切に抱き締めて守ってやれるのは自分だけだと、彼女は信じているのだ。けれど、ここで彼女が斃れれば全てが潰えてしまう。
「……誰かの指示でなければ都合が悪いの?」
 薄らと笑みを浮かべて、エルネスタは重いため息を落とした。
 銃口が向けられていることは、さほど怖くはない。本当に恐ろしいのは、あれの所為で遁走する好機を失うこと。生き延びるために、何とか時間を稼がねばならないのだ。
「まさかわたしも、本当にここにいるとは思わなかった。欲を出して馬鹿を見たわ」
 諦めるから見逃してくれないかしら、と。ほんのり唇の端を引き上げる。対して彼は、軽く眉を潜めた。
「不確かな情報で、黒竜の膝元にちょっかい出してみたって? そんな戯れ言、誰が信じるんだ」
「ちょっと騒動を起こせば、動向で窺えると思ったのよ。それを、真っ先に駄目にしたのはそちらよ。腹を立てて襲撃したとしても、仕方ないと思わない?」
「だから許せって? それ、領主とシャフツベリ氏族長に対しても言えるのか?」
「最初から本気で仕掛ける気だったら、もっと大掛かりにやってるわよ。だから」
 じくじくとした痛みが薄れてきている。どうやら、漸く修復が開始されたようだ。もう少し時間を稼ぐことが出来れば、何とかここから逃れられる。
 この魔術士の実情を、かの国へ持ち帰らねばならないのだ。これまでに周知された情報とは懸け離れている。きっと、あの方の理想の障害となるだろう。それだけは、何としてでも防がねばならない。
 しかし彼は小首を傾げ、残念でした、と無邪気に笑った。
「俺、グレタから古い血を見つけたら即刻知らせるよう、言われてるんだよね」
 お疲れ様です、と。一番聞きたくなかった声が倉庫内に響いた。ぎしぎしと、ぎこちなく首を巡らせた先に、黒竜を従えた小柄な少女の姿が見える。
 何故あれがここにいるのだ、と呆然としかけて、悔しさに歯噛みした。本当に、端から謀られていたということか。全て奴等の掌の上のことで、黒幕はあの真祖だったのだろう。
「やぁ、グレタ。久し振り」
「御機嫌よう、シャノンさん」
 優雅に会釈した黒髪の少女は、相変わらず人形のように整えられた風貌をしていた。華奢な手足と質素な衣服。ぱつんと切りそろえられた前髪と、大きな猫のような目。
 神童と呼ばれ、黒真珠と讃えられた当時のまま、マルガレーテはそこにいた。
「お手数をおかけしました。それは、わたしが引き取りましょう」
「悪いね。意外と時間がかかった」
「いいえ。捕まえたのですから、問題ありません」
 かつこつと靴音を響かせながらやってきたマルガレーテは、床に転がる男どもへちらりと視線を向けた。従う黒竜が軽く眉を持ち上げて、物言いた気にオズワルドを見遣る。
「気を失ってるだけだって。おまえに文句言われたくないし、怪我もさせてない」
「奴隷にでもされていたのでしょう。巧く出来たようですね」
 出来の良い教え子を誉めるように目許を緩め、オズワルドも「御蔭様で」と軽く応じた。
 銃口がこちらから外れる。同時に視線が逸れて、エルネスタは気付かれぬように脚を確認した。彼女を蝕んでいた何かは、その効力を殆ど失いつつある。あと少し、もう少しだけ、このまま辛抱すれば。
 強張る顔は、勝手に緊張と取ってくれるだろう。座り込んだままの彼女に、観念したものと油断するだろう。この窮地を脱するには、もう打つ手は一つしかない。
「さて、エルネスタ」
 こちらへ向き直ったマルガレーテが、ほんのりと憂いを眼差しに浮かべた。その姿に、腸が煮えくり返りそうになる。嗚呼、この女は。
 まだ、自分が被害者だと思っているのか。
「久し振りですね。あなたが、わたしの血子(むすこ)を喰い殺して以来でしょうか」
 おまえの所為で、全て台無しになったのだ。報復をして何が悪い。それにあれは、自ら捧げてくれたのだ。嘆くのならば、己の不徳を嘆くがいい。どいつもこいつも、欠陥品ばかりだったじゃないか。
「正直に言えば、生き残るとは思っていませんでした」
 おまえが耐えられたのだ、耐えられない道理はない。どうせ己だけが特別だと、選ばれたのだと根拠もなく愉悦に浸っていたのだろう。
「どうやら、わたしが甘かったようです。情けをかけるべきではありませんでした。血子(こども)たちの血族(ファミーリエ)を襲撃していたのも、あなたですね」
「悲しいとでも言うの? おまえが? 自分の欲望のために家族を捨てて出ていった、おまえが?」
 声が震えて、感情が抑えられない。ぐちゃぐちゃと頭の中で渦巻くのは、マルガレーテに対する怨嗟だ。蘇ってくるのは壊れた様々なモノと、失われた彼女の未来。
 当時、どれほど絶望したことだろう。理不尽さに苛まれ、消えたマルガレーテを憎悪するようになるまで、時間はかからなかった。それなのに。
 おまえが被害者面するな。全部おまえの所為なのに。おまえが、おまえが、おまえが!
 おまえの所為で! と激昂したエルネスタに、マルガレーテは目を丸くする。次の瞬間、バネ仕掛けのように跳ね上がった彼女はオズワルドの元へ殺到し、構えなおそうとした拳銃を、鋭く伸びて硬化した爪で弾き飛ばした。
 そのまま脇を擦り抜け、マルガレーテを襲撃しようとした彼女は、オズワルドに襟首を掴まれ振り飛ばされる。背中から転がり、一転して起き上がると、そのまま大きく踏み込んでオズワルドへ上段蹴りを放った。紙一重で躱されたところを、続けて回し蹴りを放つ。視界の端に黒竜の影で退避する真祖の姿を捉えて、小さく舌打ちした。
 このままではジリ貧だ、マルガレーテなぞ捨て置いて、そのまま畳み掛けるべきだった。けれど、抑えられなかったのだ。あれの所為で、これ以上何かを失うのは御免被る。
 力は吸血鬼であるエルネスタの方が強いのだろうが、オズワルドは格闘に慣れている感がある。彼女自身もそれなりに研鑽は積んでいるが、基礎となるものが違うのだろう。捕らえようと巧みに仕掛けてくる。
 掴みにくる手を逃れ、逆に懐へ入り込んだ。次の瞬間、流れるように頭をがっちり固定され、掴まれた腕を支点に投げられる。容赦なく顔を鷲掴みにして叩き付けられたのは、頑丈さを考慮してのことだろう。流石に息が詰まり、一瞬意識が飛ぶ。
 しかし次の瞬間、悪魔的な笑みを浮かべた彼女は、オズワルドの手を掴んだ。そうして、気付いた彼が引き抜こうと身じろぐ前に、牙を突き立てたのだ。
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