文字数 7,807文字

 白々と明け始めた空をぼんやりと眺めて、シャノンはぐっと伸びをした。そのまま立ち上がり、窓の外を眺めやる。淡く煙った空と、地を這うような低い稼動音と。そんなものに、この街は満たされていた。
 人々が、曾て失った魔術という動力の代わりを見出して幾星霜。諸々の困難を伴っていた旅は、大型の蒸気機関車が登場したことで容易となり、冒険者と呼ばれていた者たちは駆逐されてしまった。
 尤も、今や歴史書を始めとした昔語りにしか存在しないトロールやゴブリンといった危険種は既に絶滅しており、彼らの仕事もほぼなくなっていたのだ。おまけに発達した産業は、その他の彼らの仕事をことごとく奪っていった。
 脅威となる外敵は多少残っているが、それはいずれも人型をしておらず、必要があれば国軍が討伐に出る。それで事足りるのだ。人型をしている種族はそれぞれに引きこもったり、人間の社会に食い込んだりしている。シャノンが住むウェルテ国なぞ、貴族階級はほぼ長命種に牛耳られていた。まぁ、良い領主であればいいのだ。一般庶民には関係がない。
 欠伸を噛み殺しながら振り向いた作業台には、仮縫いまで済ませたドレスが無造作に置かれている。今年が社交界初参加(デビュタント)だという淑女(レディ)の戦闘服だ。納期がなかなか厳しい仕事であったが、なんとか間に合いそうである。
 そもそも、テーラーとして開店したはずの小さな工房なのだが、某国の王室でドレスメーカーをしていたと何処からか漏れて、ご婦人方のドレスまで注文が入るようになってしまった。ドレスメーカーといっても親方の助手程度だったのだが、家柄も伴わない中産階級としては、それでも充分だったらしい。
 こうして済し崩しにドレス製作まで請け負い始めたわけだが、困ったことはもう一つだけあって、ご婦人方の採寸をシャノンがすることを、夫君や両親が許してくれないのだ。この辺りは、当たり前にかしずかせ、身の回りの世話をさせることになれきった、上流階級との差が顕著だといえよう。
 大体、コルセットの上から採寸せねば意味がないのだし、素っ裸に剥くことなんて有り得ないのに、だ。身も蓋もない言い方をすれば、そもそも興味がない。目くじらを立てるほどのことでもないと思うのだけど。
 とはいえ、共感は得られるはずがないので。
 仕方なく導入した女中型自動人形(サーヴァント・オートマタ)だったが、彼女はなかなか優秀で、作業に掛かり切りの店主の代わりに、接客まで完璧にこなしてくれている。
 近頃は、こうした需要が増えて、絡繰士が盛況しているらしい。
 大昔であるならば、由緒ある屋敷には必ずシルキーが憑いており、彼女らが全てを賄っていた。けれど新時代となり、産業革命を経て小金を溜め込んだ成金たちに、それを望むことは出来なかったのだ。
 そうして雇われたのは、人間の使用人。
 しかし彼らの管理は難しく、自身も成り上がっただけの女主人(ミストレス)が、労働階級出身の少女たちを教育することは、相当の負担だったらしい。だというのに、呑んだくれる執事(バトラー)や、食料をくすねる料理長(コック)なんて者も現われて、雇い主たちは腹に据えかねたのである。
 雇用を奪う自動人形(オートマタ)を排除せよ! と元気に喚く人々を街角で時折見かけるが、自業自得である以上、同情する気にもなれない。まぁ、とばっちりを受けた人々には、可哀想なことだと思うけれど。優秀でさえあれば、やはり人間の方がいいと望む家庭もあるのだ。抜け出したければ、努力するしかない。
 閑話休題。
 少し仮眠するかな、と作業部屋を突っ切って、シャノンは細い螺旋階段をのぼった。
 ウェルテ国シャフツベリに小さな住処を得て、そろそろ二年が経とうとしている。シャフツベリは国内でも有数の蒸気産業が発展した土地であり、領都のオルグレンは良くも悪くもヒトビトが集まる大きな街だ。
 領主のシャフツベリ候は領民から慕われる人柄で、時折ふらりと城下町まで降りてくる。活気と喧騒が同居する都市であるのに、さほど治安が悪化していないのは、この辺りにも理由がありそうだ。
 シャノンが住む辺りは目抜き通りから少し外れており、地上三階建て煉瓦造りの高級長屋(タウン・ハウス)が建ち並んでいる通りである。間口は狭く、そのぶん奥行きがある作りで、一棟数戸で路地に沿って建てられていた。
 この立地を活かして、一階で商店を営む者も、下宿屋を営む者も多い。彼の仕立て屋は一階に店鋪と水回り、二階に作業部屋と倉庫、三階に私的な居室と硝子張りの温室風談話室(コンサバトリー)があった。談話室は今や、水通しした布地を干すためのランドリーとして使われており、その面影もないけれど。
 居室の扉を開くと、素っ気ない室内が薄明かりの中に浮かび上がっていた。懐中時計を枕許へ転がして、ウエストコートを適当に放り出す。トラウザーズからベルトを抜き取ると、靴を脱ぎ捨てそのまま寝台へ倒れ込んだ。
 ドレスは目に華やかで、たまに作るのならばいいのだけれど、職人一人で賄っている工房では負担が大きくてかなわない。それでも、全てを手縫いしていた時代を考えると、格段に楽になったと言えるのだろうけど。
 ……せめて一時間。
 懐中時計を確認して、ぱたりと腕を落とす。そうして、速やかに意識を手放したのだ。

  ◇◆◇

 鏡の前で頬を薔薇色に染め、令嬢は嬉しそうにくるりと回ってみせる。
 甘い薄桃色の衣装には、引き攣れも余りも見られず、ドレープも意図通り美しく出ているようだ。若い、というより幼いくらいの歳だからと、バッスルでなく張りのある生地に細かくギャザーを寄せた、三段ティアードのペティコートにしたのも、正解だったようである。
 素敵、とはしゃぐ彼女を満足そうに見遣って、夫人は油断なくその全身を一瞥した。
「とても美しい線ね。オクロウリーさんにお願いして正解でした」
「光栄です、奥様」
 このまま本縫いに入ってしまいましょう、と傍らに控える自動人形を振り返る。頷いて令嬢を小部屋へ誘う彼女を見遣って、夫人はこくりと小首を傾げた。
「こちらの女中(サーヴァント)は、とても見目が佳いのね。断髪でなければ、ヒトと間違えてしまいそう」
「お客様を飾り立てる仕事ですからね、製作者がこだわってくれたんですよ」
 ついでに、細顎を縁取るような栗色の巻き毛は、製作者の好みが存分に発揮されているらしい。身を包む衣装は勿論シャノンの手製で、看板足り得るよう、細部にまで技巧を凝らしている逸品である。
「どちらの自動人形ですの?」
「トーンです」
 シャフツベリ随一の絡繰士と名高い親方は、当人が引き籠り気質であり、彼の種族としては珍しく人見知りであることも手伝って、名前ばかりが一人歩きしてしまっている。彼の実態について知るのは、少ない友人たちくらいなのだろう。
 案の定、感心頻りの夫人は羨む様子で、いつかは自動人形を持ちたいものだと、切ないため息をついた。
 納期の確認をし、着替え終えた令嬢を連れて夫人が立ち去ると、シャノンは一つ欠伸を噛み殺す。仲の良い母子はこれから買い物だそうで、おしゃまで目映いほどの若さに溢れるお客が去ってしまうと、途端に店内は静まり返った。
 今日も朝から働き通しで、有難いことではあるけれど、もう少しのんびり工房を営むつもりだった彼としては、目論見外れもいいところだ。とはいえ、そろそろ社交界の季節(シーズン)なのだから、仕方ないのだけど。抱えている仕事の中でドレスが一番の大物だから、目処が立ったのは有難い。
「あー、ねむ。ええと、あのドレスは今夜縫うとしてー。取り敢えず、今からは先日採寸したフロックコートの型紙起こして、あぁ、そういえば今朝届いた生地、あれも洗って歪み直さなきゃ……」
 やらねばならないことをぶつぶつ呟いていると、ぽん、と肩を叩かれた。振り向けば黒い硝子玉がシャノンをじっと見上げ、ゆっくりかぶりを振る。
「……の、前に飯だよな。うん、ごめん」
 こくりと頷いて、自動人形は優雅にスカートを摘んで会釈した。
「わかったよ、アマリア。準備だけしておいて? 飯食ってきてから取り掛かるから」
 良く出来た女中に見送られ、店を閉めて外へ出たシャノンは、ぐっと伸びをした。
 昼食には遅い時間だが、午後のお茶には早い。適当な屋台で軽食を摂って帰るか、と歩き出して間もなく、ふと耳に「魔女様」という声が飛び込んできて振り向いた。
 行き交う人の中、何処から聞こえてきたのか判らなかったが、何やら切羽詰まった様子が気になる。
 この辺りで魔女と呼ばれる人物は、一人しかいない。
 魔術が失われたこの世界において、魔女とは尊称の一種でしかない。勿論、本当に魔術を操るわけでなく、かのヒトビトは民間療法としての薬剤師のことである。
 曾て、薬草類の薬効を探り、確立してきたのは魔術士たちだった。それは女性魔術士が中心として確立してきたものだったそうで、それら民間療法は、古くから魔女の(すべ)と呼ばれているのである。だから、その知識を受け継ぎ実践している現代のヒトビトも、過去に失われた魔術への尊崇を込めて魔女と呼ばれているのだ。
 近代、医術の発展が進んではいるものの、まだまだ民間療法も流布しており、庶民は高価な近代医術よりも民間療法へ頼る傾向にある。なので、魔女たちへの医療従事者からの風辺りは、相当きついらしい。
 閑話休題。
 この街の魔女は、本来は歴史学者である。彼女曰く、研究の副産物として薬草学の知識を得たそうで、一時期魔女へ弟子入りもしていたらしい。
 彼女が、ここへ流れ着いたのは一年程前のこと。暫くは得体の知れない娘だと遠巻にされていたのだが、親切心から病に罹った近所の子供へ薬を処方してやったところ、評判が評判を呼び、いつしか魔女様と呼ばれるようになっていた。今では、この界隈で頼りにされる、立派な『魔女』様だ。
 シャノンとは他所者同士、彼女が引っ越してきた当初からの友人である。彼女が下宿する家の老婦人に、シャノン自身が世話になったこともあるし、何よりご近所さんだ。近頃は、どうにかして彼女を着飾らせたいと、大家婦人と画策している最中だったりする。
 馴染みの屋台に顔を出し、世間話をしながら昼食を取っていた彼は、夜は久し振りに酒場(タバーン)へ顔を出すか、とぼんやり考えたのだ。

  ◇◆◇

 日も落ちて空が透き通った藍に染まる頃、作業に一段落つけたシャノンは、自動人形に留守を任せて工房を後にした。通り沿いに歩いて、打ち当たった四つ辻の角。辻の中央へ向けて入口を開け、馴染みの酒場『柘榴(グルナディエ)』は商いをしている。
 酒場というが、食事と、あらゆる嗜好品を提供している店だ。店内は程よく古めかしい作りをしていて、昼間は午後のお茶を楽しむヒトビトが溢れているし、日が落ちれば一日の勤めを終えたヒトビトが夕食や晩酌の為に訪れる。この界隈に住むヒトビトにとっては、なくてはならない憩いの場だ。序でに、時折領主が顔を出すことでも有名である。
「こんばんは、ラス。夕飯食わせてー」
「おう、シャナ。三日ぶりじゃねぇの」
 繁盛してるのかい、と苦笑混じりに迎えてくれたのは、店主のラッセル・マロリーだ。彼とは古くからの知り合いであり、シャノンがこの場所へ根付いたのも、彼がいたからというのが大きい。現在構えている工房を斡旋してくれたのもラッセルで、シャノンとしては頭があがらない人物の一人である。
「御蔭さんで。今日は、グウェン来てないの?」
 尋ねながらカウンタへ腰を下ろすと、ラッセルは「いいや」とかぶりを振る。
「まだ来てねぇな。大方、魔女様の仕事で忙しいんじゃぁないのかい? 昼間に、ちょっと騒ぎがあったらしいからよ」
「あれ、やっぱりグウェンの客だったんだ?」
 詳しいことは知らねェが、と肩を竦めてみせたとき、入口にすらりとした人影が立った。闇夜に紛れる美しい黒髪に、若い女性が着るには不似合いな、なんとも言い難い地味過ぎる衣服。きちんと身綺麗にしているのに、ぼんやりとくすんだ印象の女性である。
 シャノンの第一印象によるならば、勿体無い女。それが、グウェンドリン・リリエンソール女史だ。
 職業柄、数多の貴婦人を目にしてきた彼だが、碌に化粧もしていないのに、彼女ほど見映えのする女性はなかなかいない。なのに己の美醜になぞ一切頓着した様子もなく、只管学問に打ち込んでいるのだ。凛とした立ち姿も美しいものだから、本当に勿体無い。
 しかし、今日は一段と酷い。いつもは引っ付めているものの、奇麗に結われている髪には解れが目立ち、シャノンが好ましく思っている灰緑の目も、心なしかどんよりと曇って見える。すっかり参った様子の彼女は、シャノンに気付くと軽く目を見開いた。
「シャナ! よかった、工房の灯りが落ちてたから」
「久し振り、グウェン。疲れてんなぁ」
「お願い、相談に乗ってくれないかな。本当に、参ってしまって」
 シャノンのとなりに腰掛けて、秀麗な容貌に渋面を浮かべる。もしかして昼間の? と水を向けると、彼女は深々とため息を落とした。
「誰かから、聞いた?」
「いや。うちの優秀な女中に窘められて遅過ぎる昼飯食いに出たら、なんか切羽詰まった声で魔女様って聞こえて」
「あぁ、うん。わたしの所に連れてこられたのは、多分その後かな」
 俄に騒がしくなったのは、中天も過ぎた頃。聞こえた呼鈴に続いて、下宿の玄関先で何やらやり取りが聞こえたのだという。
 彼女の住まう下宿は地上三階建てで、老いた大家婦人とまだ幼気な使用人(メイド)が二階までを使用し、下宿用に改装された三階全てをグウェンドリンが借り受けている。蔵書の多さから、書斎を別に取れる部屋を探していた彼女にとって、これ以上ない物件だったわけだが、当初は少々持て余していたらしい。それも、魔女として親しまれるようになった現在、逆に手狭に感じているらしいが。
 閑話休題。
 遠く聞こえていた長い問答は、やがて階段を上がってきて、開け放していた居間の扉が叩かれた。書斎にいたグウェンドリンが顔を出すと、使用人が見慣れぬ子供を伴っていたのである。
「魔女って呼び名は良くないね。寝物語に魔術の話を聞いていた子供なんかは、魔女と魔術士の区別がついてないの」
 子供の父親は労働者階級で、郵便配達の仕事をしているのだという。勤勉で真面目な父親は、昨夜暴漢に襲われたらしい。一度は病院へ運び込まれたらしいが、今は自宅で静養しているそうだ。
「医療費はまだまだ高額でしょう。払い切れないって勝手に退院してしまう患者は多いし、だから魔女に経過を見て欲しいというのなら、できる限り叶えたいのだけど」
「捕まえてくれ、とか?」
「退治してくれって。昔話の魔術なら簡単だろうってね」
 まず、魔術士と魔女の違いから丁寧に説明を始めたグウェンドリンだったが、子供はなかなか納得しなかったらしい。そうしているうちに子供の母親が慌てて駆け込んできて、平謝りされたのだけど。
「ご夫君の容態も気になったし、一度往診しようかと提案したんだよ。そうしたら、有難いけどどうにか出来るとも思えないと言われて。よくよく聞いてみたら、医者に匙を投げられたんだって」
 それでも、苦痛を和らげる程度でも出来るかもしれない、と食い下がる彼女に、母親は折れたらしい。お願いします、と頭を下げて、グウェンドリンを伴い帰宅した。そうして対面した郵便配達夫は、無惨な有り様だったという。
「噛み傷……の、ように見えた。大型の獣の。病院では、人狼(ライカンスロープ)の傷だって診断で」
 ひょい、とラッセルが眉を持ち上げた。
「確かかい?」
「わたしも文献でしか見たことなくて、はっきりと言えないんだけど。……違う、と思う。人狼から受けた傷にしては、該当する症状が全くないんだ」
 彼女が師匠から聞かされていた主な症状は、高熱と倦怠感、全身を襲う激痛。それから、極端に水を恐れるということ。水への恐怖は、人狼へと完全に変化を遂げてしまえば収まる衝動らしいが、被害患者には必ず表われる症状だ。
 肩口に傷を受けたという郵便配達夫は、グウェンドリンの来訪に恐縮した様子で頭を下げて、細君に手当てしてもらったという患部を見せてくれたらしい。グウェンドリンの問診にも、しっかりとした様子で答えていたという。
「患部に熱を持っていたけど、そんなものは、どんな傷でもあることだもの。それよりも問題なのは、本当にそのまま、何の処置もせずに放り出されてしまったみたいで。破傷風が心配だったから、そっちの処置だけして帰ってきたんだけど」
 帰宅して書斎をひっくり返したが、違うと言い切れるだけの資料は見つからなかった。そうしてふと思い出したのは、シャノンと知り合った当初に聞いたこと。
「ねぇ、シャナの知人で、薬草に詳しい人がいるんだよね? その人から意見を聞けないかな。もし潜伏期間があるのだとして、お師様に問い合わせてたら間に合わない」
「グウェンのお師匠さんって、国外だっけ? 紹介するのはいいけど、本人ちょっと人見知りなんだよなぁ」
 患者の所に行けるかな、と小首を傾げると、グウェンドリンは身を乗り出した。
「知識を貸してもらえればいいの、書き付けをくれるだけでも」
「んん、わかった。帰ったら、アマリアに手紙持たせて送り出すよ」
 今夜は彼女に頼む仕事もないことだし、定期調整には三日ほど早いが、早い分にはいいだろう。向こうもグウェンドリンには興味があるようだったから、断ることはあるまい。
「グウェン、その患者には、誰かついてるのかい?」
 渋い顔をしていたラッセルが徐に口を開き、グウェンドリンは頷く。
「ご細君にお願いしてるし、急変したらお子さんがうちへ走ることになってる。万一のことを考えて、人狼対策はしてもらってるけど」
 これで良かったのかな? と上げられていく処置に、シャノンは短く口笛を吹いた。
「なんだ、自信ないって言うわりに、完璧じゃん」
「本当に? わたし、こんなことは初めてで。魔女と呼ばれてるけど、ただの学者だもの」
「しっかり出来てるよ。なぁ? ラス」
「あぁ。潜伏期間は、半日から一日ってところだ。その前から少なからず徴候は出るはずだし、その患者は大丈夫じゃねぇかな」
 用心するに越したことはないが、とラッセルが頷いてみせると、彼女は深々とため息を落とし、両手で顔を覆う。
「そう……、良かった」
「人狼じゃなくて?」
 シャノンの意地の悪い問いに、彼女は気付いた様子もなくそのままかぶりを振る。
「本当に、いい家族だったんだ。無事に人狼に変化できたなら、少なくともご細君が生きている間は、共にあれるでしょう? でも、その確率は極端に低いと聞いてたから」
 ふと、シャノンとラッセルが視線を交わらせた。そうして、お互いに苦笑を浮かべる。
「グウェンは、立派に魔女様なんだなぁ」
 そんなこと、と顔を上げた彼女へ笑って、ラッセルはシャノンの前に食事を差し出す。
「魔女の術ってのはな、魔術士たちが危険を顧みず、あちこち踏破して磨き上げた叡智だ。ちゃぁんと、おまえさんは志を受け継いでるよ」
 そうだといいけど、と視線を落とす。それを微笑ましく見下ろしたラッセルは、ふと目を細めた。常ならば朗らかなはしばみ色が、僅かに剣呑さを増す。
「しかしまぁ……、面白くねェこったな」
「今抱えてる仕事が終わったら、幾らでも手は貸すよ?」
 有難く食事にありつきながら告げた一言に、彼は「頼む」と短く応じた。
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