第59話 第三回 葉月ちゃん対策会議
文字数 2,280文字
「では、これより第三回、葉月ちゃん対策会議を始めます」
時は放課後。
舞台は好美の自宅。
前回、前々回と変わらないように思えるが、会議に参加している面々の真剣度は桁違いだった。
今回も好美を議長として会議は進行されるが、メンバーの追加があった。
「これ、俺も参加しなきゃいけないのか?」
会議において唯一の男性。黒一点の仲町和也だ。本来なら参加メンバーではなかったのだが、日中の調理実習で同じ班になったため召集した。
同じ被害者となり、仲間意識でも芽生えたのか、実希子は好美の提案に反対しなかった。柚に至っては大賛成と言っていい状態だった。
「当たり前でしょう。今日の調理実習で葉月ちゃんが暴走したのは、九割方あなたのせいです」
「俺のせいかよ!」
抗議する和也の隣で、まるで奥さんみたいに柚が「少し言いすぎじゃないの」と彼を弁護する。
好美も言い過ぎなのは重々承知している。
けれど、お昼に遭遇した悪夢を払拭するには、誰かへの八つ当たりも必要だ。
「そのための生贄として、仲町和也君が選ばれました」
「八つ当たり要因かよ」
「ええ、そのとおりです」
「……考え事を口に出してました、とか言い訳くらいしようぜ……」
切なそうな顔をする和也に、好美はしれっと「無駄なことは嫌いなので」と言い放つ。
何故か実希子は好美の対応に拍手したりしているので、和也を呼ぶと聞かされた時点で、こうなるのを想定していたのかもしれない。
「もう、わかったよ。
それで、その……葉月ちゃん対策会議ってのは何をやるんだ」
「決まってるだろ。葉月への対策を練るんだよ」
自分の立ち位置の問題を棚へ置き、対策会議の趣旨を尋ねてきた和也に、実希子が何を今さらといった態度で説明する。
「まあ、確かにあの包丁の使い方は衝撃的だったけどな。今時、男子でもあんな豪快に振り下ろさないぞ」
「それを当たり前にできる葉月ちゃんだからこそ、私たちが対策を練る必要があるのよ」
好美は全員を見渡して、早速それぞれの意見を募集する。
真っ先に手を上げたのは、予想外にも和也だった。
「対策なら一番簡単なのがあるだろ。高木に包丁を持たせなきゃいいんだよ」
当たり前すぎる意見に周囲が沈黙する。
和也はそれを肯定と捉えたのだろうが、甘すぎる。
「その対策法なら、第一回目の会議でとっくに出たわよ。そして過去二回の調理実習では、いずれも失敗してるわ。そのうちの一回の原因を作ったのは――」
「わ、わかった。俺が悪かった。もっと真面目に考えるって」
「わかればいいのよ。いい、皆。二度あることは三度あると言うわ。いつ三回目の調理実習が突然発生するかわからないのよ。私たちの敵は、小石川――じゃなかった、戸高祐子先生よ!」
熱弁をふるう好美に、唖然とした様子で実希子がツッコみを入れる。
「いつ……先生が敵になったんだよ……」
*
戸高祐子の話題になったところで、好美は声を荒げた。
好美の部屋で開催されているのは、葉月ちゃん対策会議なのだが、そのことはどうでもいいとばかりに全員に語りかける。
「だって、おかしいでしょう。葉月ちゃんが包丁を持ちそうになると、あの女狐――もとい、女教師はそそくさといなくなるのよ」
「そういや、今日の調理実習でも、うちの班にだけは近寄ってこなかったな。作った料理の味見も、少しだけだったし」
好美の意見にすぐ同調してくれたのは、相変わらず黒一点のままの和也だった。
和也がそう言うのならと、柚も賛成にまわる。実希子も概ね好美と似た感想を持ってはいたが、敵対心を公にしたりはしない。
「まあ、確かにあまり近寄りたくはないからな……」
ポツリと呟く実希子。
実際は好美も同意見なのだが、担任教師なのに、ひとりだけ逃げた祐子が許せないのだ。
「というわけで、戸高先生への報復活動についての会議を――」
「始めなくていいっ! 好美は少し冷静になってくれ」
実希子からのツッコみで、仕方なしに好美は本来の議題に戻る。
すなわち、葉月の料理についてだ。
「まさか、永遠の秘密兵器にはしておけないでしょうしね」
言いながら柚がため息をつく。過去はどうあれ、今では葉月と仲の良い友人になっている。それでも看過できない点が存在する。
皆で一生懸命悩んでみるが、結論は出ない。
結局のところ、揃いも揃って葉月が好きなのだ。
そんな愛される少女が楽しみにしているのに、料理をするなとはとても言えない。好美たち全員が、葉月の悲しむ顔を見たくないと考えていた。
そのためには、やはり葉月の料理の腕を上達させるしかない。
誰かが呟いた意見に、全員がため息をつく。それが一番難しいとわかっているからだ。
気がつけば夜も遅くなりつつあり、今回も具体的な策がないまま解散になる。
その時だった。
好美の家に、葉月から電話が入った。
内容は、カレーを作ったので食べに来てほしいというものだ。
一緒に班を組んだ全員を招待したいと言っていたので、好美は自分が代わりに連絡すると告げた。その間に、葉月には料理の準備をしてほしいとも付け加えた。
まさか今ここに全員が揃っていて、葉月ちゃん対策会議をしていますなんて、本人にはとても言えなかった。
電話を切った好美は、待っててくれた全員に会話内容を教える。
「ふーん、いいんじゃないか」
「私も大丈夫よ」
実希子と柚が、葉月の誘いを受け入れる。
好美も特に予定がなかったので大丈夫だった。
最後のひとりとなる和也は、やたらと照れ臭そうにしながらも「俺も行く」と言った。
その様子を、少しだけ複雑そうな表情で柚が眺めていた。
時は放課後。
舞台は好美の自宅。
前回、前々回と変わらないように思えるが、会議に参加している面々の真剣度は桁違いだった。
今回も好美を議長として会議は進行されるが、メンバーの追加があった。
「これ、俺も参加しなきゃいけないのか?」
会議において唯一の男性。黒一点の仲町和也だ。本来なら参加メンバーではなかったのだが、日中の調理実習で同じ班になったため召集した。
同じ被害者となり、仲間意識でも芽生えたのか、実希子は好美の提案に反対しなかった。柚に至っては大賛成と言っていい状態だった。
「当たり前でしょう。今日の調理実習で葉月ちゃんが暴走したのは、九割方あなたのせいです」
「俺のせいかよ!」
抗議する和也の隣で、まるで奥さんみたいに柚が「少し言いすぎじゃないの」と彼を弁護する。
好美も言い過ぎなのは重々承知している。
けれど、お昼に遭遇した悪夢を払拭するには、誰かへの八つ当たりも必要だ。
「そのための生贄として、仲町和也君が選ばれました」
「八つ当たり要因かよ」
「ええ、そのとおりです」
「……考え事を口に出してました、とか言い訳くらいしようぜ……」
切なそうな顔をする和也に、好美はしれっと「無駄なことは嫌いなので」と言い放つ。
何故か実希子は好美の対応に拍手したりしているので、和也を呼ぶと聞かされた時点で、こうなるのを想定していたのかもしれない。
「もう、わかったよ。
それで、その……葉月ちゃん対策会議ってのは何をやるんだ」
「決まってるだろ。葉月への対策を練るんだよ」
自分の立ち位置の問題を棚へ置き、対策会議の趣旨を尋ねてきた和也に、実希子が何を今さらといった態度で説明する。
「まあ、確かにあの包丁の使い方は衝撃的だったけどな。今時、男子でもあんな豪快に振り下ろさないぞ」
「それを当たり前にできる葉月ちゃんだからこそ、私たちが対策を練る必要があるのよ」
好美は全員を見渡して、早速それぞれの意見を募集する。
真っ先に手を上げたのは、予想外にも和也だった。
「対策なら一番簡単なのがあるだろ。高木に包丁を持たせなきゃいいんだよ」
当たり前すぎる意見に周囲が沈黙する。
和也はそれを肯定と捉えたのだろうが、甘すぎる。
「その対策法なら、第一回目の会議でとっくに出たわよ。そして過去二回の調理実習では、いずれも失敗してるわ。そのうちの一回の原因を作ったのは――」
「わ、わかった。俺が悪かった。もっと真面目に考えるって」
「わかればいいのよ。いい、皆。二度あることは三度あると言うわ。いつ三回目の調理実習が突然発生するかわからないのよ。私たちの敵は、小石川――じゃなかった、戸高祐子先生よ!」
熱弁をふるう好美に、唖然とした様子で実希子がツッコみを入れる。
「いつ……先生が敵になったんだよ……」
*
戸高祐子の話題になったところで、好美は声を荒げた。
好美の部屋で開催されているのは、葉月ちゃん対策会議なのだが、そのことはどうでもいいとばかりに全員に語りかける。
「だって、おかしいでしょう。葉月ちゃんが包丁を持ちそうになると、あの女狐――もとい、女教師はそそくさといなくなるのよ」
「そういや、今日の調理実習でも、うちの班にだけは近寄ってこなかったな。作った料理の味見も、少しだけだったし」
好美の意見にすぐ同調してくれたのは、相変わらず黒一点のままの和也だった。
和也がそう言うのならと、柚も賛成にまわる。実希子も概ね好美と似た感想を持ってはいたが、敵対心を公にしたりはしない。
「まあ、確かにあまり近寄りたくはないからな……」
ポツリと呟く実希子。
実際は好美も同意見なのだが、担任教師なのに、ひとりだけ逃げた祐子が許せないのだ。
「というわけで、戸高先生への報復活動についての会議を――」
「始めなくていいっ! 好美は少し冷静になってくれ」
実希子からのツッコみで、仕方なしに好美は本来の議題に戻る。
すなわち、葉月の料理についてだ。
「まさか、永遠の秘密兵器にはしておけないでしょうしね」
言いながら柚がため息をつく。過去はどうあれ、今では葉月と仲の良い友人になっている。それでも看過できない点が存在する。
皆で一生懸命悩んでみるが、結論は出ない。
結局のところ、揃いも揃って葉月が好きなのだ。
そんな愛される少女が楽しみにしているのに、料理をするなとはとても言えない。好美たち全員が、葉月の悲しむ顔を見たくないと考えていた。
そのためには、やはり葉月の料理の腕を上達させるしかない。
誰かが呟いた意見に、全員がため息をつく。それが一番難しいとわかっているからだ。
気がつけば夜も遅くなりつつあり、今回も具体的な策がないまま解散になる。
その時だった。
好美の家に、葉月から電話が入った。
内容は、カレーを作ったので食べに来てほしいというものだ。
一緒に班を組んだ全員を招待したいと言っていたので、好美は自分が代わりに連絡すると告げた。その間に、葉月には料理の準備をしてほしいとも付け加えた。
まさか今ここに全員が揃っていて、葉月ちゃん対策会議をしていますなんて、本人にはとても言えなかった。
電話を切った好美は、待っててくれた全員に会話内容を教える。
「ふーん、いいんじゃないか」
「私も大丈夫よ」
実希子と柚が、葉月の誘いを受け入れる。
好美も特に予定がなかったので大丈夫だった。
最後のひとりとなる和也は、やたらと照れ臭そうにしながらも「俺も行く」と言った。
その様子を、少しだけ複雑そうな表情で柚が眺めていた。