第7話

文字数 1,883文字

「お、そのスニーカー、かっこいいじゃん」
 マサトは子どもを見かけたら、積極的に声かけするよう努めていた。落(らく)虫(むし)町(ちょう)では自分より年下の存在はめずらしく、また貴重でもある。残念ながら同世代には出会えていないが、ぜいたくは言っていられない。こうして砕けた口調で話すこと自体、マサトにとって息抜きにもなる。
 中学生くらいの坊主頭の男の子は、自分の足元をちらりと見やっただけでなにも返事をしない。よくある白いスニーカーだが、丈夫そうな造りは遊びざかりの少年の足を守ってくれそうだ。
「どこで買ったの? 俺も欲しいな」
 マサトの革靴はだいぶくたびれていた。本当はスニーカーやサンダルでラフに歩きまわりたいが、それをやるとだいぶ目上の人々にとがめられそうなので止めた。以前、挨拶まわりに行ったときも、たまたまシャツでなくポロシャツを着ていただけで、ずいぶんと嫌味を言われたのだ。
 この町に順応していくためには、ひたすら真面目に、それもやや堅苦しいレベルで立ちむかわなければならない。マサトはそう肝に銘じた。
 だが、自分より一回り以上も下の子のまえで取り繕う必要はさすがにないだろう。「教えてくれよー」と気楽に話しかける。
「カワノシューズ店だよ」
 ぽつりとこぼした答えをマサトは「ああ、県道沿いの?」としっかり拾う。聞きかえすと二度と答えてくれないひねくれモードもあるのが思春期だ。マサト自身、身に覚えがある。
「そう」
「あそこでっかいよな。作業靴もあるし、傘やヘルメットなんかも売ってるもんなあ」
「あそこしかないから」
 自虐でも謙遜でもなく、男の子はそっけなく応じた。マサトも重々承知している。やたらと敷地が広いのは、土地がありあまっているから。専門外のものも取りあつかっているのは、ほかに店がないから。
 それは靴だけにかぎらない。スーパーには衣料品も売っていて、ファミレスがあれば大抵のものは食べられる。大きな店舗一つですべてをまかなう。地方ではよく見かける光景だ。それにしても落虫町の選択肢の少なさには驚かされたものだが。
「俺も買いにいこうかなー。ほらこれ、かなり傷んでるだろ」
 マサトは笑ってみせたが、男の子は頑なな姿勢を崩さない。ああ、警戒されてるな、と悟りつつも、距離を詰めたくてマサトは必死になった。
「俺、マサト。名前教えてくれよ」
「……マナブ」
「いい名前だな」
 上っ面だけの会話になってしまう。どうすれば心を開いてくれるのか。マサトは自分の引きだしを探りつづける。が、マナブは不機嫌そうな表情を見せて、
「わざわざ行かなくても」
「ん?」
「都会で買えばいいじゃん。あんた、大人なんだから」
 と、トゲのある口調に切りかえた。マサトを敵と見なしたような鋭い目つきを見せる。といっても、まだあどけなさの残る顔立ちだ。相手を威嚇できるような凄みは備わっていない。
「こんな町、僕……俺だってさっさと出ていきたい」
 わざわざ一人称を俺と言いかえるところもいじらしい。ただ、切実な思いはにじみでている。小中学校は統合されており、一校しかない。それも両手で数えられるほどの人数だ。恐らくマナブは最年長だろう。普段はちびっ子の世話をさせられているだろうし、対等な遊び相手はいない。フラストレーションが溜まるのは仕方のないことだ。マサトには十分理解できる。だが立場上、この町を否定するようなことは言えない。
「落虫町もいいところじゃないか。自然豊かで、でっかい森もある」
「森なんてもう誰も行かないよ」
「行ったことあるの?」
「昔だよ。大昔。まだ子どもだったころだよ」
 今だって十分子どもなのだが。精いっぱいの背伸びが痛いほど伝わってくる。
「また行ったら面白いかもしれないぞ」
「面白くないよ……あんなとこ、虫がいっぱいいるだけだし」
 虫捕りをするほど幼くはないか。マサトは自身が中学生だったころを思いかえす。だが、環境の違いは遊び方にも大きく影響してくる。マサトの周囲に自然の遊び場はなく、ひたすら自宅でゲーム三昧の記憶しか出てこない。そのくせ自然はすばらしいなどとのたまうのは、なんと無責任な物言いだろう。
 マサトの逡巡を読みとったのか、マナブは容赦なく隙を突いてくる。
「そんな高そうな革靴、カワノシューズには売ってない」
 その言葉は直球でマサトの心をえぐった。マナブは坊主頭をかきむしり、走りさっていく。力強く荒々しい走りだった。あんなふうにがむしゃらに走った記憶も、マサトには思いだせそうになかった。
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