不思議な慰労会

文字数 1,775文字

市役所から,解雇のような形で退職した私だったから,当然送別会や,慰労会はなかった。

これを見るに見かねた夫が奏に「唐の慰労会をしよう!」と呼びかけてくれたのだった。

歌子については,私の希望を聞いて,呼ばないことにした。微妙な関係になっていたから,一緒にいても,辛い思いをするだけだし,歌子だって,私にはもう会いたくないだろうと思っていたからだった。

ところが,慰労会を予定していた日になると,奏から,「歌子も来るよ。」と連絡が来たのだった。私や夫は呼ばなくても,奏が歌子を呼ぶ可能性があるのは,予想していたので,この展開になっても,少しも驚かなかった。「やっぱりか。」とすんなりと受け止めた。

町で宴会をする時に人気のお店を予約し,行ったのだが,私は,妊娠中だったので,お酒を飲んではいけないし、他の三人も私に合わせて,アルコール飲料を頼まないことにした。

少しだけ料理を頼み,みんなで飲み食いをしたが,以前のような盛り上がりはなかった。

私と歌子との間の空気は,少し冷たくなっていたので,ほとんど会話しなかった。奏は,これを察したのか,会話を盛り上げようとしてくれた。
「赤ちゃんが生まれるまで,まだ時間はあるし,仕事にはもう行かなくていいので,少し時間が出来るね?何をするつもり?」
と訊かれた。

将来,福祉の仕事に就きたいと思っているから,福祉制度の勉強をしようと思っていると答えると,歌子がすぐに割り込んだ。
「福祉!?中国語をやればいいのに…中国語とか,日本語とか…とりあえず,語学をやった方がいいと思うわ。」

私は,歌子にそうして自分の志を否定されて,やっぱりこの人とは,もう縁がないと思った。今日の慰労会が終われば,もう二度と会うこともないだろうと。

歌子は,いつもそのことを言うのだった。外国人は,日本に住むなら,日本人に外国語を教える仕事に就くべきだと。それ以外の仕事をやろうとするのは,我儘だと。私は,外国人だというだけで,外国語講師以外の職業選択肢を全部奪われる歌子の考え方は,酷いと思った。

外国人も,日本人と同じように,様々な関心があり,いろんな夢もある。歌子が中国語をネイティブのように話せるようになりたいという夢があると同じように,私にだって,夢があるのだ。それなのに,私は日本に住む外国人だから,その夢を実現しようとしたら悪いの?我儘なの?

やっぱり,歌子は,最初から私を一人の人間として,個人として見ていない。自分と同じ人間だと思っていない。「外国人」というモノとして,見ている。

これは,前から歌子の言動で感じていたことで,私を深く傷つけ,悩ませたことでもある。でも,この時には,もう通り越していた。

そういうことを言う人は,偏見や先入観に基づいた考え方を押し付けるような人は,私のことを大切に思っている訳がない。例え,自覚はなくても,付き合って,ろくなことがあるとは思えない。傷つくだけだ。

私は,歌子とは,もう付き合うつもりは毛頭なかった。話も,何を言っても,言葉を尽くしても,分かり合えないのだから,とても向き合って,自分の思っていることを話してみる気にはなれなかった。だから,歌子の発言をスルーした。

「また頼む?」
頼んだ料理がなくなると,奏が訊いた。

「いや,もう十分。」
私が言った。お腹が大きくなって,少しでも食べるとすぐに膨れるようになっていた。結果的に,かなり少食になっていた。そして,いろんな意味で,もう十分だった。十分を通り越して,たくさんだった。

「もう十分だね。」
歌子も,賛成した。

帰り際に,歌子が私に黄ばんで,古びた本を差し出して来た。レシピがたくさん載っているオーストラリアの友人からもらった本だと言った。
「ちょっと時間が出来るでしょう?だから,料理できるかなと思って…オーストラリアでは,こう言う本を代々母親から娘へと譲って行くんだって。そして,うちの娘たちは,英語を読んで,料理を作るようなことはしないから…。どうぞ。」

私も、携帯でなんでも検索すれば,瞬時に出てくる時代になっているのに,わざわざ,古い本でレシピを調べ,よくわからない英語を読み,作ってみるような人ではない。この人は,やっぱり私のことを何も知らないと思った。でも,プレゼントだから,受け取らないわけには行かないし,仕方なく,「ありがとう。」と受け取った。
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