初めての海外出張

文字数 1,056文字

市の訪問団は,副町長と,安田さんという町の議員と,白藤さんと,私だった。一般市民も三名参加した。

仕事内容は,ほとんど予想していた通りのものだった。唯一困ったのは,毎晩の夕食後にまた訪問団のみんなで集まり,飲み会をすることが当たり前になっていることだけだった。

私は,まだ若くて,お酒をどのくらい飲めるか,まだ試したことがなかった。それなのに,次々と注がれるし、注いでもらったら,ある程度飲まないと失礼に当たるから,仕方なく飲んだ。

しかし,一番困ったのは,お酒の付き合いではなく,会話の内容だった。町長の悪口ばかりだった。毎晩,「じゃ,明日も上野町長のこき下ろし会の続きをしよう!」と挨拶をしてから,寝るのだった。

私は,町長の悪口には興味が全くなく,品のない時間の過ごし方には,付き合いたくないと思った。しかし,同じ部屋で過ごすのは,どうしても避けられないことだったので,黙って,お酒を少しずつ飲み,付き合っているふりをすることにした。会話には,全く参加しなかった。

一番印象に残っている会話は,町長に関するものではなく,町の議員に関する話である。

安田さんがいきなり言ったのだ。
「今,初めて話すけど,僕は,家内が臨終の時に,初めての選挙と重なり,ストレスが酷くて,少し遊んだんだ。」

これを聞いて,みんなは,シーンと静かになった。

すると,趣味の悪い白藤さんが口を開いた。「浮気をしたということですか?」

安田さんは,すぐに頷いて,白藤さんの疑問を肯定した。

この話がしばらく続いてから,安田さんが違う話題を持ち出した。
「こんな立派なホテルに泊まったことを内緒にしないといけない。問題になるから。」

市の職員だけが高級ホテルに宿泊していた。一般市民の参加者は,別の安いホテルだった。

「特に,井上さんにバレたら,だめだ。あの人があまり好きじゃないんだ。色々言うから。」

中国に来ても,歌子の話か…。少し呆れた。

安田さんが私の方を不安そうに見た。「この子は,よく一緒にいるけど…。」

安田さんがそう言うと,白藤さんは,言った。
「でも,大丈夫!」

白藤さんの「大丈夫。」がどう言う意味か,少し気になった。悪口を言っていたことを告げ口しないよね?と言う意味?

それは,もちろんわざわざ言わないけれど,この人たちの仲間ではない。仲間になりたいとも思わない。品が悪すぎる。そう思った。

数年後,安田さんは,横領で逮捕され,起訴される運びになった。そのニュースを聞いた時に,衝撃を受けると同時に,中国で出た浮気の話を思い出し,身から出た錆だと納得した。
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