懐妊と退職

文字数 1,182文字

あれから,学校訪問を続けたものの,二度と安心して過ごすことはなかった。授業だけをして,子供と一緒に遊んだり絵本を読んだりしなくなったし,先生たちとの付き合いも必要最低限に控えた。

「みんな」は,みんなじゃない。そんなことは,言われなくてもわかっていた。しかし,誰も言っていなかったら,「みんな」とは,言わない。そして誰が言ったか,わからない。ずっと気さくで優しいと思っていた先生たちの笑顔の裏に何があるのだろうと常に様子を伺い,疑うようになっていた。

歌子とも,また付き合うようになったものの,彼女の私に対する気持ちがよくわからないから安心して付き合えないし,話そうとしても,過去のことを話すのは時間を費やすと言い逃れてばかりで,すぐに諦めた。微妙な距離感で,付き合うようになった。

歌子は,前と変わらず,私をよくランチに誘ってくれたから,付き合って,話したりもしたが,付き合いの濃さは,前とは,全く違っていた。壁ができたような,互いに口に出せないわだかまりができたような感じだった。

しかし,歌子のことが嫌いになった訳ではなかった。好きなままだった。歌子が「気遣いを通り越して,無理して付き合っている。」などの発言を撤回してくれたら,私は,すぐに許し,また母親のように慕い出したに違いない。でも,過去の話はしない主義だから,撤回するようなことは,なかった。歌子のことだから,そう言ったこと自体も,覚えていなかったのかもしれない。

歌子がどんなに普通に話してくれても,ランチに誘ったりしても,その一言が私の心に突き刺さったままだった。あとは忘れても,それだけは,忘れられなかった。

そこへ,私は,子供を授かっていることがわかり,かつてないレベルの財政難に直面していた市役所に,町の事業の中で優先順位の低い私の配置を休止すると告げられ,退職が決まった。

歌子と奏は,ちょうど喧嘩中で,口を聞いていない時期だったから,気まずい雰囲気の中,妊娠したことを話す羽目になった。二人とも,喜んでくれた。特に,奏は,嬉しそうだった。

歌子とは,あと少しの辛抱だと言う気持ちで,退職日まで,適当に付き合った。ハグするようなこともほとんどなく,激しいやり取りをすることもなかった。付かず離れずの付き合いになった。

そして,退職日にいつも通り家の玄関まで送ってもらい,「色々とありがとう。」と言われ,「こちらこそ。」と言って,別れた。あれだけ付き合って,あれだけいろんな時間を共有したと言うのに,別れの挨拶がそれだけだと言うのは,あっさりしすぎていて,冷たく感じた。

でも,もうこれでお仕舞いだ。「役に立つ人としか付き合わない」,あなたとは,「気遣いを通り越して無理して付き合っている」と言った相手だから,私が仕事を辞めてしまえば,もう接点はないだろう。そう割り切ろうとした。

ところが,そうではなかった。
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