田舎のバスは後払いオッケー

文字数 1,235文字

角膜炎が治って,学校訪問は再開した。町中からバスで四十分ほど離れた場所を訪問する時のことだった。

バスは,降りる時に,運賃箱に運賃を入れるシステムになっていて,釣りは出ないから,事前に両替をする必要がある。しかし,車内の両替機は,千円札,五百円玉,百円玉しか使えない。つまり,五千円札や一万円札は,乗車前に両替をする必要がある。

私は,その日,学校訪問が久しぶり過ぎて,この点への注意を怠ってしまったのだ。バスへ乗り,目的地が近付いて初めて,自分の財布の中身を確認した。なんと,財布の中身は,一万円札一枚だけだった。えらいこっちゃ!

はらはらしながら,降りる時に,運転手に言ってみた。
「あの…一万円札しか持っていませんが…。」

すると,運転手は,少しも間を置かずに,即答した。怒られる覚悟で言ったのに,運転手は,少しも苛立っていない様子だった。
「それなら,帰りに,二回分払ってくれたらいいよ。」

運転手の返答に驚いた。田舎ならではの対応だと思った。私が帰りもこのバスに乗り,運賃を言われた通り,二回分払ってくれると信じているのだ。私がもしかして,バスではない交通手段で帰る可能性があることも,二回分払うように言われていても,一回分しか払わずに降りる可能性があることも,想定していないのだ。いわゆる,性善説という考え方に基づいた対応なのだが,都会では絶対に通用しないものだ。

しかし,この時のこの立場の私にとっては,非常に有難い返答だった。田舎でよかったと思った。

「わかりました。」
と言ってから,バスを降り,久しぶりに学校の中へ入った。

すると,すぐに大好きなテンションの高い先生に迎えられた。この先生は,大阪人ではないのに,いつも大阪の人の雰囲気を漂わせていた。
「大丈夫だった!?心配していたよ!一人で怖いだろうに,よく頑張ったね!無事でよかった!本当に,よかったね!」
と言われ,いきなりギュッと抱きしめられた。

どうやら,目の病気のことを聞いている様子だった。そのせいで,長いこと学校訪問の業務を休ませてもらっていたから,学校の方に何らかの説明が伝えられていなければ,逆におかしい。

私は,この先生が心配してくれていたことを嬉しく思いながら,尋ねてみた。
「先生,一万円くずせますか?」

帰りに二回分払えばいいと言ってもらっても,バスへ乗る前に一万円札をくずさないと,帰りも,支払いが出来ない。ところが,学校の周りには,お金が使えるような場所はない。ど田舎で,畑や田んぼに囲まれているようなところだった。なら,学校で一万円札をくずしてもらうしかないのた。

先生が笑い出した。
「バスの釣りがない?」

事情を話すと,先生は目を丸くした。
「すごい!よく,その対応が出来たね!私には,出来ないわ!多分,くずせると思うわ。ちょっと待っていてね。」

無事に,一万円札をくずしてもらい,帰りのバスで運賃を二回分払い,一件落着で終わった。

こういう時に,田舎の「助け合い」が活きるのだと,この機会に学んだのだった。
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