第21話

文字数 1,200文字

「うわああああああ!」
「ふわはははははは!」
 梶木は悲鳴を上げ、八木は爆笑した。普段は開放していない屋上に二人はいた。台風に翻弄されながらも両脇に抱えた【ハイパーロングポール】を、暴風に乗せて街に向かってばらまいたところだ。物干し竿とは思えぬほどの軽量で、翼でも生えているのかと錯覚するほど宙に舞い、自由に泳いでいく。
 久知良の声を届けるべく【ハイパーロングポール】を街中に突きたてる。そんな突拍子もない発案をしたのは梶木だが、土壇場で怖気づいたのもまた梶木だった。宿直室で眠っていた八木をたたき起こし事情を説明したまではいい。大量の【ハイパーロングポール】の在庫を確認できたのもいい。
 しかし、いざばらまくという段になって、いや、これ普通に犯罪じゃないか、と梶木は己の行動に恐れおののいた。尻込みする梶木をよそに、八木は謎のハイテンションに陥っており「久知良さん、おやすみなさーーーい!」と叫びながら、第一陣をためらわず投げた。唖然とする梶木だったが、八木の勢いに後押しされて、びびりながらも一本ずつちまちまと投げた。八木はヒートアップして、一気に数本を全力で遠投する。
 そして八木はとうとう笑いだしていた。ずぶ濡れの狂気的な笑顔に、梶木はこっそり距離をおいた。穏やかな印象を抱いていたが、実はかなり激しい気性の持ち主のようだ。
 街は闇に包まれて【ハイパーロングポール】の行方はわからない。しかし、五百本近くが街中の至るところに突きささっているはずだ。梶木はその様子を想像する。まるで墓標のようだった。果たして届いているのだろうか。果たして久知良の声は報われるのだろうか。
 部外者である梶木はそんなふうに思いをはせていたのだが、関係者であるはずの八木は手持ちの【ハイパーロングポール】を投げおえると子どものように「終わっちゃったなあ」とぼやいた。その横顔は憑き物が取れたかのように晴れやかだった。
「梶木さーん」
 八木は声を張った。雨風の音は静まることなく、ずっとうなりつづけている。大声でしゃべらないと、至近距離でもお互いの声は容易にかき消された。
「はい?」
 梶木もまた大声で返す。すると「ありがとうございます!」と怒鳴られた。
「とっても面白かった! 楽しかったです!」
 どんな感想だよ、とツッコみたかったが、八木はすがすがしく笑っていた。そんなに無邪気な笑顔を見せられては「それはよかったです!」と返すしかない。もはや半ばやけくそだった。
「また聴かせてくださいね!」
「なにをです?」
 梶木が尋ねると、八木はにかっと歯ぐきを見せた。雨脚が強まって、目を開けるのがやっとだ。
「レインスティックに決まってるじゃないですか!」
 八木の目は真っ赤だった。ぎゅいんぎゅいん、と厳しくこの世の終わりのように降りつける雨音は、梶木のレインスティックでは奏でられそうになかった。
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