第11話

文字数 1,715文字

『ではお便りいきましょう。ラジオネーム……レインメーカーさんです。ありがとうございます』
 ラジオネームを確認して、八木はほっとした。【台風のまぶた】でもないし【台風の目】でもない。進化して襲来してきたらどうしようか、と八木はやきもきしていたのだ。まあ【レインメーカー】というのもどうかと思うが。猫山がなにかするたびに、周囲の懸念材料は増えていく。彼女こそが台風の目なのかもしれない。
 ひとまずあれから電話は鳴らない。【パワフルパワーストーン】を求めていた老婆が、
『だんだんね~雨も風も強くなってきたけどね~あなた、大丈夫?』
 と、わざわざ心配の電話を寄越してきたくらいだ。いつもは厄介な問いあわせを持ちこんでくる人々も、非常時に際しては唐突に謎の優しさを発揮することがある。
 いくら言いたいことがあっても、実際に視聴者センターへ電話をしてくる人間というのは限られてくる。なにかアクションを起こすのは、意外と面倒くさいしハードルが高い。それを乗りこえて何度も問いあわせてくるということは、相当癖のある人間であるし、相当うちの放送を見聞きしてくれているということだ。その愛情というか執念に、八木はある意味で感服していたし感謝してもいた。
 老婆は台風の心配から、突如過去の恋物語を好き勝手に話しだし(相当美談であった)、八木がなにか質問してみようかと思った瞬間『もう夕飯なの』と一方的に打ちきった。彼女には敵わない、と八木は改めて思った。
『初めてお便りします。まず、先ほどのレインスティック奏者の方はすばらしかったです。心地いい素敵な音色に癒されました。もっともっとレインスティックが世間に浸透していけばいいなと思います。レインスティックは最高の楽器です。唯一無二の楽器です……えー、ところで雨風強くなっておりますが、先ほど自宅に帰るとなんと天井に物干し竿が突き刺さっていました! 恐ろしく長い物干し竿です! よくよく見ますと【ハイパーロングポール】と刻印がありまして、そちらの放送局のお名前も記されてました…………んん、えー、きっと近くから飛んできたと思うのですが、この物干し竿がアンテナとなり、時折不思議な電波を受信するようになりました。恐らく個人で発信しているものなのだと思います。こんなことがあるのかと驚いております。正直、とても興味深い出来事ですので、誰かと共有したくなりFAXさせていただきました。自宅にはFAXがないので近所のスーパーで借り、送信しています。本来そんなサービスはないようなのですが、アルバイトらしき若者が快く貸してくれました。暴風雨でずぶ濡れですが、いろいろと面白いことが起こるなと思っている次第です。レインスティックも面白いです……レインスティックはまだまだ可能性を秘めた、未知なる楽器です…………』
 なんという取りとめのないメッセージ!
 八木は一人、天を仰いだ。恐らくリスナー全員がそう思っていることだろう。猫山のハイセンスぶりに振りおとされそうだ。読みきった冠野に拍手を送りたい。
 これはもう完全に梶木さんだよなあ。
 異常なまでにレインスティックを推してくる。隙あらばレインスティックをアピールする。本文と関係ないのにレインスティックを主張する。そんな人間は梶木だけだろう。自作自演感がすごい。
 が、レインスティック以外の件は本当なのだろうか。八木はパソコンで検索をかける。すると【衣服が百枚干せる! ハイパーロングポール】がヒットする。百枚は誇張も甚だしいが、間違いなくラジオで紹介している商品だ。CMも流れているはず。
 謎の電波受信うんぬんの話はともかく【ハイパーロングポール】が梶木の家に突き刺さったとするならば、また台風のまぶたからクレームが来ることは間違いない。そんな危険なものを取りあつかうなんてありえないでしょ、と。
 八木は来るべき対戦に備えて身構えたが、電話はすまし顔で沈黙をつらぬくのだった。来なければ来ないに越したことはないのだが、どことなく肩透かしを食らった気分になる。八木はしばらく無言の電話とにらめっこをしてから、コーヒーを淹れようと席を立った。
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