大崎リエという女

文字数 1,668文字

「ほら、すごく良い眺めでしょう?」
 高級リゾートマンション「ネニュファールⅡ」の最上階の部屋で海を眺めながら大崎リエは言った。

 風に揺れる白いレースカーテンの向こう側。
 広いバルコニーの手すりに背中を預けてこちらを見る。ゴージャスな髪が陽の光できらきらと輝く。上品な花柄のフレアワンピース。どこのブランドか知らないが高そうな服だ。
 細くてしなやかな脚に赤のパンプス。白い肌と艶っぽいピンクの唇。
 年は36歳。
 見た目は32,3と言う所だ。
 2年前に離婚した。子供はいない。
 大崎地所の社長の娘。そして副社長。
 まるで女優みたいな女だと思った。
 自分を演出する事に長けている。贅沢三昧で育った女。贅沢の味しか知らない。
 リエはにっこりと微笑んで私を見る。そして私の右隣に立っている自分の秘書に流し目を送る。
 何とまあ、色っぽい事。フェロモンの匂いがここにまで漂って来そうだ。
 カメラマンの小田が意味も無く噎せる。
 瞬きをひとつ。ばさりと睫毛の音が聞こえそうだ。
 秘書が微笑みを返す。

「お部屋も素晴らしいけれど、何と言ってもこの眺めが素晴らしいですね」
 私も負けじと最上の笑みを返した。

 ヘルメットを被ったままの秘書は私を見る。私より頭一つ分背が高い。
「峰さん。如何ですか? この美しいオーシャンビューを誇るネニュファールⅡにぴったりのコピーは思い付きそうですか?」
 そう言って微笑む。
 同じくヘルメットを被ったままの私は冷静を装って頷く。
「そうですね。是非、ここの美しさとゴージャスさをアピールする素敵なWEBページを作成したいと思っております」
「パンフレットの方は御社の方で了承が頂けましたら早速印刷と製本に掛からせて頂きます」
 私は続ける。
 秘書はにこやかに頷く。
 その爽やかな笑顔に思わず見惚れる。今更ながら。

「コホン」
 大崎リエが咳ばらいをした。
「それにここなら街が近くて利便性もいいですしね」
 私は慌てて視線を逸らせて言った。
「それってお客様の幅が広がりますね。若年層のお客様にも需要が広がりそうです。上層階はセレブ用ですけれど、下層階は割とリーズナブルだと聞いております。まあ、リーズナブルと言っても桁が違うのでしょうけれども」
 私は書類に目を落としたまま続ける。
「完成は年末ですね」
「そうです。ところで、山中湖にあるネニュファールⅠはお陰様で完売いたしました。蒼井工芸さんのお陰ですよ」
 秘書がそう言った。
「まあ、そうなんですか? それはおめでとうございます。凄いですね。……でも、そう言ってくださってとても嬉しいです。有難う御座います。みんなで無い知恵を絞って頑張った甲斐があります。少しでも御社のお力になる事が出来まして本当に嬉しい限りです」
 私は白々しくそんな言葉を言って頭を下げた。

「あんな、目の玉が飛び出る程高いリゾートマンションを買う人がいるんですねえ」
 カメラマンの小田が私達の会話を聞いてぼそりと言った。
「それにあそこ、ちょっと不便じゃないですか」
「休暇を静かに過ごしたいセレブにはそこが魅力なのよ。きっと」
 私は答えた。
「ふうん……」

 小田はバルコニーのリエにカメラを向ける。
「しかし、いいなあ……。副社長。副社長がそのままCMに出演されるといいんじゃないですか? ピッタリですよ。上品で美しくて。ネニュファールシリーズのイメージそのものじゃ無いすか。ネニュファールってフランス語で「睡蓮」の意味でしょう? いやあ、本当にぴったりだなあ。副社長、写真、撮ってもいいですか?」
「ふふふ。駄目よ」
 大崎リエはそう言って、少し考える。
「ねえ、あなた、じゃあ、私のスマホで撮って頂ける?」
「はい?」
「山田。私のスマホ。バックの中にあるから」
「はい」
 秘書はさっさと歩いてリエのバックの中からスマホを出す。それをリエに届けるとリエはロックを解除して秘書に戻す。
「私が撮りますよ」
 秘書は言う。
「あら、山田は私と一緒にここへ」
 秘書はちらりと私を見る。
 私はにっこりと微笑む。
「きっといい絵が撮れますよ」
 そう答えた。
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