椅子取りゲーム 3
文字数 1,660文字
一周目が終わった。
「次だな」
若い男がぼそりと言った。
私はドキリとする。
石、石と石を探す。
ああ、あんなに遠い。こうなったらあの革張りソファをダメ元で狙ってやるか!
たりらりらーん♪
たったらたったらたりらりらーん♬
ふっと音楽が途絶えた。
「うわあああ!!」
誰もが雄叫びを上げながら椅子に殺到する。私の一番近くにあるのは学校で使ったあの生徒用の椅子だ。私はそれを目指した。夢中で走った。
だん!とどこかの太った女に突き飛ばされた。女は「これは私のものよ」と言って椅子にしがみ付いていた。死んでも離れない(もう死んでいるのだが)覚悟だ。
女の肉で椅子が覆われてしまった。
あちこちで椅子の取り合いバトルが派生している。悲鳴と罵声が飛び交う。
羽の付いた椅子は3人の女が取り合っている。髪を引っ張り合って壮絶なバトルだ。私は足が竦んだ。異次元の凄まじさだ。
ああ!「石」が空いている。
私は「石」を目掛けて走った。
と、向こうから石に突進して来るオヤジがいる。
オヤジは誰かと張り合って負けたらしい。鬼の様な形相だ。
オヤジよりも私の方が一歩早かった。私は石にしがみ付いた。
そんな私を卑怯にもオヤジはくすぐり始めた。
「何すんのよ!変態! チカン!」私は叫んだ。叫びながらけらけらと笑った。笑いながら怒り、怒りながら笑った。笑い過ぎて涙が出て来た。く、くすぐったい! やめてくれー!
オヤジは必死である。オヤジのその顔を見て思わずひとつの名前が浮んだ。
「飯田部長!」
オヤジは一瞬「はっ」とした顔をしたが、唖然とする私を突き飛ばすと椅子に座った。
私は尻もちを付いたまま、茫然とオヤジを見た。彼は顔を前に向けたまま、私を見ようとしない。
「飯田部長」
私はもう一度声を掛けた。
オヤジはピクリとしたが、視線は頑固に前を向いたままだ。
私は辺りを見渡した。誰も彼もが椅子に座っている。
そして椅子(石)から転げ落ちた私を見ている。
パイプ椅子に座っているのは、私の隣にいた青年だ。そしてその隣の白い羽付き椅子(ロココ調)に座っているのは、どこかで見た……巻き毛の女だ。巻き毛は鴉の巣みたいにぐちゃぐちゃになっている。女は私を見てほほほと笑った。ソファに座っているのはめちゃくちゃガタイのいい男だし、ピアノの椅子に座っているのは子供だった。
「せーっちん」
誰かがぼそりと言った。
私はびくりとして声のする方を見る。
「せーっちん」
声は繰り返す。
「せーっちん」
声が増えた。
「せーっちん」
もっと増える。
「せーっちん」
手拍子が起きた。
「せーっちん」
大合唱になる。みんな手拍子をして足を踏み鳴らした。
「せーっちん」
「せーっちん」
「せーっちん」
私は泣きそうになりながら周囲を見渡した。一人一人の顔を見る。
その目が鉄の椅子に座った男の所で止まった。鉄の玉座に座っているのは……あの剣で出来た趣味の悪い椅子に、さっき、私の前でこちらを見ていた背の高いイケメン男、気の毒そうな目で私を見ている。あの男は……。
嵐の様なせっちんコールの中、私は食い入る様に鉄の玉座の男を見る。
男も私を見詰める。
男ははっとした様に立ち上がった。
「何を突っ立ているの? 座りなさいよ、あ、ほら、せーっちん♬、はい、せーっちん♪」
羽の付いた椅子に座った女が手拍子をして言う。
「真司さん……」
私は呟いた。
「沙月……」
男は言った。
「沙月!」
男が走り寄る。
「真司さん!!」
私も立ち上がって走り寄った。
男が手を伸ばした。
が、その手を握る前にがくんと体が揺れて、私はぽっかりと開いた穴に転落した。
穴は突然目の前に現れたのだ。
「きゃあー!!」
どこまでも深い穴に落ちる。
「真司さん!!」
「沙月!」
「沙月―!」
彼の声が遠くなって行く。私は底知れぬ暗い穴の中をどこまでも落ちて行った。
「座った椅子のイメージがそのまま人生とは限らん」
遠くからミケツカミの声が聞こえて来た。そんな今更な話、何で、今頃言うんだよと思いながら私は暗い穴を落ち続けた。
「次だな」
若い男がぼそりと言った。
私はドキリとする。
石、石と石を探す。
ああ、あんなに遠い。こうなったらあの革張りソファをダメ元で狙ってやるか!
たりらりらーん♪
たったらたったらたりらりらーん♬
ふっと音楽が途絶えた。
「うわあああ!!」
誰もが雄叫びを上げながら椅子に殺到する。私の一番近くにあるのは学校で使ったあの生徒用の椅子だ。私はそれを目指した。夢中で走った。
だん!とどこかの太った女に突き飛ばされた。女は「これは私のものよ」と言って椅子にしがみ付いていた。死んでも離れない(もう死んでいるのだが)覚悟だ。
女の肉で椅子が覆われてしまった。
あちこちで椅子の取り合いバトルが派生している。悲鳴と罵声が飛び交う。
羽の付いた椅子は3人の女が取り合っている。髪を引っ張り合って壮絶なバトルだ。私は足が竦んだ。異次元の凄まじさだ。
ああ!「石」が空いている。
私は「石」を目掛けて走った。
と、向こうから石に突進して来るオヤジがいる。
オヤジは誰かと張り合って負けたらしい。鬼の様な形相だ。
オヤジよりも私の方が一歩早かった。私は石にしがみ付いた。
そんな私を卑怯にもオヤジはくすぐり始めた。
「何すんのよ!変態! チカン!」私は叫んだ。叫びながらけらけらと笑った。笑いながら怒り、怒りながら笑った。笑い過ぎて涙が出て来た。く、くすぐったい! やめてくれー!
オヤジは必死である。オヤジのその顔を見て思わずひとつの名前が浮んだ。
「飯田部長!」
オヤジは一瞬「はっ」とした顔をしたが、唖然とする私を突き飛ばすと椅子に座った。
私は尻もちを付いたまま、茫然とオヤジを見た。彼は顔を前に向けたまま、私を見ようとしない。
「飯田部長」
私はもう一度声を掛けた。
オヤジはピクリとしたが、視線は頑固に前を向いたままだ。
私は辺りを見渡した。誰も彼もが椅子に座っている。
そして椅子(石)から転げ落ちた私を見ている。
パイプ椅子に座っているのは、私の隣にいた青年だ。そしてその隣の白い羽付き椅子(ロココ調)に座っているのは、どこかで見た……巻き毛の女だ。巻き毛は鴉の巣みたいにぐちゃぐちゃになっている。女は私を見てほほほと笑った。ソファに座っているのはめちゃくちゃガタイのいい男だし、ピアノの椅子に座っているのは子供だった。
「せーっちん」
誰かがぼそりと言った。
私はびくりとして声のする方を見る。
「せーっちん」
声は繰り返す。
「せーっちん」
声が増えた。
「せーっちん」
もっと増える。
「せーっちん」
手拍子が起きた。
「せーっちん」
大合唱になる。みんな手拍子をして足を踏み鳴らした。
「せーっちん」
「せーっちん」
「せーっちん」
私は泣きそうになりながら周囲を見渡した。一人一人の顔を見る。
その目が鉄の椅子に座った男の所で止まった。鉄の玉座に座っているのは……あの剣で出来た趣味の悪い椅子に、さっき、私の前でこちらを見ていた背の高いイケメン男、気の毒そうな目で私を見ている。あの男は……。
嵐の様なせっちんコールの中、私は食い入る様に鉄の玉座の男を見る。
男も私を見詰める。
男ははっとした様に立ち上がった。
「何を突っ立ているの? 座りなさいよ、あ、ほら、せーっちん♬、はい、せーっちん♪」
羽の付いた椅子に座った女が手拍子をして言う。
「真司さん……」
私は呟いた。
「沙月……」
男は言った。
「沙月!」
男が走り寄る。
「真司さん!!」
私も立ち上がって走り寄った。
男が手を伸ばした。
が、その手を握る前にがくんと体が揺れて、私はぽっかりと開いた穴に転落した。
穴は突然目の前に現れたのだ。
「きゃあー!!」
どこまでも深い穴に落ちる。
「真司さん!!」
「沙月!」
「沙月―!」
彼の声が遠くなって行く。私は底知れぬ暗い穴の中をどこまでも落ちて行った。
「座った椅子のイメージがそのまま人生とは限らん」
遠くからミケツカミの声が聞こえて来た。そんな今更な話、何で、今頃言うんだよと思いながら私は暗い穴を落ち続けた。