第7話

文字数 3,545文字

新規就農者は荒野に立ち尽くす

 あれだけ夢見ていた自分の畑が借りられ、いつ、何を、どんな方法で栽培するのも自由という申し分のない状態で迎えた春。
 
 畑の前で、私は呆然と立ち尽くしていた。
 
 農業大学校は予定通り一年間で卒業し、「新規就農者」として畑を借りる資格を得た。

 畑は牧田さんの尽力により、とりあえず三反(約3000㎡)ほど借りることができた。希望としては、この三倍から四倍ほど借りたかったのだが、いきなり大きくはじめても手がまわらなくなるだろうし、きちんと耕作している姿が地域の人々に認められれば、貸してもいい、いやぜひ使ってくれと言ってくれる人も出てくるはずとのことだったので、その牧田さんのアドバイスに従うことにした。

 絶対必要なトラクターも実習中の約束通り、牧田さんと共有することとなり、なんと牧田さんはどこからか格安の中古品を十四万円で調達してきてくれたため、各々の負担は七万円で済んだ。

 作業場となる家はとうとう見つけることができなかったので、しばらくは自宅から通うことにした。片道一時間ほどだから、早起きすれば時間的なことはなんとかなるのだが、収穫物を袋詰めする作業をどこでするかが問題となった。仕方がないので、仮の作業場所として畑の隅の、そこから先は谷となっている場所に木陰となる部分があるので、足場パイプとトタン屋根でなんとか小屋とも呼べないような小屋を作って済ませることにした。しかし、風があると野菜袋が飛んで行ってしまうし、横殴りの雨を防ぎきることはできないので、野菜の栽培作業を進めながらも、なるべく早くまともな作業場を見つける必要があった。

 何はともあれ、新規就農を果たした。通勤農家の誕生だ。


   ・・・

 
 畑に、ひとり立つ。何から手を付けようか。借りられたのは一応畑の体裁を保っているが、実際にはこの数年間、何も栽培されていない場所だった。

 耕作放棄地についても、昨今話題となることが多くなっているが、ここ緑ケ原地域でも同様の問題が起きていた。地主さんたちは高齢化し、後継ぎのはずのこどもたちは勤め人となり、畑が維持できない。
 放っておけば、雑草に飲み込まれ、周囲の農家に迷惑がかかるし、農業委員会に「耕作放棄地」に認定されてしまうと固定資産税も余計にかかる。
 大きな社会問題だが、それ故に私のような新規就農者が畑を借りることができると思うと複雑な気持ちだった。

 まずはトラクターで耕耘(こううん)し、コマツナを作ろう。コマツナは栽培が比較的容易で、収穫までの期間が短く、換金性が高い、とされている。
     最初に出来たのはコマツナではなく注連縄(しめなわ)だった

 オープンカーよりずっと爽快な気分になれるのではないか。トラクターの、通常の自動車よりずっと高い位置にあるシートに腰かけ、エンジンの振動を体の芯で受け止めながら青空を見上げた。オープンカーに乗ったことはないけれど。
 牧田さんと共同で購入したトラクターは格安の中古品であったため、運転席を囲うキャビンはもちろん付いていない。
 風、音、温度、土埃、虫、排気ガス、視線、全てを受け止めて畑へ移動する。「はたらくじどうしゃ」が大好きなちびっこは歩道から手を振ってくれる。
 思えば不思議なものだ。数年前まで普通自動車の免許さえ持っていなかったのに。
 多くの人は高校卒業前後、あるいは大学在学中の年齢で免許の取得を考えるだろう。
 父は免許を持っていたが、私鉄駅が徒歩圏内にあった我が家は車を保有していなかった。日常生活で困ることは何もなかった。
 しかし、私が免許を取得しなかった理由は必要性うんぬんではなく、やはり私自身の社会不適合性からくるものだった。
 教習所で知らないオトナと二人きりになって車に乗るということが、想像するだけで苦痛だった。万一事故を起こしたときに正しく対応する自信なんて全くなかった。一生電車とバスで用は足りると思っていた。
 ほんの五年前、なんとなく農業に関心を持ち、もしかしたら必要になるかも知れないと思い四十歳を目前に教習所に通い普通免許を取得。昨年トラクターで公道を走行するのに必要な大型特殊免許(農耕車限定)も取得して、今、畑へ向かっている。いつも効き過ぎたエアコン環境でパソコンを睨み続けていた境遇が、あっという間にこんな変化を遂げるとは。さあ、夢の畑を耕そう。


   ・・・


 トラクターをかけはじめてすぐに自分の認識の甘さに気づいた。トラクターのロータリー(畑の土をぐるぐるとかき回す刃がたくさん付いているところ)にびっしりと、太い蔓状の根っこが巻き付いている。
 エンジンを止め、トラクターを降りて後方に回りロータリー部分をのぞき込んでみると、畑の土の墨汁のような匂いと、絡みついた根っこから香る不思議な甘い匂いが混ぜこぜになって漂っていた。
 刃の部分が見えないほど、(くず)の根がぐるぐる巻きの注連縄(しめなわ)となって覆っていた。手で引きちぎろうにも葛の根は強い。鎌で引っ掛けてノコギリを扱うように押しては引いてを繰り返してやっと切れる。左手でロータリーを回しながら、右手の鎌で切り落としてゆく作業を続けること三十分、ようやくロータリーが完全に見えるようになった。

 たった数十mトラクターを走らせただけでこれだ。畑の表面上はそれほど荒れているように見えなったが、地中は恐ろしいことになっていた。切り落とした葛の根っこを両手に抱えて、お前なんか畑のクズだとつぶやきながら、隅の方に運びだした。種播きができる状態になるのは、まだまだ先になりそうだ。

 トラクターをかけては葛の根を搬出し、という作業も、全体を三周すると先が見えてきた。まだ完全に取りきれたわけではないが、もう注連縄(しめなわ)ができてしまうというようなことはなくなった。
 
 早いところ種播きをして収穫に至らなければ、無収入状態、というより燃料代などの出費がかさむ状態が続くばかりだった。

 トラクターで畑を何とか整地した後は、作物の栄養となる肥料を入れる。植物の成長に必要な成分としては、窒素・リン酸・カリウムなどの多量要素と、鉄・マンガン・亜鉛などの微量要素が欠かせないとされている。
 就農とともに加入した農協を通じて、畑の「土壌分析」を行い、現在この畑の土にはどの成分がどの位入っているのかを調べてもらってある。数年来、何も栽培していなかっただけあって、一番重要と思われる窒素はからからに不足していた。他の成分は理想的とは言えないまでも、自然に地中にあるような状態で存在しており、幸いにも何かの成分が特別偏ってしまっているということはなかった。

 肥料に何を使うか。無農薬・有機栽培で野菜を育てるので、いわゆる化学肥料は使わない。
 有機肥料にも牛糞、豚糞、鶏糞が主成分となった一般的なものから、魚かすやミネラル成分を含めてきっちりとオーガニック(有機栽培)農家に照準を当てて販売されている高級なものまで様々存在している。

 正直、何がどの程度いいのか分からなかったため、まずは入手しやすく、安価な「発酵鶏糞」を使ってみることにした。

 肥料をまく作業はかなり重労働だ。どれくらい撒けばいいか。
 例えば窒素成分で考えると、「発酵鶏糞」の場合窒素含有率が四パーセント前後となっており、ひと袋十五㎏の肥料をまいて、窒素が600g畑に入ることになる。
 コマツナの栽培に必要な窒素量を一反(約1000㎡)あたり、十㎏とすると、十五㎏の発酵鶏糞を十七袋近くまかなければならない。三反(約3000㎡)だとするとこの3倍だから、五十袋強で七百五十㎏の「発酵鶏糞」が必要となる。軽トラックの積載量は三百㎏強のため、車で十五分ほどのホームセンターまで三往復して、七百五十㎏分を荷台に乗せては積み下ろし、畑全体に撒かなければならない。
 ちなみによく使われる化学肥料は、窒素成分が「発酵鶏糞」の二倍から三倍入っているので、必要な肥料の重さは二分の一から三分の一で済むことになる。
 有機栽培はきつい。
 
 しかし、有機栽培の一番の苦労は、作物の病気や害虫に対して農薬が使えないことでも、肥料撒きの重量がかさむことでもなく、草だ。雑草。これが手に負えない。一般的な慣行農法では除草剤という農薬を使用して雑草を抑えるが、これを使うわけにはいかない。 
 小さな雑草の芽が出始め、まだ大丈夫かなと思ってぼやぼやしていると、畑の中から周囲から全面が、あっという間に望まない植物群、雑草に覆われることになる。
 「まだ大丈夫かな」の次に見た時には必ず「もう手遅れ」になっている。

 上農は草を見ずして草を取り、
 中農は草を見てから草を刈り、
 下農は草を見て草を取らず。

 昔から農家に伝わる言葉だ。
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