第11話__シセンの先

文字数 1,429文字

 突如現れた暗幕の中で、爆竹(ばくちく)に取り囲まれたかのような轟音(ごうおん)に包まれる。動くなとは言われたが、意識する前に体が防御体勢をとっていた。耳を塞ぎ、しゃがんで目を閉じたまま、周囲の状況を探る。

「藍果。藍果、大丈夫だ。目を開けて」

 (ふさ)いだ耳の隙間(すきま)から、弓丸の(ささや)き声が聞こえた。そっと目を開ければ、どういうわけか弓丸の髪をくくっていた(ひも)が落ちている。それを拾い、声の主へと目を向けた。
「弓丸、こ、れっ……!?」

 灯火の光を水面のように受けながら、きらきらと(つや)めく(からす)()羽色(ばいろ)

 両手を広げ、(わたし)の目の前に立っている弓丸の黒髪は、平安の高貴な姫君もかくやというほどに伸びて揺らめき——私たちの体を守る、つかの間の盾となっていた。ただ、おそらくは限界があるのだろう、その盾はこの空間を二つに仕切れるほど大きくはない。それでも大人(おとな)二、三人なら容易に(おお)える羽衣のような暗幕に、ほんの一瞬、目を奪われた。
「これではっきりした。相手は禍者(かじゃ)だ」
「か、かじゃ?」
(わざわい)に心を()とした者。あるいは……」
 弓丸がブレスレットを取り、左に持ってパッと振った。紐から抜けた玉は、羽根の付け根に赤い糸が(くく)られた矢へ。宙を舞った紐は、長さ一メートルほどの弦を持つ武具すなわち、弓丸の体格でギリギリ扱えるサイズの弓へと姿を変える。
(すき)を作りたい。それと、あの男に聞いておきたいこともある」

「その矢で、あの男の人を殺すの?」

 拾った髪紐を差し出し、私は弓丸の瞳をまっすぐに見つめて問いかけた。確かに、あの男は悪いことをした……と、思う。でも、頭の中にさっき聞いた彼の言葉が(よみがえ)る。

 ——俺にも、大丈夫かって言ってくれ。

 私は、あの男のことを忘れていた。いや、毎朝見てはいたのに、見ないふりをしていたのだ。
「ちなみに、聞いておきたいことっていうのは?」
()がお前の主人(あるじ)か。そう聞けば、おそらくあいつは答えてくれる」
 弓丸は髪紐を受け取らない。小さくため息をついて、そして……何を思ったか、おかしそうにクスッと笑った。
「本当に変わった女子(おなご)だな。(おのれ)はおろか友人も襲われて、その安否もまだわからないのに、敵の命すら案じる——そもそも、矢は殺しの道具だ」
「……それ、どういう」

「死なないよ」

 弓丸は言う。私達を包んでいた轟音はすでにやみ、洞穴(ほらあな)は不気味なほどの静けさで満たされていた。この暗幕に(はば)まれてしまうため、いったんは攻撃をやめて次のチャンスを(ねら)っているのだろう。
「この矢は、あの男の命を奪わない。約束しよう」
 縦長の瞳孔(どうこう)が、ズ、と(ひろ)がる。その瞳にちらつく金片(きんぺん)()()むように、彼の視線を受け止めた。
「……なら、一つ案があるの」
 私がその作戦を耳打ちすると、弓丸は目を伏せて自分の(はかま)を見た。もう、穴も血の跡も残っていない、その場所。
「確かに君の言う方法なら、知りたいことを聞いた上で確実に仕留められる。これ以上、君の友人が危険に(さら)されることもないだろう。でも、ちゃんと分かってるのか? 最悪の場合——君は」

「私、貴方(あなた)のことを信じてる。だから、あとは弓丸が許してくれるかどうか」

 その言葉を聞いて、弓丸は私を見つめたまま大きく一度瞬きをし、かすかに息を呑んだ。暗幕の向こうからは、男がガシガシと石で殻を破る音が聞こえる。
「無理だと思うなら、断ってくれていいよ」
「分かった」
 弓丸が、私の差し出した髪紐に手を伸ばす。

「藍果。生きるつもりで——死にに行け」

 暗幕が落ちる。私は、入ってきた通路に向かって一直線に駆け出した。
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登場人物紹介

【名前】藍果

【プロフィール】現代の神奈川県、岐依の国市にある町で、県内一位の公立進学校に通う高校二年生。基本的に明るく振る舞っているが、いつも始業ギリギリに登校している。小学生の頃にあるトラウマを負っており、高校より先の将来を考えることができない。元は活発な性格。

【名前】現時点では不明

【プロフィール】古風な装いをしている。童水干に袴、下は草鞋、艶やかな黒髪を紐で一つに括っている。体温はかなり低く、脈もかなり遅い。虹彩の中にはきらきらとした金色の欠片があり、瞳孔は蛇を連想させる縦長。美少年。

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