第3話【子どもの世界を大人がつくる】

文字数 2,387文字

童話を読んできたのと一緒に、子どもの頃の僕は、子ども向けのおもちゃや子ども向け番組と一緒に育ちました。時の流れと共に、興味を向ける対象も変わり、少しずつ"子どもの世界"から離れていきました。成長というやつでしょう。
それから数十年が経ち、自分に子どもが生まれたことで、他の親御さん達同様に、一度は卒業したはずの子どもの世界に再び足を踏み入れることになりました。

"子ども"として触れていた子どもの世界に、今度は"大人"として触れるのです。もちろん視点が変わりますから、感じ方も違ってきます。
一緒に子ども向けのテレビ番組を観れば、「今はこんな内容なのか」と思いますし、一緒に子ども向けのおもちゃで遊べば「今はこんなおもちゃがあるのか」と思います。「変わったなぁ」と。
同時に、それらを製作している側のことも考えてしまいます。子どもに向けて製作されたものとはいえ、作っているのは大人です。現実的な話をすれば、製作する側としては収入にも関わってくるわけですから、みんな真剣になって子どもの世界に受け入れられるものを考えて、作っているのだと思います。そしてそれは、決して簡単ことではないとも思います。
"大人が大人のために作るもの"は、ある程度の反応予想が出来ると思います。相手は同じ大人ですから、「こういうものを作れば受け入れられるんじゃないか?だって自分もそう思うもの」が少しは通じるはずです。もちろん、予想通りにいかないことも多々あると思います。
ところが"大人が子どものために作るもの"は、大人に向けられた物を作るよりも反応予想が難しいのではないかと思ってしまいます。
相手が子どもの場合、「だって自分がそう思うもの」が必ず通用するとは言えない場合が多いのではないかと。
僕たち大人は、確かに"子ども経験者"ではありますが、その頃の気持ちはそうそう覚えているものではありません。しかも育った時代、環境が変われば考え方も変わります。そんな違うことだらけの相手に受け入れられるようなものを作るのは、きっと大変なんだろうなと。
そう考えながら子どもの世界に触れていて、隣で子どもが笑っている姿を見ると、子ども向け番組も、子ども向けおもちゃも、「製作サイドすごいなぁ」と感心してしまいます。僕には到底できそうにもありませんから。

余談ではありますが、学生の頃に資格取得の一貫で保育園実習をさせていただいたことがありました。子ども達に楽しんで貰えるように自分なりに考えた遊びが思ったよりもウケなかった時、子どもの世界の難しさを痛感しました。子ども達の反応は、良くも悪くも正直なので……。

全国の子ども業界で働いている方々には頭が下がるのと同時に、けん玉や折り紙やお手玉など、昔から伝承され続けている遊びにもまた、すごいなぁ感心します。メディアを通した遊びが主流になる現代で、それらの伝承遊びを「楽しい」と思ってくれている子ども達の姿にも安心させられています。時代は変わっても「楽しい」と感じる感覚は一緒なんだと。この感覚は大事に守っていって欲しいなと。

最近では"安全対策"や"苦情対策"など、様々な理由で子どもの世界が狭められているように感じます。それは"外遊び"に限った話ではありません。子どもの為とは言われていますが、僕達大人の都合も少なからず含まれているのは間違いありません。
僕が子どもの頃に当たり前のようにしてきた遊びが、今では禁止されています。そしてその遊びが存在していない世界が、自分の子どもにとっては当たり前であることが、少し寂しい気持ちになります。
これはきっと、僕よりも更に上の世代の人達も感じていることではないでしょうか。
僕自信、川で泳いだ経験は一度もありません。危険だからと、そういう遊びをさせてくれませんでした。そんな僕が、自分の子どもに川遊びを教えてあげられるはずもなく……。
もしもこの禁止ループが進んでいったら、僕の子孫達は、未来で一体どんな遊びをしているのだろう。そう考えて、ちょっと心配になります。どんなに時代が変わっても、体ひとつで野原を駆け回ることが嫌いな子どもがいなくならないで欲しいなと思います。

子どもの世界の主人公は子どもであって、大人はあくまでもサポート役でありたいものです。動くのは"本当に危険"と判断した時だけ。小さな危険は子ども達自信が失敗して学んでもらっていいのではないでしょうか。子どもの世界に、大人が過干渉しないことを願います。

話が少し逸れましたが、そう考えてみると何十年も愛され続けている名作級の童話って、やっぱりすごいなぁと、改めて思い知らされます。
けん玉や川遊びをしたことのない子どもは少なからずいるでしょうが、『桃太郎』を知らない子どもは決して多くはないのではないでしょうか。それはつまり、時代が変わって、遊びが変わって、親が変わったとしても、必ずと言っていい程、みんな童話の世界を通ってくるということです。
子どもにけん玉(オモチャ)や川遊び(シゼン)を与えない大人も、桃太郎(ドウワ)は与えるということです。それくらい、子どもの成長に童話は欠かせないものになっているということです。
確かに、他の二つに比べればお手軽かもしれませんが、やっぱり童話の人気は凄いと思います。何か、遺伝子的に組み込まれてるんでしょうか。鬼退治に男の子が憧れる感じとか、お姫様に女の子が憧れる感じとか…。

散々偉そうなことを言いましたが、自分の子ども達が幼かった頃、部屋中にフカフカクッションを敷き詰め、初めて息子を海に連れていった時、終始両肩を掴んで離さなかった心配性の僕には、本来何も言う資格はありません。おじさんの戯れ言ですので、どうか聞き流して下さい。
子どもの世界を大人がつくるって難しい。結構責任重大だ。そんなことを考えている、今日この頃です。

つづく…。
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