第7話 ウマ篇 擬曲・王子と白馬

文字数 1,313文字

      ある晴れた午後、小高い丘の草原でくつろぎながら、老人と白馬が物語る。

老王子「お互い、ずいぶん歳を取ったなあ。昔は、私とお前で『白馬に乗った王子』の役をロン    
    グランで演じていたものだが。」
白馬 「あなたもすっかり白髪になられましたね。私は元々が白毛なので見た目は変わりません 
    が、あの頃のように、あなたを乗せて颯爽と駆け抜けるなんてことは、もうできません 
    よ。」
老王子「お前にまたがって、金色の髪をなびかせて私が現われると、乙女たちはみんな目を輝か
    せて、『白馬の王子、お待ちしていました!』と叫んだものだったな。」
白馬 「あなたは世界中の乙女たちの憧れでしたから。あなたは、みんなのものであるけれど、
    だれかひとりのものにはならない。そういう天命だったのです」
老王子「天命か・・・私はどの乙女たちも愛しく思い、その幸せを祈ったけれど、誰かひとりと
    手を取り合って、時をともにすることはなかった。気づけば、この歳になっても私は王
    子のまま、ひとりのままだ。」
白馬 「あなたが誰かひとりのものになってしまわれたら、あなたはあなたでなくなってしまい
    ます。あなたのその美しさも気品も才気も優しさも、万人のもの。だから、あなたは永
    遠に『白馬の王子』と呼ばれるのです。」
老王子「そうなのだろうな。・・・実はただ一度だけ、あるひとりの村娘に目がとまり、私はそ
    の娘を鞍に引き上げようと、手を差し伸べたことがあった。そうしたら、お前は急に駆     
    けだしてしまい、私が『止まれ!』と命じても止まらなかった。お前が私の命に背いたの
    は、あのときだけだった。憶えているかい?」
白馬 「そんなこともありましたっけ。何かに驚いて、我を忘れてしまったのでしょうか。遠い
    昔のことなので、私の記憶もおぼろの霧の中です。」
老王子「もしかしたらお前は、私が『だれかひとりのものになる』危うさを察して、回避してく
    れたのかもしれないな。お前はいつでも私とともにいて、私のためだけに働いてくれ
    た。白馬に乗っていてこその王子、お前と私は切っても切れない間柄だ。ありがとう、
    長い間。」
白馬 「・・・。(間)ありがとうございます、無上のお言葉です。私こそ、長くあなたにお仕え
    出来て、ほんとうに幸せでした。・・・王子、王子、どうなさったのです?」
老王子「・・・。 (無言で横たわったまま目を閉じている)」
白馬 「王子、もはや身罷られたか。あなたはひとりのままだとおっしゃったけれど、いつも私
    がお側にいたではありませんか。私があなたをお護りしてきたではありませんか。王
    子、王子、あなたは万人のもの。だけれども、他の誰よりもいちばん、私こそがあなた
    をお慕い申し上げておりました。」

       白馬は、王子に寄り添うと、そっと頬ずりする。草原を吹き抜ける風が、白馬 
       のたてがみと王子の前髪を揺らす。天井からひとすじの光。
                                   ―幕―
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