第6話 表と裏

文字数 1,144文字


 オレリーとエミールの二人組が『ルズベリー』に着いた日の翌日――
 当面の宿として入った酒場(サルーン)の、その二階の二間続きの奥の方の部屋で、オレリーはエミールが昨夜から今日の午前中にかけて町の方々から仕入れてきた〝現下の町の情勢〟に耳を傾けていた。……部屋の片隅に置かれた二人の旅装は、まだ解かれてはいない。

「それじゃ町が平穏に見えるのは、あくまで()()だけなのね」
「そ。牛を奪われたバッカルー(カウボーイ)が町外れの伝道所跡に居座ってる。南への道はそのすぐ傍を通ってるから、塞がれてしまえば、これ以上、南には行けなくなるね」

 エミールの仕入れてきた情報によれば、現在、ルズベリーの町は、野生化した牛を駆り集めてバザー(青空市)まで連れていく途中のカウボーイの一団と、町の賭博場の自警団との間でいざこざが発生していて、一触即発の状況らしい。
(――何が〝渡り〟向けの仕事なんてなんにもない、よ。しっかり不穏じゃない……)

 発端は()()()()()()単純で、カウボーイ達が賭博場で大負けをして借金の(かた)に連れていた牛を全て巻き上げられた、とのことで、それに納得のいかない彼らが、丘の上の伝道所跡に居座り、牛を返すよう迫っている、という話なのであった。……〝控え目〟に言っても物騒な話である。
 ふつうに考えれば、()()()()()()調停( )(あるいは実力排除)こそ〝渡り〟の仕事といっていい。それなのにラーキンズ保安官は、この件に〝渡り〟を関係させたくないようだ。

「町の人たちは、どう考えているのかしら?」
 オレリーはこの事実に対する住人の反応を確認した。エミールは首を左右に振った。
「差し当たり、まだ大きな迷惑事になってないからね。でも、スチームコーチの運行が止まれば、そのときには大きな問題になるんじゃないかな」
 そう、と呟いたオレリーの表情(かお)に変化が表れないのを見て、エミールは敢えて訊いた。
「……で?」
「〝で〟って?」
「どうするんだい?」
 オレリーは、エミールの目線を受け止めると、〝気を取りなおしたふう〟を装った笑顔になって、小首を傾げてみせた。
「どうもしないわ。正式に何かの依頼を請けたわけでもないのだし」
「…………」 エミールの表情は、少しばかり不服そうだったかも知れない。
 オレリーはティーテーブルに肘をつき、顔の前で両の手の十本の指を合わせると、目線をテーブルの上に落として言った。
「双方の言い分を訊かずに判断をすることは、したくないわ」 少し言いわけじみて聞こえたかも知れない声で。

「懸命だと思う」
 結局、エミールは頷いて返した。
「――…俺は〝ミス・ラングラン〟の考えに従うよ」 言って笑顔に戻し、椅子を引いて立ち上がる。「昼にしよう。……お腹がペコペコだよ」

 約束のない客の来訪を告げるノックの音を聴いたのは、そのときだった――。
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