予後不良

文字数 854文字

予後(ヨゴ)不良(フリョウ)」と宣告されている。それからかれこれ十年ほど()っただろうか。たしかに症状は悪化している。医師の見たては正しかった。さすがである。若いとはいえ、名門医科大学を出てキャリアを重ねていた医師だった。

「予後不良」とは、いかに中途半端でいつ終わるともしれぬ底なし沼か。
 どうせならば「予後三年」とか「予後半年」とかならばドラマティックだったものを。その文脈の場合ならば、「予後」とはいわゆる余命のことである。死期が見えているものならば、本人も計画がつけられるし、周囲も配慮するだろう。

「なんでこんなこともできないのか」
頑張(ガンば)りが足りない」
 そんなことをしょっちゅう云われて怒られている。私は真顔(まがお)で、痛みをこらえながら耐えている。
 言いわけはしない。同情してもらいたくない。弱みを見せるとつけ込まれるのが目に見えている。
 どうせ、誰もがいずれ死ぬ。いつ死ぬかの予想がつかないだけのことだ。老いて、病んで、死ぬのである。その意味では誰しもが予後不良なのだから。言いわけは、しない。

 さて私は死んだらどうなるのだろうか。
 想像はついている。
 肉体はあたかも核分裂のように崩壊していくのだろう。火葬でもされれば散り散りになるだろう。その煙は大昔ならば、月にさえも届くと思われていただろう。
 人格も肉体に刻み込まれているものだ。肉体が崩壊すれば人格の記録も崩れていくのだろう。物質が崩壊してエネルギーになるように。粒子が崩壊して波動になるように。
 それはたとえていえば、「死んだら光になる」のかもしれない。

 死んだら何もかもなくなる――そういうものなのだろう。
 けれどそれはあんまりではないか。せめて死後くらいは楽をさせてほしいものだ。楽しい「あの世」があってもいいではないか。死んだらどうなるかなんて、死んでみないとわからない。『竹取物語』の(みかど)のように「不死になりたくない」「解脱(ゲダツ)せずに転生(テンショウ)したい」と思ったっていいではないか。そのほうが情緒がある。

 そんなことを思いながら、望月(もちづき)を見上げる。あの月光(ガッコウ)は、核融合の光だ。
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