【五月】*** Take Five ***

文字数 7,439文字

 そんなこんなでゴールデンウイークも終わり、またいつもの日常が戻ってきた。私も淡々と予備校に通う日々を送っていたが、心の中では次の京都探訪にしっかりと狙いを定めていた。それは五月十五日に開かれる「葵祭」だった。京都には年間三百以上もの祭りがあるそうだが、京の都で祭りといえば、この「葵祭」を指すというくらい由緒のあるものだ。

 正式には「賀茂祭」といわれ、そもそもは京の先住民族ともいえる賀茂氏の祭りで、現在の上賀茂神社と下鴨神社という一族の神社で五穀豊穣を祈願する祭りだったようだ。それが平安遷都を境に国家的な祭りへと発展していったものらしい。そして葵祭と呼ばれるようになった由来は、御所車や勅使らの衣冠、牛馬にいたるまで全てに葵鬘を飾ったことからきているとのことだった。

 十五日の早朝から御所で宮中の儀式が行われ、そのあと五百名を超える参加者、牛馬約四十頭、先頭から最後尾まで約一キロに及ぶという大行列が御所建礼門前を出発し、下鴨神社を経て上賀茂神社へと向かう。これが一番の見どころだ。

 この祭りを見逃すわけにはいかなかった。祭り当日は平日だったが、私は何ら躊躇することなく予備校をサボることにした。下宿の仲間に声を掛けてみたところ、秋葉君と山田君が私の計画に乗ってくれた。こうして当日、三人は行列を迎えるべく下鴨神社へと向かった。私は南村君から借りたカメラをしっかり首からぶらさげていた。

 この日は薄曇りで時折陽が射すという行列には絶好の天候だった。さわやかな新緑が匂う中、警護の武官や文官・女官に扮した参加者がそれぞれ平安時代の装束をつけ、ある者は徒歩である者は馬に乗って練り進んでいく。牛車は藤の花で飾られ、行列の最後には輿に乗った斎王代列が通過していく。その全てが平安の昔をしのばせる優雅なものだった。

 下鴨神社を出発して上賀茂神社へと向かう道中には無粋な仕切りロープなどもなく、参加者も見物客も一体となって祭りを楽しんでいた。私は夢中になってカメラのファインダーを覗き、少しだけ構図も意識しながらシャッターを切った。行列が立ち止まった際には、あつかましくもその参加者にグッと近づき、アップでその表情を切り取った。気が付くとあっという間に三六枚撮りのフィルム二本を撮り終えていた。

 三人は行列の終点である上賀茂神社までついていった。朱塗りの二の鳥居を抜け、この神社の名所でもある細殿と円錐状に盛られた二つ並んだ立砂をバックに記念写真を一枚撮った。優雅な楼門の奥には国宝の本殿があるとのことだったが、残念ながら非公開だった。私たちは参拝を諦めて真っ直ぐ帰途についた。

 この夜の下宿の話題は葵祭でもちきりとなった。山田君が「予備校をサボることには少し躊躇ったけど、行って良かった。なかなかできない経験だった。」と感慨深そうに話すのを聞いて、岩崎君などは「自分も行けば良かった。」としきりに残念がっていた。私は心地良い疲労感に包まれながらその話を聞いていた。                                

 この葵祭の経験が私の祭り見物に火を付けることになった。私の京都探訪の虎の巻であるポケットガイドが示す次の祭りは、この週末十八日の日曜日に嵐山で開かれる「三船祭」だった。葵祭が陸上で繰り広げられる平安の雅だとすれば、三船祭は水上の雅だということらしい。これまた見逃せない。心待ちにしていた日曜日、私は勇んで嵐山へと駆け付けた。今回は私一人の単独行となった。

 カメラを持って駆け付けた嵐山は好天に恵まれ多くの人でごった返していた。三船祭は嵐山にある車折神社の例祭で、平安時代の舟遊びを再現した雅な祭りだという。私は大いに期待してここまで来た。しかし渡月橋の上流の大堰川に多くの舟が川面を埋め尽くしているのはわかるのだが、いかんせん距離が遠く何が行われているのか全くわからない。ファインダーで切り取られる絵面もどれも同じような舟の遠景ばかり。かつてはこうして舟遊びをしていたのだろうと想像はできるのだが、結局はそれだけだった。今回の祭り見物は正直失敗だった。私は少なからず失望して京福電鉄に乗り込み、終点の北野白梅町を目指した。何事もなかなか打率十割とはいかない。

    §

 駿英予備校は元々東京が地盤で京都校は開校してまだ間もなかった。建物も小規模で教室も東京のような大教室ではなく高校の一クラスより多少大きい程度だった。私の通うクラスは国立文系コースだったが、ここでも圧倒的に男子が多く女子生徒の割合は三分の一程度だった。私は下宿仲間の緒方君とクラスの最後尾で席を並べて授業を受けていた。休憩時間も最初は二人きりで話をしていたのだが、そこは小さな教室、日が経つにつれて顔見知りも何人かできてきた。

 彼らはそれぞれ進学校として名高い有名高校の出身で、真剣に受験勉強に取り組んでいた。明確な目標も持てず、いい加減な気持ちで浪人生活を送っている私などとは大違いだ。奈良から通っている若林君は興大寺学園出身、大阪の寝屋川から通っている桐生君は西野高校出身で、二人とも勉学一直線。来年の東帝大合格を目指す真面目を絵に描いたような浪人生だった。もう一人私達の話の輪に入ってきたのが、天徳寺高校出身の加瀬君だった。本人が意図してそうしているのか、あるいは大阪人ならではの生来のものなのかは判らなかったが、お笑い芸人風で、どこか掴み所のない不思議な男だった。

 親しいと言っても授業の合間に雑談を交わしたり、食堂で昼食を一緒にとるくらいの関係だが、それでも少しずつその人となりも分かってきた。私と緒方君の会話を小耳に挟んだのか、私が北海道出身であることは既に知れ渡っていた。予備校全体でも北海道出身者は私一人、鹿児島出身は緒方君一人ととても珍しく、注目の存在だと聞かされて正直驚いた。確かに大阪や京都の自宅から通う生徒が大多数で、遠方から下宿生活をしてまで京都に来るということだけでも変わり者といえば変わり者だった。


 ここまでのところ、目立つようなことは一切していない。ただただ静かに過ごしてきたつもりだった。しかし一般的な予備校生のイメージからは少しばかりかけ離れていたかもしれない。心の奥底では振られた彼女のことばかり考えていて、受験のことは二の次状態。少なからず世を拗ねたような心持ちにもなっていた。高校時代から俗に言う優等生とは無縁だったし、高校を卒業した今では特に悪びれることもなく堂々と煙草も吸っていた。

 加えてこの老け顔だ。ひょっとしたら三浪か四浪しているベテラン浪人と思われていたのかもしれない。いずれにせよ少々傲岸不遜でワルっぽい印象だったのだろう。優等生的に高校生活を送ってきた青少年にとっては、私はちょっと異質な個性と受け取られたようだ。自分にはわからないがどうやらそういうことらしい。


 そんな毎日を過ごしているうちに若林君と奈良のことについて話す機会があった。私は修学旅行で奈良を訪れたこと、時がゆっくりと流れているような奈良の街が大好きだということ、そして北海道から出てきて京都探訪を始めたばかりだが、いずれ奈良も探訪したいと思っていると話した。すると若林君が是非奈良を案内したいと申し出てくれた。その後少しずつ話が具体化し、次の週末に若林君の自宅に泊めてもらって、一泊二日で奈良を案内してもらうこととなった。

 近鉄の特急電車に乗り込み奈良へと向かう。駅の改札口で若林君と合流して先ずは駅近くの猿沢の池を散策し興福寺へ。次は東大寺の大仏さまにご挨拶。しばらくダラダラと歩き次に向かったのは春日大社だ。奈良公園で鹿たちと戯れ、見事に尻をつつかれて一日目はここまで。奈良駅の周辺には有名な寺社が集中していて、ちょっとした散歩気分でこれらを巡ることができた。若林君の家では賓客扱いだった。豪華な夕食をご馳走になり、個室でぐっすり眠らせてもらった。

 翌日は今回の第一の目的でもあった唐招提寺だ。一昨年の修学旅行でも訪れた場所だったが、信心とは全く無縁の私にも「天平の甍」とも呼ばれるその佇まいは心惹かれるものがあった。無駄を一切排し、穏やかさの中にも凛とした一種の荘厳さがあった。今日の唐招提寺も静かにゆったりと時間が流れていた。それは京都の観光名所の寺社とは全く趣を異にするものだった。

 昨日は散歩が主体だったが、今日は寺の境内でひたすらゆっくりと過ごした。ここでせかせかと動くのは、どうにも場違いな感じがした。しかし今日も今日とて修学旅行の情景が甦り、知らず知らずのうちにまりあの面影を追っている自分がそこには居た。何と情けなく女々しいのだろう。自分でも呆れ返る。今日も若林君が付き合ってくれたが、ぐっと口数が少なくなった私を見て、いつもと違う雰囲気を感じ取ったかもしれない。しかし彼は一切詮索してくることはなかった。さすがに賢い男だ。その控え目な距離の取り方に私は感謝した。その日の午後遅く私は彼に礼を言って京都へと戻った。

    §

 下宿仲間のうち予備校で同じクラスとなったのが、鹿児島出身でシャイで無口な緒方君と北海道出身でちょいワル親爺風の私というのも面白い取り合わせだった。全く共通点が無いように思える二人だったが、どこか妙に気が合った。実は彼も私同様優等生タイプではなかった。あの超進学校の鹿児島ラ・マーレに奄美大島から進学するほど優秀であるにもかかわらず、高校時代は勉強そっちのけでサッカーに打ち込んできたという変わり種だった。他人との関係も打ち解けるまではぶっきら棒で、少し横柄な鹿児島弁をポツリと口にするだけだった。しかしそれはシャイな自分を鼓舞しているようにも私には感じられた。

 この時代にあっても学力格差と経済格差は概ね比例関係にあった。緒方君はその意味でも変わり種だった。あれだけの私立の超進学校に通っていたが、家庭は決して豊かとはいえないようだった。下宿の彼の部屋にあるのは机と椅子、カラーボックスが1個、ラーメン作りに欠かせない電熱が一台、そして布団一組だけだった。

 本人にとっては経済的に厳しい浪人生活だったのかもしれないが、そのこと自体を恥とは思っていないようだった。何事にも他人の目や評価を気にして一喜一憂している私などとは大違いだ。しかし世間知らずという点ではかなりのもので、ある意味純粋無垢、大らかで何でも吸収してしまう乾いたスポンジのようでもあった。そのちょっとはにかんだ表情や言葉に何とも愛嬌があり、人間的魅力に溢れた男だった。その裏表のない性格に私も自然と心を開き、二人は少しずつ打ち解けていくようになった。                                   

 五月もそろそろ終わり街が初夏の装いに変わりはじめた頃、予備校の食堂で緒方君と一緒に昼食を摂っていると、彼がおもむろに話を切り出した。

「あのさあ、あの、柏木君は恋愛経験あるんですか?」

 いきなりの直球の質問に私も一瞬たじろいだ。しかし真っ直ぐこちらを見据える彼の視線には適当に答えてはいけないような迫力があった。

「う、うん。ある。高校時代に将来を真剣に考えた彼女がいた。」
 私がボソボソと答えると、緒方君の表情が一瞬にして緩んだ。
「ああ、良かった。」
 何が良かったのか全くわからず私がポカンとしていると
「先生。恋愛のご指導、どうぞよろしくお願いしもす。」
 と言うではないか。
「え?どういうこと?」
 と私が問うと
「柏木君さあ、僕さあ、なんか恋しちゃったみたいなんじゃ。」
 彼はモジモジしながらそう答えた。
「恋?ひょっとしてこの予備校に通っている子かい?」
「うん。そなんだ。くそっ、やっぱ恥ずかしか。」
「おいおい。そうだたのかあ。で、誰なんだよ。」
「あんまいジロジロ見っなよ。ほら、あすこに三人で居る女ごん子のグループ。」
「ああ、彼女たちかあ。で、その中の誰?」
「えへっ。あの一番小柄な子。」
 私は目を凝らした。
「だから、ジロジロ見っなって言うとろうが。」
「すまんすまん。彼女たちって同じ教室の子だよね。で、名前は何て言うんだい?」
「日野雅子さん。」
「そうなんだ。でも名前とか良くわかったなあ。」
「まあ、それはいろいろと。」
 どんな手を使ったのかわからなかったが、このシャイな緒方君が気になる女の子の情報を一生懸命集めていたのかと思うと少し微笑ましく思えた。

「それで俺にどうしろって?」
「いやさあ。俺っちずっと男子校じゃっただろ。女ごん子とどうやって話をしていいかひとっ
 もわからん。」
「うんうん。」
「じゃっで、先ず柏木君に彼女たちと仲良くなってもろて、俺も自然とそん会話に入っていけ
 るようにお膳立てしてもらえんかなって思もて。」
「えっ?俺が?」
「俺じゃ無理なことは柏木君もわかっとろうが。」
 確かに今の緒方君だったら、いきなり日野さんの前に直立不動で立って、眼をつむったまま大声で告白しかねない。

「まあそうかもしれないけど。参ったなあ。俺だって彼女たちとは全く接点もないしなあ。」
「やり方は先生にお任せするけん、なあ、頼まれてくれんか。」
 彼はそう言うと私に頭を下げた。
「わかった。わかった。ちょっと考えてみるよ。少し時間をくれよな。」
 頭を上げた緒方君の顔は満面の笑顔だった。

 さてどうしたものかと私は思案した。先ずは彼女たちの情報収集だ。そのためには誰か地元出身者に当たってみるしかない。地元出身でこの手のことに向いていそうな人物はと考えて、すぐ頭に浮かんだのが、そう、大阪天徳寺高校出身のあのチャラい加瀬君だった。

 私はその日の授業が終わると早速加瀬君をつかまえて彼女たちについて尋ねてみた。緒方君も同席していたが、ヤツはいかにも自分は無関心という態で黙って聴き耳を立てていた。

『こいつめ。これは高い貸しになるぞ。』 
 私は腹の中で呟いた。

 しかし加瀬君の第一声は「出身高校も違うし何も知らない。」だった。頼みの綱が無くなったと思ったその矢先、加瀬君がつかつかと彼女たちのところに歩いて行った。すると何か身振り手振りを交えながら彼女たちと話し始めたではないか。しばらくして軽く手を挙げて会釈を交わしてこちらに戻って来た。

「柏木君、いろいろ聞いてきたで。えーとね。彼女たちは三人とも大阪の茨山高校出身の同級
 生仲間みたいやね。」

 無関心を装っていた緒方君は心なしか身をこちらに乗り出してきた。

「すごいな、加瀬君。びっくりしたよ。」
「別に何っちゅうこともないやろう。クラスメイトやねんから。」
「それにしてもすごい行動力だと思ってさ。」
「お褒めの言葉ありがとさん。そんでな、あの三人やけど、一番大柄でフリフリの洋服を着て
 いるのが栗林楓ちゃん、中背で目鼻立ちがハッキリしているのが神崎理恵ちゃん、一番小柄
 でショートカットの子が、えーっと、あ、そうや、日野雅子ちゃんやて。」

 私は彼女たちのほうを見ながら名前を確認した。すると彼女たちもこちらをじっと見つめ返してきた。バツが悪くなった私は、軽く手を振ってお辞儀をした。

「で、なになに。柏木君どの子が気になっとるん?」
「いや、まあ。ね・・・。」
「照れちゃって、このこの。まあ善は急げや。彼女たち誘ってみようやないか。ちょこっとお
 喋りするくらいなら大丈夫やろ。」

 私が返事をする間もなく、加瀬君はそう言うと再び彼女たちの所に向かい、またしても身振り手振りを交えながら何か喋り始めた。彼女たちは頭を寄せて相談しているようだった。しばらくして加瀬君がこちらに向かって大きく腕で「マル」を作った。

『あいつ、やりやがった。』 彼の大胆さには脱帽だ。

 急な展開に私は少々戸惑っていたが、緒方君は自然とこぼれる笑みを堪えるのに必死だった。
私じゃなくたって誰でも見ればわかる。こうして何だか良くわからないまま皆で御所前の公園へと向かった。先頭を歩く緒方君の足取りは、それはもう嬉々としたものだった。

 公園内の芝生に腰を下ろすと、加瀬君の仕切りで改めて自己紹介が始まった。私は北海道出身であること、高校時代はジャズ研でジャズを演奏していたことなどを簡単に話した。緒方君は名門鹿児島ラ・マーレ高校の出身であること、進学校にもかかわらず部活のサッカーに打ち込んで勉強はサッパリだったとモゴモゴ喋った。

 女性陣は皆大阪の茨山高校の出身で昔からの友達だという。三人の中では神崎理恵ちゃんが一番元気が良くハキハキしていて積極的、まさに大阪の女の子という感じだった。栗林楓ちゃんはその体格とは対照的に話す声は小さく、何ともフェミニンで恥ずかしがり屋だった。そして緒方君のお目当ての日野雅子ちゃんは、一番小柄でちょっと色黒のショートカットの女の子だった。彼女もあまり喋ることはなかったが、それは恥ずかしがってという風ではなかった。彼女の振る舞いや態度は、『私たち男どもに興味も関心も無い』という無言の意思表示のように私には見えた。しばらくとりとめもないお喋りをして、加瀬君のくだらないギャグやボケに笑った。そこはさすが大阪の女子、間髪入れぬツッコミもあり、その会話のキャッチボールの巧みさに私は感心した。
                                             
 予備校というところはこれまでの学校とは全くの別物だった。クラスという概念が乏しく、仲間意識を醸成するようなイベントなども一切無い。集まっていても目的は個人個人の学力向上。隣に座っている者は受験競争のライバルに他ならない。しかし人間というものはどうしたって、人と人との関係性の中に連帯感なり自分の居場所を求めてしまうものだ。同じ教室で時間と空間を共有していながら見知らぬ他人で居続けることなど、どだい無理な話というものだ。それは私だけでなく、皆同じような気持ちだったのだろう。ひょんなことが切っ掛けで気軽に話ができる友達ができたことを誰もが喜んでいるようだった。

 肝心の緒方君はというと、時折聞かれた質問に例のはにかんだ感じでぶっきら棒に答えるだけ。意中の日野雅子ちゃんと二人きりで話をするなどという高度な芸当などできるはずもなかった。一時間ほどお喋りをして解散となったが、下宿への帰り道緒方君は終始ご機嫌だった。

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