P.6

文字数 639文字

榛瑠は置いてあった器に視線を移す。

私はこのお嬢様が苦手だった。はっきり言えば嫌いだった。

なんというか、とても大事にされている人だ。週の半分、平日は夜だけしかいない主人に変わって、実質この屋敷の中心にいる人で、皆、一人娘のこの人に配慮して仕事をしている。

それはお嬢様だから当たり前なのだけれど、そのくせこの方はどうにも平凡なのだった。

お嬢様だからなにか特別であってほしい、と思うこと自体が勝手なのだろうとは思うのだけれど。

それにしても。

見た目も悪くはないが人目を引くほどではなく、頭もどうやら特に良いわけではないらしい。

センスも普通だし、これといった特技も聞いたことがない。

可もなく不可もない普通の少女だった。

私もそうだった。だから文句を言える筋合いではない。わかってはいるがそれでも見ていて苛立ちを覚える。

だって、あなた、この屋敷に住むお嬢様でしょう?大の大人を使う身でしょう?

そしてそんな彼女の一番近くにいるのは間違いなく、彼、だった。

榛瑠はイチゴの器を手に取ると一粒自分で食べる。一花様がそれを見ている。

「お嬢様、それは少し痛んでいたものですから、お嬢様には……」

私が言い終える前に榛瑠が一粒、一花様の口元に持っていく。彼女は嬉しそうに口にすると、美味しい、と言った。

「よければ残りあげるよ」

「ありがとう。でも榛瑠は?」

「食べた」

簡潔に榛瑠は答えた。彼は時々、彼女への言葉づかいが乱れる。基本的には丁寧なのだが徹しきれていない。

そこに彼の内面の複雑さを私は感じてしまうのだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み