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文字数 714文字

見た目や雰囲気から、もしやここのご子息かと最初は思ったが、お嬢様、という言い方で私はこの男の子がこの家の息子でないと察した。

榛瑠は私を厨房 に案内すると、一通り物の位置や使い方を説明してくれた。

あまりに詳しいため、そのことに驚くと彼は言った。

「たまに使わしてもらっているんです。これからもそうしたいのですが、よろしいですか?」

丁寧に言われて断る理由は何もなかった。

それから時々、榛瑠はここにくる。大概はお嬢様のためのおやつ作りだ。

これまた驚いたことにとても上手で、思わずパティシエでも目指しているのかと聞いたら、

「いいえ、お嬢様が甘いものが好きなので作っているだけです」

そう、彼は答えた。

たまに、勝手に自分用に飲み物などを作ったりもしているが、そんな時は私がいればいっしょに作って出してくれて、それがまた美味しい。

それを褒めると、僅かに嬉しそうに頬を緩めるのだった。

彼は、私の前では柔和で口数の少ない物静かな男の子に見えたが、他の人の前では違う面を見せた。

17歳という年齢の割には、あるいは逆にそのためか、つかみにくい子だった。

「ねえ、榛瑠くん、ちょっと味見してくれない?」

榛瑠は持っていた器を置くとコンロのところまでやってきた。

大きな鍋を覗き込んで、待って、と言って着ていた白いカッターシャツの袖をまくった。

彼はいつも白いシャツに黒いパンツ姿だった。それか、学園の制服。

最初はこういった格好が好きなのかと思ったが、そういうわけでもないらしかった。

嶋さんから自室以外ではきちんとした襟付きの服を着るように、と言われているらしい。

いってみれば、この家での彼の制服あるいは作業着であり、つまり、ここは彼にとって自宅ではないのだった。
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