第3話

文字数 2,053文字

 全身に感じるのは、硬く不快な地面だった。
 ここは、どこだ。少なくともいつもの暖かくふかふかなベッドで目覚めているわけではないことは理解する。冷たく、投げやりなほど粗末な地面。野外のような、独特な匂いが鼻につく。ここは恐らく、自室のベッドではない。
 恐怖する。目を開けてしまっては、恐ろしい現実が確定しまう様な気がしたのだ。己の目で観測することで、確定してしまうような気がしたのだ。まるでテスト返しまで、テストを受け取るその時まで、テストの点数がまだ確定しないかのような思い込み。シュレディンガーの猫みたいな妄想。でも、目を瞑る自分自身すら現実の中に居て、結局既に現実は確定している。愚かな逃避でしかない。
 理性で瞼を開く。真っ暗。当たり前である。僕は今うつぶせになっている。腕に力を入れて、体を起こした。

 視界に入ったのは段ボールが積み重なり、仕分けのためのベルトコンベアが中央にて永遠と伸びてゆき各々の仕分けエリア担当のトラックへと左右へ分岐していく、そんな古びた倉庫であった。

 !?
 全く見覚えのない視界に頭が混乱する。なぜ僕はここにいるのだ。というかこの宅配倉庫のような空間に全く見覚えがない。加えてここには、誰一人人が居なかった。地球から人類が僕を残して消え去ってしまったかのようなほどの奇妙な静けさがここにはあった。
 どうやら倉庫の右左の両サイドはシャッターが開かれているようで、野外の様子が露出していた。所々には運送のためと見られるトラックが所々に野外で駐車しているのがわかる。そしてなにより、外は既に暗く、僕がいる階が地上階ではなく結構高い階に位置するようであることは理解できた。
 「なんで?そもそもここはどこなんだ?」
 僕は呟いた。もしかして、誘拐?ここは全くの無人である。どこかの廃倉庫にでも連れてこられたか。しかしそれは明らかに違う。つい先ほどまでここでは仕分け作業に従ずる人々が仕事を行っていたかのように、ベルトコンベアには段ボールが載っている。加えて両サイドに停められているトラックには中途半端に荷物が載っている。複数の人々がつい先ほどまでここにいて、休憩のために一時的に離れているかのような、そんな様相であった。
 「どうなってんだ….。ヒャッ!」
 ボヤキながら、後ろに手を置いた僕はむにゃむにゃとした感触を感知した。柔らかい!まるで人肌のようで、いや人肌そのもののような…?断続的な奇怪に僕はすっかりおびえ切っていた。
 恐る恐る、手をついた柔らかいモノを確かめるために首を後ろに向けた。まるでゴキブリを手につかんでしまったかのような悪寒が僕の背中には走っていた。

 そこにあったのは、女の子であった。僕は彼女の顔に手を置いていた。女の子は少し前の僕のように気を失っているようで、冷たい地面に仰向けになっていた。

 反射的に手を放す。え?おんなのこ?いや、この娘は見たことがある。あれは確か…。
 僕は思い出した。気を失う直前に、僕は高校の階段から落ちたのだ。そして落ちながら最後に見たあれは。あの女の子はまさに今ここに倒れている娘だ。
 さらに僕の中で疑問が拡大する。何故高校の階段から落ちて、この無人倉庫にて目覚めるのだ?現状僕の脳ではその答えを見つけることは確実にできないと思われた。
 「まぁ、僕と同じ高校の生徒だもんな。」
 倒れている少女を僕は観察していた。彼女は僕の高校の女子制服を着用していた。顔はショートボブにぱっちりとした2重瞼で、顔のラインはシュッと引き締まっている。透明感を感じさせるような、純粋で着飾らないながら美しい容貌がそこにあった。僕は彼女のその顔に、既視感を感じていた。どこかで見たようで見ていない。身近にいる人に似ているような、似ていないような、奇妙な親近感を感じていた。

 「ん。」
 どうやら僕が手を顔に押し付けた事が原因で、女の子は目を覚ましたらしい。その大きな瞳をぱっちりと開きながら、ここがどこかを懸命に探るためきょろきょろしている。
 「ファッ!」
 彼女は僕を見るなり大声を上げた。
 「うぇっ。ここ、ここどこですか!」
 声を震わせながら彼女は言った。見知らぬ倉庫、そして自分を覗く見知らぬ男。警戒して当然と言えば当然だ。
 「落ち着いて。僕も気づいたらここにいたんだ。名前を言えるかい?」
 ひとまず僕は名前を聞いてみることにした。
 「えっと。えっと。な、名前。え?わかんない!名前、思い出せない!」
 涙目になりながら彼女は答えた。少しは予想していた。ここで目が覚める前の最後の記憶では落ち行く僕の視界にて共に落ち行く彼女が見えていた。恐らく…。恐らく彼女は僕の背後にいて、落下する僕の巻き添えになったのだろう。僕のようなある程度重みのある男子高校生がのしかかって階段の踊り場に全身を強打してしまえば、多分記憶喪失の一つは起こしてもおかしくない。なんてこった!女子を僕のせいで記憶喪失にさせちまった!襲ってくる罪悪感に僕は、今すぐ逃げ出したくなっていた。
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登場人物紹介

黒井啓司

身長182

18歳

 主人公。受験を控えている高3。やや考えすぎる性格。論理的思考が得意。老け顔。もともと、ハードなぶつかり合いのあるとある運動部に所属していたのもあり筋肉量と体力は秀でる。好物は肉料理。

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