第五部「望郷の鏡の中へ」第2話(完全版)
文字数 10,695文字
平日。
麻美 はその日に決行した。
偽物の父は仕事。偽物の弟は学校。
偽物の母が一方的に会話を進めるいつものお昼の時間が終わり、その母は買い物に出かけた。
家には自分だけ。
財布には決してお金は多くない。
片道分の旅費にしかならないかもしれない。往復出来たとしてもギリギリ。
それでも良かった。
──……私は〝本当の家〟に帰りたい…………
夢なら早く醒めてほしいと思いながらすでに半年近く。
〝ニセモノ〟の世界で生き続けることに、麻美 は疲れていた。
地図はスマートフォンで分かる。駅までは歩けない距離ではない。しかし駅から新幹線を使うほどのお金は無い。二つも隣の県に行くには在来線を何度か乗り換えるしかなかった。
それでも帰りたかった。
──〝ホンモノ〟の家族に会いたい…………
最初にアパートに向かう。
僅かに陽が傾きかけていた。
アパートの近くの駅。いつも使っていた懐かしい場所だった。何も変わってはいない。周囲のお店もそのまま。
いつも歩いてアパートまで帰っていた時を思い出す。
総てが懐かしかった。
何も変わってなどいない。
やはり麻美 の知っている世界は存在する。
夢でもSFでもファンタジーでもない。
懐かしい景色を抜けている間に、いつの間にか早る気持ちを足が加速する。
そして、そのアパートは、あの時と何も変わらずにそこにあった。
外の二階への階段を登る。
一番奥の角部屋。
表札はあるが、自分の名前は書いていない。若い女性の一人暮らしの多いこのアパートでは、ほとんどの部屋が表札は空欄のまま。
しかし鍵は無い。
──……私がいるかどうか……せめて確かめられたら…………
恐る恐る、扉のノブを回す。
当然のように鍵がかかっていた。
ドアの横には台所の曇りガラス。
違和感があった。
──……見覚えのないカーテン…………
途端にそこが、全く知らない場所のような気さえしてくる。
麻美 は階段を駆け降りていた。
一階に設置されていた、それぞれのドアとは別の集合ポスト。
麻美 が何度も開けた〝203号室〟を開くと、そこにはいくつもの封筒とチラシ。
──私がいなかったから溜まってるの?
しかし封筒に書かれていた宛名は、見知らぬ男性の名前。
麻美 の名前はどこにもない。
そして、そこから駅までの道のりはあまり覚えていない。
実家近くの駅に到着するまで、様々な考えが頭をめぐる。
──……ホントの私は……きっと実家に帰ったんだ…………何かあったんだ…………
──…………病気でもしたの…………?
その駅も懐かしい光景に埋め尽くされていた。
しかし気持ちはザワついたまま。
でも、確かに麻美 はその光景を知っていた。懐かしさもある。実家近くのバス停までの路線も覚えている。さらにはバスの駅からの運賃まで覚えていた。
懐かしいバス停に降りた。
やはり知っている景色がそこには広がっていた。
だいぶ傾いてきた夕陽に背中を押されるように、まっすぐ、麻美 は実家を目指していた。
新興住宅地。麻美 が産まれてから両親が建てた新築の家。
リビングの大きな窓から灯りが漏れていた。
カーテンには人影。
見間違うはずもない。
──……お母さん…………
足が動きかけた時、玄関の方向から懐かしい声。
「ただいまー」
妹の声。聞き間違うはずがない。
その姿が一瞬視界に入った直後、その背後の父の姿に足が動く。
──…………みんな………………
そして、その視界にカーブミラーが映った時、足が止まった。
──……そっか…………私は……麻美 じゃない…………
──…………私の体は沙耶香 …………どうせ分かってはもらえない…………
──……〝ホント〟の私はどこに行ったの…………?
麻美 は実家に背を向けていた。
そして、涙が零れた。
──……もし……私じゃない私がいるなら…………
スマートフォンには大量の着信履歴。
わざとバイブモードをオフにしてマナーモードにしていた。
それは〝母親〟からの着信。
──…………〝麻美 〟は……………………幸せかな……………………
駅で再びかかってきた電話に、麻美 は応答ボタンをタップする。
「……うん……大丈夫…………これから帰るから……少し遅くなるけど…………心配かけてごめんね…………お母さん…………」
麻美 は、駅前のベンチに崩れ落ちるように腰を降ろしていた。
やはり、涙が止まらない。
☆
「ごめんね。もちろんまだ話を受けたわけじゃないよ」
そう言って咲恵 はバスローブ姿のままソファーに深く体を沈める。そして手にしていたピルスナーグラスを二つ、目の前のテーブルに置いた。
隣には咲恵 と暮らすようなってから早番勤務に切り替えていた萌江 が、やはりバスローブ姿で言葉を返した。
「確かに面白い話だね…………」
咲恵 が缶ビールの栓を開け、グラスに注ぎながら応える。
「萌江 はどう思うのかなって、興味があってさ…………お疲れ」
咲恵 が笑顔で萌江 にグラスを渡す。
「お疲れ」
萌江 も笑顔で返した。
咲恵 はこの時、自分の指が萌江 の指に触れる瞬間が好きだった。指が触れるだけで体の中に何かが湧き上がる。そんな感覚を味合わせてくれたのは萌江 だけだった。
この頃には、萌江 は手を繋ぐくらいでは感情が流れ込まないようにコントロールすることが出来ていた。もちろんそれがどういうものかまでは咲恵 には分からなかったが、萌江 のその気持ちが嬉しかった。
咲恵 にとっては、萌江 は手を繋ぐことと幸せを結びつけてくれた初めての人。
そのためか、咲恵 は萌江 と手を繋ぎたがった。その日もやはり左手でグラスを持ち、自分の右側に座る萌江 のために右手を空ける。萌江 もそれに気付いたのか、左手に持っていたグラスを右手に持ち直すと、さりげなくソファーに手を下ろす。そしてお互いにさりげなく手を繋いだ。
例えこの後ベッドの上で肌を合わせても、そのまま眠ることは出来ない。お互いに必ずバスローブを着てから寝ていた。触れる肌の面積が多ければ多いほど、やはりまだ咲恵 の能力が二人を邪魔する。
それでも、せめて手を繋いでいられるようにしてくれた萌江 の気持ちが咲恵 には嬉しかった。
「つまり、奥さんのお姉さんが自殺した直後から、奥さんがおかしくなったってこと?」
そう言った萌江 に咲恵 が返していく。
「うん。つまりは取り憑 かれたって思ってるみたい。自分でお姉さんの名前を名乗ってるらしいよ」
「今までお祓 いとかは?」
「けっこうやったみたい…………しかもちゃんとした神社とお寺にお祓 いしてもらっても効果無し。何も変わらなかったんだってさ…………何か引っかからない?」
すると萌江 はグラスのビールを呑み干して応えた。
「色々と引っかかるね」
ほんの少しだけ、その目付きが変化する。
それに気が付きながらも、その萌江 のグラスにビールを注ぎながら咲恵 が続けた。
「……その社長さん…………なんだか裏がありそう…………」
「叩けば埃 が舞い上がりそうだ」
「お金も払うってよ。さすがに幾らかまでは聞かなかったけど」
「乗った」
「分かった。アポ取る」
「最初はカラオケボックスで話を聞くことになるね。その社長さんの希望で。その後、二回…………その人のマンションに行くことになる」
「さすが…………やっぱり、幽霊じゃないんでしょ?」
そう聞く咲恵 の口角が上がる。
すると、その咲恵 に顔を向けた萌江 も口元に笑みを浮かべて応えていた。
「100%ね」
☆
その日、萌江 と咲恵 は休みを合わせた。
午後の三時に満田 と駅前の喫茶店で待ち合わせる。
そこは今回の依頼者である中牟田俊夫 の指定した駅だった。
同じ店の常連とはいえ、まだ萌江 は満田 と会ったことがない。その顔合わせも含め、少し早い時間に三人で会うことを提案したのは満田 だった。
「みつだ……さん?」
テーブルの上にコーヒーの香りが漂う中、渡された名刺を見ながら萌江 がそう口を開くと、満田 はすぐに返していた。
「みつ……た、です。よく間違われるんですよ」
そう言って笑顔を向ける満田 は決して印象の悪い男ではない。硬い職業の割には柔らかい物腰だった。
しかし、その目の鋭さは萌江 を身構えさせた。
少なくとも、萌江 からはすでに〝ただのおじさん〟という見られ方をしてはいない。敵でないことは肌感で理解出来たが、何かが引っかかる。
「失礼しました。で、お話はある程度伺ってはいたんですが…………」
そう言う萌江 に、満田 は話を切り出す。
「最近よく聞くようになったIT系ベンチャー企業って言うんですかね。小さいとは言ってもウチの取引先の会社でして、そこの社長さんなんですよ。確かまだ年齢は三〇ちょっとだったと思いましたが」
「そこの奥さんが…………」
「呪 われている────と言っても私もまだ見たわけではありませんが…………そもそも私はそういうことには詳しくありませんからね。ただ…………最近はその影響なのか……会社の業績もあまり芳 しくありませんで…………まあ関係あるかどうかは分かりませんが、会社のこととなると私も相談役みたいな立ち回りもありますので…………」
「いえ、関係あると思いますよ」
そう応えた萌江 は、コーヒーを一口飲んでから続ける。
「せっかくの取引先…………小さい会社と言っても、無くなっては満田 さんも困るでしょうし」
「……助かります」
「でも、私たちなりの解決の仕方になりますよ」
「というと…………」
そう聞き返し、さらに満田 の目が鋭くなった直後。
中牟田俊夫 が駆けつけた。
「満田 さん……お世話様です…………今日はわざわざ…………」
シワだらけのYシャツ、落ち着きのない怯えた仕草。目の下のクマから、困っていることが事実なのはすぐに分かった。
満田 は慌てて腰を上げる。
「そんなに疲れた顔して、どうしたんですか…………お仕事のほうは…………」
「最近は休んだままで…………」
そう応えた俊夫 は萌江 と咲恵 に目をやりながらも、挨拶もそこそこに口を開く。
「近くにカラオケボックスがあります…………そこに移動してはダメでしょうか…………」
「それは構いませんが…………」
困惑した表情で満田 が萌江 と咲恵 に視線を送ると、二人は同時に立ち上がった。そしてその表情に余裕があるのは満田 にも感じられた。
カラオケボックスに移動すると、形だけの挨拶の後、すぐに俊夫 が言葉を吐き出した。
「妻の涼子 がおかしくなったのは、涼子 の姉が自殺をしてから一週間も経っていなかったと思います…………一ヶ月くらい前になりますか…………」
目の前のコーヒーに口をつけることもしないまま、俊夫 は視線を落としたまま話し続ける。
「姉の名前は未来 と言います。涼子 は突然、自分を未来 だと言い始めて…………私に暴言を吐くようになりました…………人が変わったように態度が悪くなって…………奇声を上げたり物を投げたり…………神社とお寺に何度もお祓 いを頼みました。来てくれた所もありますし、こっちから行った所もあります…………何も良くなりません…………お願いです……お金は払いますから…………なんとか…………」
俊夫 はそう言うと深々と頭を下げた。
「何か…………」
そうゆっくりと口を開いた萌江 が続ける。
「奥さんが知らないはずのことを…………口にされていませんか?」
すると、僅かに顔を上げた俊夫 は、すぐにまた視線を落とす。
「……どうでしたかね…………そこまでは…………」
「例えば、あなたと、その未来さんしか知らないこととか…………」
──……もう何か見えてるの…………?
咲恵 がそう思った時、次の俊夫 の言葉はどこかぎこちない。
「いや…………まさかそんなことは────」
「お祓 いをされたとおっしゃっていましたが、いかがでした? 本当にお祓 いだけでした?」
「……えっと…………」
目を伏せたままでも、明らかに俊夫 は動揺し始めていた。
「〝祓 うだけじゃない〟と言われませんでしたか? お寺のお坊さんでも神社の宮司さんでも、ただお祓 いだけをするってことはないんですよ。必ずその前後で〝人が正しく生きていくための道筋〟を説明するはずです。つまり、お祓 いだけではダメだと言ってるんです。お祓 いをすることで気持ちを新たに生きていく…………もしも何か後ろめたいことがあるなら、それを悔い改めなさいと言ってる。それが一番の〝お祓 い〟だということを、あの人たちも分かってやってるんです」
俊夫 は未 だ顔を上げようとしない。
その雰囲気の中で、萌江 の言葉を一番真剣に聞いていたのは、意外にも満田 だった。
萌江 の言葉が続く。
「それが宗教なんです。人々に正しい道を示すために生まれたもの。だからこそ宗教は形を変えながらも必要とされてきた。そのために神や仏が必要だっただけ。天国も地獄も説法 のため。人を導くためのもの…………その中身は何も間違ってはいない。本当に存在するかどうかではないんです。あなたはその言葉を真剣に聞いていなかった…………お祓 いが終わればそれでいいと思っていた…………」
萌江 は立ち上がって続けた。
「私は99.9%神も仏も幽霊も信じない能力者…………それでも宗教は人間にとって必要なものだったと信じてる…………奥さんの所に案内して…………」
☆
部屋の中は玄関からゴミが散乱している有様だった。
もちろん玄関先の靴は揃えられてなどいない。窓もしばらく開けられていないのか、入ってすぐに埃 っぽいのが感じられるほど。開け閉めをする玄関でこれでは部屋はもっと酷い状態であることが伺えた。
寝室に行くと、そこはカーテンも閉じられたままの薄暗い部屋。
ベッドの脇にパジャマ姿でうずくまる人影。
涼子 の姿。
それは誰から見ても痛々しいほど。
周囲には埃 とゴミ。お弁当やお惣菜の食べかけのパックも無造作に転がる。おそらくはしばらく着替えもしていないのであろう。涼子 の黒かったであろう髪の毛は明らかにシャワーすら浴びていないことが分かった。
その涼子 の目は見開かれていた。
床の一点を見つめ、絶えず小さく何かを呟いている。
萌江 は咲恵 に視線を配った。
すると咲恵 が素早く動く。
台所に行った咲恵 は戸棚や引き出しを開け始めた。お洒落なキッチングッズが並ぶ。しかもよく整理されていた。
──……綺麗好きで料理好きな奥さんだったのに…………
「俊夫 さん。カーテン開けて」
そう指示を飛ばしたのは萌江 だった。
あたふたとする俊夫 に、萌江 の声が飛ぶ。
「早く!」
慌てて俊夫 がカーテンを開けると、強い日差しが入り込んだ。同時に陽の光に照らされた埃 が部屋全体に浮かび上がる。
「窓も開けて! 風の通りが良くなるように対角線上の窓も! この家は人を迎え入れるのに掃除もしないのか!」
その気迫に押されたのか、いつの間にか満田 も動いていた。
さらに萌江 の声は続いた。
「奥さんのパジャマ、替えはあるんでしょ。それと下着も出してあげて。布団のシーツと枕カバーも!」
そして咲恵 が戻る。
手には透明なゴミ袋の束と小さな箱。
「いけるよ」
その咲恵 の声に、萌江 が声を落として返す。
「ごめん咲恵 ……こっちはなんとかするから…………その、奥さんをシャワーに…………」
「大丈夫」
咲恵 は手にしていた箱を見せて続けた。
「こんな物見つけたから任せて」
それは料理用の半透明な手袋だった。これがあれば、完全にとは言わないが咲恵 の能力を抑えることが出来るだろう。
「でも〝見えた〟ほうがいいものもあるはず…………」
初めて、咲恵 は自分から他人の気持ちの奥底を見ようとしていた。
その咲恵 が、覚悟をした目で続ける。
「掃除にも使って。ここは萌江 が指示を出さなきゃダメ。私じゃ手に負えない」
「分かった。今着替えを…………」
そこに、俊夫 が無言でパジャマと下着を差し出す。
僅かにその目は震え、潤 んでさえいた。
咲恵 はそれを受け取ると、小さく頷き、素早く涼子 の元へ駆け寄って声をかけていた。
「さあ涼子 さん、シャワー浴びましょうか…………」
咲恵 が促 すと、不思議なほどに涼子 は素直に立ち上がる。その二人がお風呂場に入ったのを見届けると、萌江 が叫んだ。
「さ、春の大掃除だよ! ゴミをまとめたら掃除機出して!」
☆
ベッドのシーツ、タオルケットから枕カバーまでを新しくし、マットとカバーには消臭スプレーをかけ、体を綺麗にした涼子 を寝かせた。
シャワーを浴びたことで気持ちがいくらかでも楽になったのか、落ち着いて眠りに落ちていた。
当然のようにあちこち服を濡らした咲恵 にすかさず声を掛けるのは満田 。
「咲恵 ちゃんごめん…………後でクリーニング代は出すから」
咲恵 は満面の笑みで返した。
「大丈夫。涼しい風が通ってるからすぐに乾くよ」
そして、咲恵 が萌江 に耳打ちをする。
すると、呆然と床に座り込む俊夫 に、萌江 が声を掛けた。
「俊夫 さん…………涼子 さんのお財布はそこのハンドバックの中?」
「えっと…………多分…………」
「とってもらえる? お財布だけでいいよ」
俊夫 から長財布を受け取った萌江 は、すぐさま名刺ホルダーから何枚もの名刺やカード類を引っ張り出す。すぐに財布を俊夫 に返すと、一枚の名刺を見付ける。
それを見た咲恵 が声を上げた。
「あ、それだ」
萌江 はそれ以外のカード類を俊夫 に返して言った。
「この名刺だけもらうよ────で、満田 さん」
そう言うと満田 の側に駆け寄って小声で囁 いていた。
「ここ…………連絡取れない? 情報流してもらえないかな」
しかしその名刺を見た満田 はすぐに顔を曇らせて返した。
「しかし……こういう所は守秘義務 もあるでしょうし…………」
そう言って煮え切らない満田 に、萌江 は口元に笑みを浮かべて応える。
「ウソも方便 …………未来 さんの自殺が〝ここ〟のせいじゃないかと疑われてるってことにしてさ。私たちより満田 さんのほうが怪しまれない…………報酬の一割は満田 さんで、どう?」
「……一割……ですか……」
「じゃ二割で。よろしく」
その名刺は興信所の名刺だった。
そしてその名刺が財布に入っていることに気が付いたのは咲恵 。
萌江 が咲恵 にシャワーを担当させたのには意味があってのことであり、咲恵 もそれに気が付いていた。
いつの間にか、それぞれが役割を振り分けられていく。
☆
そして二日後。
三人は満田 の仕入れた情報を手に、再びそのマンションを訪れる。
部屋はあれからそれほど散らかってはいなかった。
また怒鳴られると思ったのか、窓もカーテンも開けられたまま。
前回訪れた時とは見違えるような空気の変化。
リビングとドア一枚隔てただけの寝室で涼子 が静かに寝ているのを確認した萌江 は、リビングのソファーに腰を下ろした。向かいのソファーには俊夫 。すぐ近くのダイニングテーブルには咲恵 と満田 。
萌江 は俊夫 との間のテーブルに、静かに一枚の名刺を置いた。
それは涼子 の財布に入っていた興信所の名刺だった。
そしてゆっくり口を開く。
「俊夫 さんはもちろん知らなかったでしょうけど、奥さんはここに…………仕事を依頼してたの」
俊夫 は視線を落としたまま。決して萌江 と目を合わせようとはしない。
「そして、そこから出てきたのが────」
萌江 は足元に置いた自分のサッチェルバッグから分厚い封筒を取り出すと、その中身をテーブルの上に置いて続けた。
「あなたと未来 さんの、浮気の記録」
俊夫 は何も応えないまま、身動き一つしない。
「あなたが結婚してから三年も続いてたのね…………でもその前からでしょ。それなのに突然未来 さんから別れ話を切り出された。そして未来 さんはすぐに結婚。遊びだったと思ったあなたは、その腹いせに妹の涼子 さんに近付いて結婚。それでも諦められずにズルズルと関係を続けてた」
「…………なんでそんなことまで……」
俊夫 の小さな声が挟まる。
萌江 はすぐに返した。
「だって、調べられてた側の未来 さんが全部興信所に話しちゃったんだもん。自分の旦那さんに浮気がバレた後でね。興信所としては失敗したって思ったみたいだけど、未来さんは積極的に話してくれたらしいの。旦那さんにあなたのことを秘密にする条件でね……そして浮気の相手があなただと旦那さんにバレる前に、未来 さんは自殺した。だから、あなただとは、向こうにはバレていない。分かる? 未来 さんはあなたを守ったんだよ…………会社を起こしたばかりのあなたを守ったの……未来 さんは親の指示で結婚させられただけ……逆らえなかった…………だからあなたと別れたの…………」
俊夫 の肩が震え始めた。
その俊夫 の嗚咽 のような小さな声が聞こえ始める中、萌江 が続ける。
「未来 さんと涼子 さんの家って、それなりの家でしょ? あなただって会社の社長って肩書きが無ければ涼子 さんと結婚なんか出来なかった。未来 さんの旦那だってかなりの家…………知ってるでしょ? バレたらあなたは社会的に終わる…………未来 さんはそれを守った…………」
空気が張り詰めた。
俊夫 の嗚咽 だけが周囲に溶け込んでいく中で、萌江 の言葉だけが繋がっていく。
「興信所に妹の涼子 さんへのメッセージを託していたそうよ…………興信所もまさか自殺するとは思わなかったみたいだけど…………あなたは恨 まれてなんかいない…………未来 さんは死んでもあなたを愛し続けた……なんでそんな人が恨 んで出てくるのよ」
俊夫 がテーブルに泣き崩れた。
萌江 の言葉は続く。
「涼子 さんの口から知らないはずのことが出てきたのは、興信所からの定期的な報告で涼子 さんがそれを知っていたから…………悔しかったんでしょうね。姉の未来 さんのことも恨 んでたはずだよ…………でも、未来 さんの自殺騒ぎで、まだ涼子 さんに渡っていなかった報告書がある…………自殺の三日前、一泊の温泉旅行に行ったでしょ? あなたは躊躇 したけど未来 さんがどうしてもって行きたがった。もう覚悟してたのかもね。涼子 さんには出張だって言ったんでしょ…………だから、そのことは涼子 さんは知らない…………」
その時、俊夫 の背後────寝室のドアが開いた。
呆然と立ち尽くす涼子 がそこにいた。
涼子 はゆっくりと俊夫 の後ろに歩み寄る。
俊夫 は震えながら振り返った。
「……涼子 …………」
すると、すぐに涼子 の言葉が返ってきた。
「やめてよ…………あなたが騙 してる〝妹〟の名前なんて…………」
その涼子 に声をかけたのは、萌江 だった。
「〝未来 さん〟…………俊夫 さんと一泊で温泉旅行に行ったのって、いつか覚えてますか?」
「……温泉旅行? いつ? そんな……一泊旅行なんてことしたら、涼子 にバレるかもしれないもの…………行ってみたいけど…………」
「そうですか…………かなりの覚悟がないと行けなかったですよね…………」
萌江 は首の後ろに手を回した。ネックレスを外すと左手の中指にチェーンを絡めてぶら下がる水晶を握る。
そして、立ち上がる。
涼子 の隣に立つと、左の掌 を広げて水晶を涼子 の額へ当てる。
「未来 さんからのメッセージを伝えます…………〝私の分も俊夫 さんを愛してあげて…………二人なら必ず幸せになれる…………俊夫 さんはもう二度と涼子 を裏切らない…………〟」
すると突然、涼子 の体の力が抜けた。
「涼子 !」
俊夫 が声を上げて駆け寄った。
倒れかけたその体を支えた萌江 が口を開く。
「俊夫 さん、後は任せる」
萌江 は俊夫 に涼子 の体を預けてから続けた。
「目が覚めるとスッキリしてると思うよ。自己催眠 は解けた。もう未来 さんは姿を現さない…………でも忘れないで。たとえ未来 さんへの気持ちが本物だったとしても、あなたの涼子 さんへの裏切りが消えるわけじゃない。でもそうなった理由はさっきの資料に総て書いてある。どんな理由があったとしても、あなたはその重荷を背負ったままこれから生きていくの。でも未来 さんからのメッセージは…………涼子 さんの頭に刻んでおいた。これで涼子 さんはお姉さんを信じることが出来る…………だからもう大丈夫。あとは俊夫 さんしだいだよ」
俊夫 は、顔を上げた。
そして、初めて萌江 の目を見た。
それに萌江 は笑顔で応える。
「うん。いい目だ。その目を見たかったよ」
☆
すでに陽が傾きかけていた。
満田 の運転する車の後部座席で、萌江 は黙って外を見続けた。所々の灯りが少しずつ点灯していく光景に、夜の空気の匂いを感じる時間。
萌江 も咲恵 も、好きな時間だった。
それでも萌江 の横顔からは疲れが見えた。咲恵 は無意識の内に心配そうな目を向けていたが、不意に顔を回した萌江のその目に、咲恵 はハッとする。
やはり疲れた目。
「……大丈夫?」
そう声をかける咲恵 に、萌江 は笑顔を浮かべて手を伸ばすと、咲恵 の手を掴んで小さく頷 く。
その姿に咲恵 も笑顔を浮かべた。
そこに車を運転しながらの満田 の声。
「お見事でした。二人には感服しましたよ。これからは気軽に〝咲恵 ちゃん〟なんて呼べなくなるね」
すると顔を前に向けた咲恵 がすぐに返した。
「やめてよ。私はただのスナックのおばちゃんなんだから」
そこに萌江 が挟まる。
「こんな可愛いおばちゃんなんか見たことないよ」
すると、満田 が後部座席に分厚い封筒を差し出す。
「何?」
そう言って受け取った咲恵 が中を見て声を上げた。
「ちょっと!」
覗き込んだ萌江 も声を上げた。
「いい仕事だねえ」
そして満田 が応える。
「さっき玄関先で渡されましたよ。私は一割だけでいいので」
「みっちゃんは二割って言ったでしょ」
「みっちゃんはちょっと…………」
「だって間違って〝みつだ〟って言いそうになるんだもん」
「いや……しかし…………」
「じゃ、みっちゃんは二割ね」
「一割でいいですよ。その代わり、もう一つ仕事を受けてはもらえませんかねえ…………」
直後の萌江 の目付きが変わったのを、咲恵 は見逃さなかった。
その萌江 が声のトーンを落とす。
「んー…………みっちゃんで良ければ」
「善処 します」
すると、すぐに萌江 の目付きが元に戻った。
「ちなみにさっきの社長さんのところの会社…………これから伸びるよ」
「……ほう…………」
「みっちゃんも忙しくなるねえ」
「結構ですな」
その年、咲恵 が自分の店を持つまではそれほど時間が掛からなかった。
お金の流れは、もちろん満田 が手を回すことで、それなりに処理されていく。
「かなざくらの古屋敷」
〜 第五部「望郷の鏡の中へ」第3話(完全版)
(第五部最終話)へつづく 〜
偽物の父は仕事。偽物の弟は学校。
偽物の母が一方的に会話を進めるいつものお昼の時間が終わり、その母は買い物に出かけた。
家には自分だけ。
財布には決してお金は多くない。
片道分の旅費にしかならないかもしれない。往復出来たとしてもギリギリ。
それでも良かった。
──……私は〝本当の家〟に帰りたい…………
夢なら早く醒めてほしいと思いながらすでに半年近く。
〝ニセモノ〟の世界で生き続けることに、
地図はスマートフォンで分かる。駅までは歩けない距離ではない。しかし駅から新幹線を使うほどのお金は無い。二つも隣の県に行くには在来線を何度か乗り換えるしかなかった。
それでも帰りたかった。
──〝ホンモノ〟の家族に会いたい…………
最初にアパートに向かう。
僅かに陽が傾きかけていた。
アパートの近くの駅。いつも使っていた懐かしい場所だった。何も変わってはいない。周囲のお店もそのまま。
いつも歩いてアパートまで帰っていた時を思い出す。
総てが懐かしかった。
何も変わってなどいない。
やはり
夢でもSFでもファンタジーでもない。
懐かしい景色を抜けている間に、いつの間にか早る気持ちを足が加速する。
そして、そのアパートは、あの時と何も変わらずにそこにあった。
外の二階への階段を登る。
一番奥の角部屋。
表札はあるが、自分の名前は書いていない。若い女性の一人暮らしの多いこのアパートでは、ほとんどの部屋が表札は空欄のまま。
しかし鍵は無い。
──……私がいるかどうか……せめて確かめられたら…………
恐る恐る、扉のノブを回す。
当然のように鍵がかかっていた。
ドアの横には台所の曇りガラス。
違和感があった。
──……見覚えのないカーテン…………
途端にそこが、全く知らない場所のような気さえしてくる。
一階に設置されていた、それぞれのドアとは別の集合ポスト。
──私がいなかったから溜まってるの?
しかし封筒に書かれていた宛名は、見知らぬ男性の名前。
そして、そこから駅までの道のりはあまり覚えていない。
実家近くの駅に到着するまで、様々な考えが頭をめぐる。
──……ホントの私は……きっと実家に帰ったんだ…………何かあったんだ…………
──…………病気でもしたの…………?
その駅も懐かしい光景に埋め尽くされていた。
しかし気持ちはザワついたまま。
でも、確かに
懐かしいバス停に降りた。
やはり知っている景色がそこには広がっていた。
だいぶ傾いてきた夕陽に背中を押されるように、まっすぐ、
新興住宅地。
リビングの大きな窓から灯りが漏れていた。
カーテンには人影。
見間違うはずもない。
──……お母さん…………
足が動きかけた時、玄関の方向から懐かしい声。
「ただいまー」
妹の声。聞き間違うはずがない。
その姿が一瞬視界に入った直後、その背後の父の姿に足が動く。
──…………みんな………………
そして、その視界にカーブミラーが映った時、足が止まった。
──……そっか…………私は……
──…………私の体は
──……〝ホント〟の私はどこに行ったの…………?
そして、涙が零れた。
──……もし……私じゃない私がいるなら…………
スマートフォンには大量の着信履歴。
わざとバイブモードをオフにしてマナーモードにしていた。
それは〝母親〟からの着信。
──…………〝
駅で再びかかってきた電話に、
「……うん……大丈夫…………これから帰るから……少し遅くなるけど…………心配かけてごめんね…………お母さん…………」
やはり、涙が止まらない。
☆
「ごめんね。もちろんまだ話を受けたわけじゃないよ」
そう言って
隣には
「確かに面白い話だね…………」
「
「お疲れ」
この頃には、
そのためか、
例えこの後ベッドの上で肌を合わせても、そのまま眠ることは出来ない。お互いに必ずバスローブを着てから寝ていた。触れる肌の面積が多ければ多いほど、やはりまだ
それでも、せめて手を繋いでいられるようにしてくれた
「つまり、奥さんのお姉さんが自殺した直後から、奥さんがおかしくなったってこと?」
そう言った
「うん。つまりは取り
「今までお
「けっこうやったみたい…………しかもちゃんとした神社とお寺にお
すると
「色々と引っかかるね」
ほんの少しだけ、その目付きが変化する。
それに気が付きながらも、その
「……その社長さん…………なんだか裏がありそう…………」
「叩けば
「お金も払うってよ。さすがに幾らかまでは聞かなかったけど」
「乗った」
「分かった。アポ取る」
「最初はカラオケボックスで話を聞くことになるね。その社長さんの希望で。その後、二回…………その人のマンションに行くことになる」
「さすが…………やっぱり、幽霊じゃないんでしょ?」
そう聞く
すると、その
「100%ね」
☆
その日、
午後の三時に
そこは今回の依頼者である
同じ店の常連とはいえ、まだ
「みつだ……さん?」
テーブルの上にコーヒーの香りが漂う中、渡された名刺を見ながら
「みつ……た、です。よく間違われるんですよ」
そう言って笑顔を向ける
しかし、その目の鋭さは
少なくとも、
「失礼しました。で、お話はある程度伺ってはいたんですが…………」
そう言う
「最近よく聞くようになったIT系ベンチャー企業って言うんですかね。小さいとは言ってもウチの取引先の会社でして、そこの社長さんなんですよ。確かまだ年齢は三〇ちょっとだったと思いましたが」
「そこの奥さんが…………」
「
「いえ、関係あると思いますよ」
そう応えた
「せっかくの取引先…………小さい会社と言っても、無くなっては
「……助かります」
「でも、私たちなりの解決の仕方になりますよ」
「というと…………」
そう聞き返し、さらに
「
シワだらけのYシャツ、落ち着きのない怯えた仕草。目の下のクマから、困っていることが事実なのはすぐに分かった。
「そんなに疲れた顔して、どうしたんですか…………お仕事のほうは…………」
「最近は休んだままで…………」
そう応えた
「近くにカラオケボックスがあります…………そこに移動してはダメでしょうか…………」
「それは構いませんが…………」
困惑した表情で
カラオケボックスに移動すると、形だけの挨拶の後、すぐに
「妻の
目の前のコーヒーに口をつけることもしないまま、
「姉の名前は
「何か…………」
そうゆっくりと口を開いた
「奥さんが知らないはずのことを…………口にされていませんか?」
すると、僅かに顔を上げた
「……どうでしたかね…………そこまでは…………」
「例えば、あなたと、その未来さんしか知らないこととか…………」
──……もう何か見えてるの…………?
「いや…………まさかそんなことは────」
「お
「……えっと…………」
目を伏せたままでも、明らかに
「〝
その雰囲気の中で、
「それが宗教なんです。人々に正しい道を示すために生まれたもの。だからこそ宗教は形を変えながらも必要とされてきた。そのために神や仏が必要だっただけ。天国も地獄も
「私は99.9%神も仏も幽霊も信じない能力者…………それでも宗教は人間にとって必要なものだったと信じてる…………奥さんの所に案内して…………」
☆
部屋の中は玄関からゴミが散乱している有様だった。
もちろん玄関先の靴は揃えられてなどいない。窓もしばらく開けられていないのか、入ってすぐに
寝室に行くと、そこはカーテンも閉じられたままの薄暗い部屋。
ベッドの脇にパジャマ姿でうずくまる人影。
それは誰から見ても痛々しいほど。
周囲には
その
床の一点を見つめ、絶えず小さく何かを呟いている。
すると
台所に行った
──……綺麗好きで料理好きな奥さんだったのに…………
「
そう指示を飛ばしたのは
あたふたとする
「早く!」
慌てて
「窓も開けて! 風の通りが良くなるように対角線上の窓も! この家は人を迎え入れるのに掃除もしないのか!」
その気迫に押されたのか、いつの間にか
さらに
「奥さんのパジャマ、替えはあるんでしょ。それと下着も出してあげて。布団のシーツと枕カバーも!」
そして
手には透明なゴミ袋の束と小さな箱。
「いけるよ」
その
「ごめん
「大丈夫」
「こんな物見つけたから任せて」
それは料理用の半透明な手袋だった。これがあれば、完全にとは言わないが
「でも〝見えた〟ほうがいいものもあるはず…………」
初めて、
その
「掃除にも使って。ここは
「分かった。今着替えを…………」
そこに、
僅かにその目は震え、
「さあ
「さ、春の大掃除だよ! ゴミをまとめたら掃除機出して!」
☆
ベッドのシーツ、タオルケットから枕カバーまでを新しくし、マットとカバーには消臭スプレーをかけ、体を綺麗にした
シャワーを浴びたことで気持ちがいくらかでも楽になったのか、落ち着いて眠りに落ちていた。
当然のようにあちこち服を濡らした
「
「大丈夫。涼しい風が通ってるからすぐに乾くよ」
そして、
すると、呆然と床に座り込む
「
「えっと…………多分…………」
「とってもらえる? お財布だけでいいよ」
それを見た
「あ、それだ」
「この名刺だけもらうよ────で、
そう言うと
「ここ…………連絡取れない? 情報流してもらえないかな」
しかしその名刺を見た
「しかし……こういう所は
そう言って煮え切らない
「ウソも
「……一割……ですか……」
「じゃ二割で。よろしく」
その名刺は興信所の名刺だった。
そしてその名刺が財布に入っていることに気が付いたのは
いつの間にか、それぞれが役割を振り分けられていく。
☆
そして二日後。
三人は
部屋はあれからそれほど散らかってはいなかった。
また怒鳴られると思ったのか、窓もカーテンも開けられたまま。
前回訪れた時とは見違えるような空気の変化。
リビングとドア一枚隔てただけの寝室で
それは
そしてゆっくり口を開く。
「
「そして、そこから出てきたのが────」
「あなたと
「あなたが結婚してから三年も続いてたのね…………でもその前からでしょ。それなのに突然
「…………なんでそんなことまで……」
「だって、調べられてた側の
その
「
空気が張り詰めた。
「興信所に妹の
「
その時、
呆然と立ち尽くす
「……
すると、すぐに
「やめてよ…………あなたが
その
「〝
「……温泉旅行? いつ? そんな……一泊旅行なんてことしたら、
「そうですか…………かなりの覚悟がないと行けなかったですよね…………」
そして、立ち上がる。
「
すると突然、
「
倒れかけたその体を支えた
「
「目が覚めるとスッキリしてると思うよ。
そして、初めて
それに
「うん。いい目だ。その目を見たかったよ」
☆
すでに陽が傾きかけていた。
それでも
やはり疲れた目。
「……大丈夫?」
そう声をかける
その姿に
そこに車を運転しながらの
「お見事でした。二人には感服しましたよ。これからは気軽に〝
すると顔を前に向けた
「やめてよ。私はただのスナックのおばちゃんなんだから」
そこに
「こんな可愛いおばちゃんなんか見たことないよ」
すると、
「何?」
そう言って受け取った
「ちょっと!」
覗き込んだ
「いい仕事だねえ」
そして
「さっき玄関先で渡されましたよ。私は一割だけでいいので」
「みっちゃんは二割って言ったでしょ」
「みっちゃんはちょっと…………」
「だって間違って〝みつだ〟って言いそうになるんだもん」
「いや……しかし…………」
「じゃ、みっちゃんは二割ね」
「一割でいいですよ。その代わり、もう一つ仕事を受けてはもらえませんかねえ…………」
直後の
その
「んー…………みっちゃんで良ければ」
「
すると、すぐに
「ちなみにさっきの社長さんのところの会社…………これから伸びるよ」
「……ほう…………」
「みっちゃんも忙しくなるねえ」
「結構ですな」
その年、
お金の流れは、もちろん
「かなざくらの古屋敷」
〜 第五部「望郷の鏡の中へ」第3話(完全版)
(第五部最終話)へつづく 〜