第128話河合紀子は平野芳香を思う

文字数 1,793文字

私、河合紀子は、圭太自身の口から、「親父は、平野芳香が小学生の頃、道路に誤って飛び出し、車に轢かれそうになるところを、救ってかわりに死んだ」と聞いた。(もちろん、口外禁止との約束で)
信じられないほどの勇気で、また、平野芳香にとっては、救いの神。
また、田中家にとっては、命を張った善行の名誉はあったにしても、大切な父親と夫が突然いなくなる凶事、その後は、経済的にも精神的にも、さぞかし辛い生活であったと察する。

しかし、圭太は「平野芳香だから、救ったわけでなく、誰でも救った、親父はそういう性格だから」と、補足説明があった。
「だから、平野芳香を、母さんも、俺も拒まなかった」
「俺は、あまり接触はなかったけれど、母さんは、やさしく受け入れていたようだ」
「それは平野芳香から、聞いた話だけど」

そうなると、他人の私がどうこう言う話ではないと、判断した。
(自分が、その当事者になれば、そこまで寛大になれるかどうかは、不明だけれど)

私から見た平野芳香は、(法事で挨拶したり、一緒にタクシーの手配をした程度ではあるけれど)、とにかく明るくさわやかな美少女、頭のキレも、行動も的確で、見ていて気持ちがいい。(できれば、親しくなって、妹にしたいくらいだ)

ただ、わが社の佐藤由紀は、(圭太の高校時代の後輩と聞いているが)、実にドンくさい。(法事の時に、実感した)
タクシーの手配も、少しもたついて、平野芳香のフォローを受けるほどだった。
監査の仕事でも同じ、気分が乗らない時は、指摘事項の見落としが多い。
逆に、機嫌がいい時は、どうでもいい細かな事項をほじくり、肝心な問題点を指摘できない。
それを上司が注意すれば、感情的になって拗ねる、あるいはへこむが、大半。
なかなか、自分からは改善しようとしないから、世話が焼ける。
圭太が銀座監査法人に入って来て、短期間、一緒にやらせたけれど、あくまでも圭太の試運転のため。
佐藤由紀に、いつまでも圭太の足を引っ張らせたくなかったから、専務の高橋美津子さんに懇願、専務もわかっていたので、すぐに第一監査部に入ってもらった。


さて、圭太が、実のところ、平野芳香を、どうしたいのかが、気になる。
(私の目から、圭太と佐藤由紀は論外だから)
圭太は、「平野芳香は拒めない、親父と母さんのこともあるから」と言った。
ただ、それが「恋愛対象」なのか「幼なじみの妹感覚」なのか、実に気になる。

「妹感覚」なら、私も平野芳香を喜んで受け入れる。
「恋愛対象」としては、認めたくないのが、私の本音。

やはり、圭太にとって平野芳香は、「妹」として受け入れたとしても、やはり、どこかにわだかまりが残ると思う。

その意味で、何のわだかまりもない私が、圭太に最適ではないかと確信している。
(もちろん、私も圭太が好き、誰にも渡したくないから)

だから、法事も終わったし、本格的に、圭太と気持ちを詰めようと思っている。
圭太は、恋愛には、学生時代から奥手(バイトで学費を捻出していた)(母子家庭だからとの理由で)で、ほとんどデートもなかった。
でも、講義の合間に、喫茶店で大論争して、面白かった。
圭太とは、勝ったり負けたり。(最後は、圭太が負け続けた)(圭太は、バイトでかなり疲れていた)(喫茶店でのウェイターに加えて、経理まで任されたと、ぼやいていた)

そんな流れの中で、理解できないのは、池田商事の面々。
何故、退社した社員の母の法事に、会長以下、部長と社員まで顔を見せるのか。
専務高橋美津子さんが言うのは、「圭太君を連れ戻したいらしい、その誠意を見せたいのかな」だったけれど、どうも、それだけとは思えない。
何しろ、会長夫人の光子さんまで、ご出席なのだから。

圭太にも、その理由を聞いてみた。
圭太は、少し間をおいて、「よくわからん」の返事。
「ありえないでしょ?」と追及したけれど、首を傾げるばかりだ。
私は、圭太の表情から、「きっと何かある」と、察した。
(圭太の返事が、少し間が開く時は、何かある)
(学生時代から、よくわかっている)

さて、そんなことを思いながら、私は、会社に早く着いた。
もちろん、圭太の顔を早く見たいから。

そして、会社の窓から、ずっと見ていたら

・・・あ・・・と驚いた。

圭太が、平野芳香と、実に雰囲気よく(やさしい顔で)歩いて来る。
悔しいけれど、圭太も平野芳香も、実に輝いて見えた。
(とても、兄と妹とは、思えないほどに)
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