第54話圭太と池田聡①

文字数 1,139文字

約15分後、マンションのチャイムが鳴り、インタフォンから「池田聡です」の声が聞こえて来た。

圭太は、母の遺影を少し見て、マンションのドアを開け、池田聡を迎え入れた。

池田商事時代は、雲の上の人「会長」である。
とても、対面して、話ができる相手ではなかった。
(ただ、人事異動上では、会長付秘書だった)
(圭太にとっては、それが池田商事退社の原因だった)

「狭い部屋ですが、ソファに、おかけください」
圭太は、不思議なくらいに落ち着いて、お茶を出した。

池田聡は頷いて座ったものの、その顔は、母の遺影に向いた。
「お線香をあげさせては、もらえないだろうか」

圭太は、複雑な思い。
今さら何を?と思うが、仏の前で揉め事も、好ましくない。
「わかりました、どうぞ」
と簡易な祭壇に、案内する。

次の瞬間だった。
圭太にとって、信じられないことが起こった。

「姉さん!」
「ごめん!」
池田聡は、線香をあげる前から、遺影に手を合わせ、泣き出しているのである。

圭太の頭は、グルグルと回転した。
「姉さんだと?」
「確かに池田華代を通じて、姉さんか」
「追い出しておいて、姉さん?」
「お前たち、池田のために、母さんがどれほど苦しい人生を送ったと?」
「今さら、謝っても意味が無いだろう」

ただ、疑問も生じた。
「生前、母さんと池田聡は、交流があったのか?」の疑問である。

しかし、池田聡は、泣き続けた。
線香をあげても、また遺影に手を合わせて、泣き続けた。
(およそ、10分は、泣き止まなかった)
圭太は、最初は「社交辞令の一種か?」と疑っていたけれど、これでは「本気の涙」かもしれないと、考えだした。

池田聡は、涙を拭いて、香典を祭壇に置き、ソファに座った。
お茶を飲んで、圭太に聞く。
「四十九日の法要の日と場所を教えてはもらえないだろうか」

圭太は、迷ったけれど、素直に日付と寺の名前を言った。
つけ加えた。
「ありがとうございます、そのお気持ちだけで結構です」

池田聡は、ひどく寂しそうな顔。
「そうはいかない」
「そう言わないで欲しい」
「私は・・・俺は・・・姉さんが好きだった」
「いつも、やさしく声をかけてもらって」
「・・・本当に、申し訳なくて」

圭太は、その寂しそうな顔でも、気持ちは動かない。
「姉さん、と言われましても」
「母は、池田家を出された立場です」
「つまり、不要、いらない子供です」
「生前、あなたと母に、何らかの関係があったのか、私は全く知りません」
「しかし、貴方も母も、戸籍上では、全くの他人」
「親戚でも何もなく、私も池田商事を辞めています」
「いわば、私も含めて、法的には、無関係」
「それなのに、四十九日とは、友人あるいは知人としてのことで?」

池田聡は、苦しそうな顔。
「俺は、弟なんだ、そう言わないで欲しい」

圭太は、目を閉じて、考え込んでいる。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み