第8話

文字数 946文字

僕はトロイメライのことを幸福の女神だと信じて疑わなかったが、そんなのは僕の勝手な思い込みだったのだろうか?

僕はトロイメライによってまんまと敵陣のど真ん中に誘いこまれたのだ…

しかも丸腰で…



興奮した敵兵が何か大声で叫んでいる…

何を言っているのか判らなかったが、最悪な状況であるのだけは判った…

その内敵兵の一人が僕の後頭部を銃床(じゅうしょう)で殴った…



僕はそこで気を失った…





どのくらい気を失っていたのだろう?

僕は敵兵たちの歓喜の声で意識を取り戻した…



「気が付いたか?」

僕の側に立っていた敵の将校が片言のドイツ語で言った…



「あれを見ろ…」

将校は上空を指差した…
その先には敵の真っ赤な軍旗がはためいていた…

よく見るとそこは国会議事堂のてっぺんだった…

それは僕たちの最後の砦、官庁街が遂に敵の手に陥ちたということだった…



「もう間もなくこの戦争は終わる…」

将校は続けた…



「私はお前の行動の一部始終を見ていた。お前は負傷した自軍の兵士を命懸けで助け、武器も持たずに我が軍に投降してきた。お前は憎むべき敵だが、お前のその勇敢さに免じて処刑はしない…」



僕ははっとして元居た塹壕(ざんごう)の方を見た…



しかしそこは幾多の砲弾の直撃を受け凄惨な状況となっていた…

瓦礫に混じって人体の一部…バラバラになった手足があちこちに散乱していた…



もし、あのままあそこに居続けたら?

そう考えると僕は震えが止まらなくなった…



「今からお前は我が軍の捕虜となる。この先、お前の運命は決して楽なものではないだろう。しかし一度助かった命、大事にするが良い…」



僕はもう一度塹壕の跡を見た…

おそらくあそこで僕の人生は終わるはずだった…

けれどそうはならなかった…



トロイメライが僕の運命を変えてくれたのだ…



僕は一瞬でもトロイメライのことを疑った自分を恥じた…


敵の捕虜となることでしか、僕の命を繋ぎ止めることが出来なかったのだろう…

そんな細い細い運命の糸を、トロイメライはたぐり寄せてくれたのだ…



やはりトロイメライは僕にとっての幸運の女神だった…!





それから何日か後に戦争は終わった…



敵も…

味方も…

また各々の祖国も…

戦争により深く傷付いていた…



僕は他のたくさんの戦友たちと共に、労働力として敵国に送られることとなった…



それが何を意味するか…

この時の僕は知る由もなかったのである…



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