第10話 私達夫婦と次男・凛の話

文字数 1,918文字

私達夫婦は結婚当初からずっと凛を挟んで川の字に布団を敷いて寝ている。
勝さんと私は夫婦生活をしない約束で結婚し、現に今も約束を守ってくれている。
私はそんな勝さんが好きだ。
とても大切な存在だ。

私と勝さんが初めて出会ったのは、斉藤さんに頼まれて、相場家の田植えの手伝いに行った時だった。
その時の勝さんはとても忙しそうで、私とほとんど会話を交わしていなかった。
だから勝さんには初対面の私の印象は薄いらしい。

逆に私は黙々と仕事に打ち込む勝さんの姿に
「いい人そうなお父さんだな」
と、斉藤さんに言われるまで彼が未婚とは思わなかった。
ましてや自分の結婚相手にどうかなんて全く眼中になかった。
その後、斉藤さんの強引な勧めで改めてお見合いをして、勝さんの真面目な人柄を知って、好意ではないが、好感はもった。

「恋愛しなくていいの。家族になれればいいのよ。恭子さんの要望は私が責任持って守らせるから安心していいのよ」
斉藤さんが力説してくれなくてもそういう人だろうということはわかったがしかし
『勝さん側はどうだろう。
連れ子が二人もいて、肉体関係も拒むと言っている私を受け入れてくれる訳ない』
と全然期待していなかった。

ところが、勝さんはプロポーズしてくれた。
「自分と一緒になって、赤ん坊を育ててもらえませんか?あ、赤ん坊と言っても斉藤が養子にしようとしてる親のいない赤ん坊で...」
今思うと不思議なプロポーズだったが、私は普通に結婚してくださいと言われるよりも安心感を持って受けることができた。
勝さんが凛を育てるために私が必要だということが納得できたからだ。
「私でお役に立てるなら、お受けします。」
その年の6月に私達は夫婦になって、凛を養子に迎えた。

私は勝さんと結婚できて良かったし、凛を育てることができて良かった。

凛は上の子たちと比べてとても手のかかる子供だった。
未熟児で生まれたため身体が丈夫でなく、乳製品アレルギーもあり、常に何かしら病気にかかっていた。
いつも付き添ってあげていないといけない子で、勝さんと私は上の子たちとも協力して凛を育てていた。

優人は、もともと陽菜にも優しいけど、凛に対しての溺愛ぶりは目に余るほどで、とにかくかわいくて仕方がないといった兄だった。

陽菜は、お母さんごっこが大好きな子だったので凛のお世話を喜んでやってくれて、凛も陽菜にとても懐いていて、仲睦まじい姿がとても微笑ましかった。

私も凛の子育ては楽しかった。
すでに二人の子育て経験があるからなのか、勝さんが協力的な父親だからか、優人と陽菜が手伝ってくれるからなのか、自分がお腹を痛めて産んだ二人より凛の子育てが楽しくて、凛がかわいいと思えた。
上の二人の子育て期はとにかく余裕がなくて、時間やお金にいつも追われていて、子供のことをかわいいと感じた記憶があまり残っていなかった。
優人や陽菜の時はこんなに小児科に行ってなかったし、旅行や遊びにも連れて行ってあげられなかったなと少し申し訳なく思う。

勝さんは初めての子育てに不器用ながらも一生懸命で、父親としての責任感も感じられた。
凛に対してだけでなく、上の子たちも同じように大切にしてくれて、差をつけたりしなかった。
正直、上の子たちの実の父親よりもずっとよい父親になっていた。
ただ、年齢的に「お祖父様」と勘違いされることが多くて、子供達の行事などには出席しなかった。

当初はなぜ勝さんが凛を引き取って育てることにしたのか理由をあえて聞かなかった。
その後徐々に勝さんを見ていてなんとなくわかった気がした。
きっとすべて斉藤郁子さんのためだ。
彼女の隣で小さな凛を見ながら微笑んでいる姿を見た時に気づいた。
それは好きを越えた感情、愛なんだろうと思った。
斉藤さんがずっと叶えたかった夢を叶えてあげたかったから、勝さんはきっと斉藤さんへ見返りを期待したりしない、むしろ自分の気持ちに気づいてさえいない、そんな夫に対して嫉妬出来なかった。

勝さんが私と結婚してくれて私は本当に幸せにしてもらえている。
その事実が全てなのだ。
そして凛も愛情をたっぷりと受けてスクスクと育ち、10歳になった。

そんなある日、斉藤さんは申し訳なさそうに
「凛ちゃんの実の母親が、凛ちゃんを引き取りたいと言ってきたの」
と、改まって呼び出されたファミリーレストランで打ち明けられた。
私はあまりに想定外のことで、飲んでいたコーヒーをこぼしてしまい、斉藤さんも慌てて紙ナプキンで拭いてくれた。
「嫌です。絶対に嫌。お断りしてください」
私は強い口調だったと思う。
凛は自分が私達夫婦の子供じゃないということを知らないし、そんな身勝手な要求、到底受け入れられない。
凛はもう私達家族の大切な宝物なのだ。
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登場人物紹介

相場 恭子 47歳 主婦

相場 勝 68歳 農業

相場 優人 20歳 会社員

相場 陽菜 18歳 高校生

相場 凛 10歳 小学生

相場 ツネ 勝の母

佐野 琴音 (株)インビジブルハンドの相場家担当コーディネーター見習い

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