第9話 陽菜の話③

文字数 1,733文字

伊藤海斗くんとの日々は、穏やかだった。
海斗くんにとっても私が初めての彼女だとのこと。
海斗くんは勉強も運動も、見た目も普通というところが私と似ていて、
恋愛初心者同士、海斗くんと話し合って私達のルールを決めた。
基本的に、お昼ごはんは二人で食べること、帰り道はバス停まで一緒に帰ること。

海斗くんは、同じクラスの友達みたいな感覚だった。

特に女子って、強い友情はないけどトイレや教室移動を一緒にする仲間がクラスに一人はいないと、寂しい人に見られてしまいそうで不安になりがちだと思う。
そういう存在の異性バージョンが海斗くんだった。

休日はたまに一緒に図書館で勉強したり映画を見に行ったり、イベントは一緒に参加したり。

私に「オレのことどう思っているの」と聞いて来たりしないし
私に「好き」と言ってくれたのもあの時の一回だけだった。
そういうところも海斗くんのいいところだと思う。
激しく恋する同士じゃないからか、逆に居心地がよかった。
最初はお互いに
「相場さん」「伊藤くん」と呼び合っていたけど、だんだんと「陽菜ちゃん」になり「陽菜」になって、私も「海斗くん」といつのまにか違和感なく呼んでいた。

共通の趣味とかは特にない、でも相手の好きな事を自然と好きになっていったし、
今まで興味のなかったことも知ることが出来た。
『男友達なんていたことなかったけど、きっとこんな感じなのかな』

私たちは大学受験を控えた受験生でもあったので、
校則に則って、キスやそれ以上のことは何もしない健全なカップルだったが
肩書きは「彼氏・彼女」なおかげで、
「彼氏もち」という充実感を得られたし、デートも経験できた。
お揃いのキーホルダーをつけたり、一緒に写真を撮ったり、
クリスマスやバレンタインなどのイベントもそれまでと全く別の楽しさがあった。
模試の成績で落ち込んだ時に慰め合えたり
寒い日の帰り道に手を繋いだり、
海斗くんが異性だという部分にドキドキして恋愛をしていると感じられた。

海斗くんという彼氏の存在は、私に女らしくする魔法をかけてくれたようで、『最近キレイになったね』と言われるようにもなった。

海斗くんのことは嫌いじゃないし、むしろ好きになってきている。
だけど、きーくんよりも好きかと聞かれると嘘をつくことはできない私もいる。
だから好きを強要せず嫉妬させることも束縛することもなく、
程よいお付き合いで本当によかった。
『性格が合うのかな、私たち』

年末に坂井ひとみと3回目の面談をした時は海斗くんの話題ばかりになっていた。
坂井さんはいつものように身を乗り出して話を聞いてくれて、本当の姉のように喜んでくれた。
「私は常々ダンナに思うんだけど、趣味とか感性とか残念ながら私たちに共通点はないのよ。
でも、大事なところ、例えば卑怯なことは嫌だとか、そういう芯の部分が同じ感覚でいてくれて、やっぱこの人だなって思うんだよね。」
坂井ひとみは私と海斗くんの相性を占ったりしてみせなかった。
「そもそも高校生の陽菜さんに結婚とか一生にまつわるコーディネートなんてまだ出来ないのよ。」
ただ、坂井ひとみがアドバイスしてくれたおかげで
(むしろ裏で仕組んだのではないかと薄々疑っている)
多少は恋愛の経験値を積むことが出来たと感謝してしまう。

なぜなら、海斗くんとドキドキする出来事があった日は必ず、
なぜか絆くんからLINEや連絡がきて、海斗くんのことなんて忘れて一喜一憂して
「恋愛経験値があとどのくらい上がったらきーくんと戦えるレベルになるんだろう」
と考えてしまっているからだ。

そんな私たちは春から大学生となった。

私は東京の私立大学経済学部のオンライン通信生に合格し、海斗くんは東京の看護大学に進学した。

私の大学は、通学しなくてもオンライン講義を受講しテストを受ければ単位を認めてもらえる特待生に近い制度がある。
実習や集中講義の時期だけ通学すればいいので、アパート代や学費を抑えて大卒資格を取れるため人気が高い。
私は両親に学費の負担をかけたくないから大学進学を希望しない予定だったが
担任の先生にこの制度を教えてもらい、受験することにした。

海斗くんとは遠距離恋愛になるが、別れ話も出なかったしこれからも穏やかに関係が続いていくのかなと漠然と思っていた。
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登場人物紹介

相場 恭子 47歳 主婦

相場 勝 68歳 農業

相場 優人 20歳 会社員

相場 陽菜 18歳 高校生

相場 凛 10歳 小学生

相場 ツネ 勝の母

佐野 琴音 (株)インビジブルハンドの相場家担当コーディネーター見習い

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