第1話 三者面談

文字数 2,543文字

「陽菜さんは恋愛にあまり興味を持っていないように見受けられます」
担任の女教師は私と本人に対して、手元のPCから顔も上げずに、淡々と言い放った。

7月の下旬、外は40度近い暑さの中、娘の高校の教室はたった3人のために涼しすぎるぐらいに冷やされていた。

私が高校生の頃の三者面談は、主に進路の相談や成績について話し合われるものであったと記憶しているが、15年前に施行された通称『新・家族法』によって三者面談の内容もこんなに変わってしまったのだと思った。

『日本国民で年齢満18年以上の者は、婚姻の義務を負う』

現代の日本は、男女問わず
『教育機関においては家庭科を最重要科目と位置づけ、夫婦、家族関係の構築に必要な教育を行うことを目的とする』
学業の成績よりも将来結婚して人口増加に寄与する人間になるか否かの方が重要視されているのだ。

陽菜は黙っている。

「陽菜さんの家庭科の成績は優秀ですね。ご家庭での教育が行き届いている証拠だと思います。年の離れた弟さんがいらっしゃるんですね、育児スキル値にあらわれています。恋愛依存症のような問題行動がないのもよいことです。が、3年生ですしそろそろパートナーシップについて親御さんもご検討いただく時期かと思われます。」

つまり、簡単にいうと
『高校生にもなれば彼氏の一人や二人経験しておかないと、将来結婚できなかったり、子育てするのが遅くなったりすると悪いから、卒業までに彼氏を作っておいてほしい』
ということを三者面談で親が本人の前で言われているのである。

この女教師は独身という噂だが、年齢は私と同じくらいであろう。
家族法によって、未婚独身者は不公平に重い税負担を強いられているはず。
『確かに、陽菜が先生のようになったら困りますけど・・』
と心の中で思いながら
「先生すみません、私の離婚歴が陽菜に結婚へのネガティブな感情をいだかせているんだと思います。普段から本人に彼氏作ったらと勧めてみても全然聞く耳持ってくれなくて・・・メイクやファッションについてはそれなりに興味があるようなんですが・・・どうしたらいいのでしょうか・・・。」

女教師はやっとPCから顔を上げ、私たちに向き合い
「お母さまのことは関係ないと思われます。過去はどうあれ、現在は素晴らしいご家庭を築いていらっしゃると陽菜さん自身が婚活シートに記載しています。」

「婚活シート」そんなものを高校生に書かせているのか。

陽菜はだまっている。

女教師は私たちの前に一枚の紙を差し出し、
「お母さま、陽菜さんの家庭科の成績が基準以上なので、提携コーディネーターとのコーディネートを希望することができますが、いかがなさいますか?」
と言った。

『待ってました』
私は今日これを言われることを期待してここへ来ていた。

コーディネーターとはその名のとおりコーディネートをする職業だ。
今の日本社会はコーディネーター達が回しているといっても過言ではない。
IT化・オンライン化の発展と引き換えに人と人との繋がりが匿名化しハッキングやなりすまし被害が深刻化、非対面のネットワークにおける信頼性が低下してしまった。
それらを解決するために、国が養成したのが『コーディネーター』である。
彼らは、幅広い知識と行動力、柔軟な発想と人間性を兼ね備え、ビジネスや就職・婚活、流通やインフラ整備など幅広い分野で社会を『コーディネート』している。
実績のあるコーディネーターがつないでくれる「ご縁」によって、ネットワーク社会の信頼が守られているのだ。
今紹介されたコーディネーターは婚活・マッチング関連のコーディネーターであろう。

いい高校では子弟にとって『いい結婚相手』に出会える可能性が高く、優秀なコーディネーターのコーディネートを受けることができる。
これが近年の中学・高校の入学志望倍率を左右している。

女教師はそのコーディネーターが女性で、年も若く、コーディネートした昨年の卒業生が5人入籍したことなどの実績を説明した。

素晴らしいですねという私に対し、陽菜は
「5人ってだれですか?」
と、この面談で初めて発言し、
「奇数なのっておかしくないですか?」
「私、そんな人にあう必要ありません」
と否定的な意見を口にした。

せっかくこの学校に入学できたのに、今まで陽菜に彼氏ができなかった理由を実は私はわかっている。
陽菜は恋愛に興味がないのではない。
小学校からずっと好きな人がいるのだ。
陽菜は彼を追って猛勉強し、この学校に入った。
だが、結局彼に告白できないまま彼は2年前に卒業している。
現在、彼に彼女がいるのかどうかはっきりはわからないという。
そして今も陽菜はきっと絆くんが好きなのだ。

「陽菜、せっかく先生がおっしゃってくれているんだし、一回面談させてもらおうよ。ママも斉藤さんにお世話になったでしょ。最初はママも陽菜もお父さんと再婚のこと気乗りしてなかったけど、してよかったと思わない?」
「うん、それはよかったと思うけど・・・」
「ママも斉藤さんにコーディネートしてもらったこと、今は本当に感謝しているの。おかげで凛にも会えたしね。」
陽菜をしぶしぶ承諾させることはできた。
私も娘の片思いは応援してあげたいが、
親としてプロの手を借りてコーディネートしてもらって損はない。

「ぜひ、お願いします。」
「わかりました。日時については、おってコーディネーターから直接お母さまにご連絡が入ります。陽菜さんやご家庭に関する個人情報の提供に同意いただきますのでこちらの書類にサインいただきます」

教室を出るとむっとした暑さが絡みついてくる。
学校からの帰り道、少し前を歩く陽菜にまだ絆くんの事が好きなのかと投げかけてみた。
最近はめったにその名前が陽菜の口から出ることはなかった。
「わかんなーい」
陽菜は手元のスマホの画面をみたまま答えた。
「今はCVRのことで頭がいっぱいだから。」
CVRとは陽菜が最近はまっているアイドルグループだ。
陽菜の好きなメンバーはどことなく絆くんに似ていると私は気づいている。
「ねえこの前言ってたオンラインライブ、参加していいよね?コーディネーターさんにはちゃんと会うから」
振り返った陽菜の表情が逆光で、絆くんへの感情を読み取れなかった。
「危ないことはしないでね」
と言って許可した。
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登場人物紹介

相場 恭子 47歳 主婦

相場 勝 68歳 農業

相場 優人 20歳 会社員

相場 陽菜 18歳 高校生

相場 凛 10歳 小学生

相場 ツネ 勝の母

佐野 琴音 (株)インビジブルハンドの相場家担当コーディネーター見習い

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