第4話 長女 陽菜の話①

文字数 2,807文字

学校から紹介されたコーディネーターなんてきっとダサくて役に立たないだろうとおもっていた。
だけど、コーディネーターの坂井ひとみは、意外と良かった。
私の話をよく聞いてくれたし、何よりきーくんとのことを占ってくれた。

「私、まだ誰にも言っていないんだけど、実は二人目を妊娠してるの。今4カ月」
「一人目は1歳3ヶ月の女の子よ。やっとアンヨができるようになってきたのよ」
「うちは彼の両親と同居していて、今は夫が育休をとって赤ちゃんのお世話をしてくれているのよ」
「ぶっちゃけ姑がうるさくて彼に育休押し付けたんだけどね」
「夫とは大学のサークルで出会ったの」
「夫の仕事もコーディネーターだよ」

プライベートな事を質問されると『個人情報です』とはぐらかす教師たちと違い、際どい質問も冗談をまじえて答えてくれた。
彼女は美人で気さくでセンスがいいのに、気取っていなくて素敵なお姉さんだった。
そして彼女の特技がスゴかったのだ。
「私、占いが出来るの」

彼女は私の生年月日やら画数やら血液型やらを使って私の性格や考え方、学校には知られていないこと、ママも知らないようなことを次々と言い当てた。

「小さい頃、お兄ちゃんと迷子になった?」
「すごく困っててお兄ちゃんと誰かに助けを求めに行ったんだね」

あれは保育園の頃、
おじいちゃんが死んで、
ママもお金がないって困ってて、
昼も夜もママが仕事でいなくて、
寒い部屋でお兄ちゃんと二人でお留守番してて、
夕ご飯にママが作ってくれた小さいおにぎりを食べて、
お兄ちゃんが自分の分のおにぎりもくれて、
おじいちゃんやおばあちゃんに会いたくて泣いちゃったらお兄ちゃんが
「パパに電話してみよう」って
一緒に駅の公衆電話をかけに行った時のことだった。
駅に着いて、勇気を出して駅員さんに電話の使い方を聞いたけど電話にお金がかかるってことを私達は知らなくて、
私が泣きだしたからその駅員さんが事務所の電話を使わせてくれたけど、
お兄ちゃんはパパの電話番号を知らなくて
結局私達はパパに電話が出来なかった。
そして駅員さんが交番に私たちを届けて、
慌てて迎えにやってきたママにすごく怒られたけど、手を繋いで3人一緒に家に帰った。

その日のことがきっかけで次の日の朝、斉藤さんがシチューの鍋を抱えて家にやって来た。
私とお兄ちゃんにお腹いっぱい食べさせてくれて、ママの相談にも乗ってくれて、たくさん助けてくれて、いろいろあって今に至る。
後から聞いたけど、あの日私達と家に帰ったママはもう死のうと思ってたらしい。
すぐに駆けつけてくれた斉藤さんが『もう大丈夫だよ』って何度も言ってくれてとてもほっとしたのを覚えている。

漠然とした表現だったけど、初対面のコーディネーターにあの時のことをほぼ言い当てられて、私は驚いて言葉が出なかった。
そんな私をみて彼女は言った。
「あの日、お兄さんと陽菜さんが行動したから優しいおばさんに出会えた。
今日、学校とお母さんのおかげで陽菜さんは私に出会えた。
きっとこの出会いはあなたの運命を変えることになると思うよ」
ニヤニヤしていたのに、いきなり真面目な声で坂井さんは言った。
「陽菜さんの憧れてる先輩の生年月日、教えて」
私は何も言っていないのに聞いてきた。

そんな人いないとはぐらかそうとしたら、きーくんとのことを診てくれるという。
そして上手く行くよう力になると言うのだ。
半信半疑できーくんの生年月日を言うと
「あー、なるほどなるほど」
と言って手元のタブレットを操作し、
きーくんの性格や特徴をほぼ言い当てた。
「陽菜さんのこととお兄さんのことも、助けてくれたんだね。それで好きになっちゃったのか」とひとり言のようにぶつぶつ言った。

私の憧れの人・長谷川絆くんはお兄ちゃんの友達だ。
お父さんの勤めていた運送会社の社長さんの息子でもある。
顔もかっこいい、背も高い、バスケ部キャプテンでシュートが上手い。
お金持ちだし、勉強も出来るし、偉ぶったりカッコつけない、誰も見てないところでも優しい。
だけど好きになったところはそんなことじゃない。

お父さんとママが再婚して新しい小学校に引っ越して来た時、お兄ちゃんと私はイジメられていた。
「おまえの母ちゃん、お金のために農家のジジイと再婚したってママが言ってたぞ」
と言われ、怒ったお兄ちゃんがイジメっ子達に掴みかかっていった。
お兄ちゃんはイジメっ子5人相手にやられてしまいそうになっていて、怖くて助けを呼びに行けなかった時にお兄ちゃんを助けてくれたのがきーくんだった。
「ユウトと遊ぶときに親がどうの全然関係ねーだろ。そんなこと言ってるお前らの方が俺きらいだわ。それに相場のおじさん、俺好きだから悪口言うなや」
ってみんなの前で私達の味方になってくれた。
イジメっ子達はきーくんに手を出せなかったし、その事件以来お兄ちゃんも私も二度とママとお父さんのことバカにされなくなった。
きーくんのパパの会社でお父さんが働いてたからお父さんのことを知っていたかもだけど、きっと一回も喋ったり遊んだりしたことなかったはず。(お父さんが言ってた)
きーくんがお父さんを好きって言ってくれたおかげで、私とお兄ちゃんも、年取っていてカッコよくない、面白くもない遊んだりもしてくれないママの結婚相手をお父さんと認められたのだ。

だが、コーディネーターはタブレットを見ながら
「でも占い的に相性は..結構頑張らないとかもね」
とも言って苦笑いした。
そんなこと好きになってしまったあの日からずっと分かっている。
きーくんは人気者だし、
私のことなんて名前も知らないと思う。
身の程知らずだと分かっている。
全然届くはずのない想い。
でもきーくんが好き。
きーくんは高校卒業後、東京の大学に進学して2年近く一度も姿を見れていない。
なのに私の想いは薄らぐことなく、呆れるくらいにまだまだきーくんが大好きだ。
他の男子なんて全く興味ないし
CVRを好きになったのもきーくんに顔が似てるメンバーがいるからで、歌やダンスに興味はない。
「もうわかってると思うけど、私は彼のこと以外眼中にないから。悪いけど、どうがんばってくれても私はあなたのコーディネートで彼氏出来たりしないし、あなたの実績にはなれないから」

もういいでしょと言って面談を終わらせようとすると坂井さんは
「今週と来年の8月にチャンスがあるかも」
とメモ用紙にペンを走らせ、下手くそな絵を描いて私に渡した。
「何これ」
彼女にもわからないらしいが、今週何かチャンスがあるから、想いを告白するなり心の準備しておいてとのこと。
『ばかばかしい』
きーくんはこの街にいないし、連絡先も知らないし、お兄ちゃんも高校が別々になってからきーくんと遊んだりしてない。
告白なんて出来るはずがない。
でももしきーくんが帰省した時にばったり会えたりしたら、勇気を出して連絡先の交換くらいはしたいなと漠然と思って、コーディネーターとの初回面談を終えた。
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登場人物紹介

相場 恭子 47歳 主婦

相場 勝 68歳 農業

相場 優人 20歳 会社員

相場 陽菜 18歳 高校生

相場 凛 10歳 小学生

相場 ツネ 勝の母

佐野 琴音 (株)インビジブルハンドの相場家担当コーディネーター見習い

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