第8話 義妹 紀子の話

文字数 2,398文字

私は正直言って政府も志摩子元総理も恭子さん達のこともよく思っていない。

お母さんに家をリフォームしてもらって
お兄ちゃんの財産を食いつぶして子供を育てている恭子さんは寄生虫だと思う。

私だってもっと若ければ、自分が婿をもらってこの家を継げたのに。

「今日は夕ご飯いらないから」
と恭子さんにメッセージを送り、兄に『今日はこれで上がります』と作業所の目立つ所にメモを貼った。

私は学校を卒業してから定年まで地元の信用金庫に勤めていた。
定年後は兄の仕事の経理や事務をしている。
兄がもっと器用だったら自分でできそうな内容の業務だが、
そこそこまともな給料を払ってくれている。

今日は友達の独身女子同士の定例会がある。
気の利いた個室のあるこの店は私たちのいつもの集合場所だ。
たいがい5人が集まると、みんな愚痴と悪口大会だ。
そしてその愚痴の根底にあるのは
『私達は時代に見放されている。』ということ。

私たちは同じ女子高の同級生だった。
60歳の時の同窓会で久しぶりに再会し、意気投合、それ以来定期的に会っている。

沙織は元教員、理恵は元バリバリの営業職で、
適齢期に結婚か仕事かを選択する時、仕事を選んできたタイプだ。
男女雇用機会均等法で結婚を逃してしまった女性は多いと思う。
そもそも恋愛する時間が少なかったり、
結婚でそれまでのキャリアを棒に振る状況になってしまったり
自立できているがゆえに独身でいることに不満がなかったり。
沙織と理恵は定年後も別の仕事をバリバリやっている。

私は沙織や理恵ほど仕事に執着していなかったが、ずっと地元で暮らしていると衝撃的な出会いもなく、
日々の暮らしにも不満がなくて、なんとなく時間が通り過ぎていた。

千恵子はバツイチで、弁護士事務所で事務をしている。
60歳目前で熟年離婚し、現在はひとり暮らしだ。
長い間仮面夫婦だったから、子供が手を離れたら離婚しようとやっと実行に移せたのはよかったが、意外にも息子は別れた旦那について行ってしまったという。

あゆみは、どうやら長い間不倫をこじらせてきて結局不倫相手は離婚してくれず、今に至るという普通のOLだ。

「そういえばあゆみの家ってどうなったの?」
あゆみは去年母親が亡くなり、相続で兄弟と大いにもめて、
あゆみが母と二人で住んでいた家を売却せざるを得なかったらしい。
「おかげさまで結構すぐ買い手が決まったよ。」
よかったのか悪かったのか、理恵の質問に不機嫌に答えて
「じゃ、あゆみは今どこに住んでるの?」
沙織がさらに困った質問をしたので
「おかげさまで、例の公営住宅に引っ越させていただけました」
と嫌味っぽく答えた。
あゆみや千恵子のような持ち家のない60代には公営住宅が斡旋され、食事の支度や軽い介助などコミュニティ内で分業し助け合っている。
「別に、すごい額の退職金もらってたって自由に使えないんだったら、食べるものも出てきて住む場所にも困らないし、公営住宅バンザイよ」
とあゆみが理恵と沙織に当てつけっぽい言い方をし始めたので、話題を変えなければならなかった。

「沙織と理恵は、結局今どうしてるの?」
沙織と理恵は我が家のことを真似しようと企んで、沙織の甥っ子夫妻と理恵を沙織の家に同居させようとした。
うまくいったら二人は同性婚も偽装しようと思っていたらしい。
「ああ、あれね。うちの空いてる部屋に引っ越しはしたんだけど、理恵にも甥っ子達にも結局出て行ってもらったわ。本当に理恵の性格じゃ同居なんて絶対に無理。」
「よく言うわよ。沙織の方が甥っ子の嫁をいびり倒して崩壊させたんじゃない」
2週間もしないで同居は解消したらしい。

みんな家族法ができてから当てにしていた年金がもらえなくなって、
老後のための貯蓄や退職金が国に管理され、想定をはるかに超える打撃をこうむっている。
税率が高かろうが働かないと生活できないし
病気やケガの治療費は加入している医療保険か、親族を頼るしかない。
自分達に不平等に厳しすぎる、こんな世の中になるなんて若い頃には想像もしていなかった。

「この中では紀子が一番幸せだよね」
と千恵子に言われ、
「私だって、兄嫁とその連れ子に神経すり減らして大変なんだよ」
ととっさに反論した。
「えーでも、家もリフォームして自分の思い通りの部屋に住めているし
食事は嫁が作ってくれて、仕事もお兄さんの手伝いで楽だし」
「何より、退職金をお兄さんの口座に移して資産防衛に成功してるじゃない」
「そうよ、お兄さん名義で買えば好きな車に乗れるし、高いもの買っても国からとやかく言われないじゃない。」
「私たちなんてAIに見張られてるから自分の貯金から贅沢しようとしてもロックかかるもんね」
と矛先が一度私に向かうとみんなから一斉に責められた。
みんなの資産管理は国がAIで行っているので厳格で平等。
みんなそれぞれ抜け道をつかっているとは思うが、私のように「信頼できて且つ子供のいる兄弟」に贈与するのが一番自由度が高い資産防衛策だった。

「でも紀子も、親が死んだり、そもそもお兄さんが死んじゃったらやばいかもねー」
あゆみがいやらしい目つきで覗き込んできた。
「今はまだ両親とも健在で、お兄さんも大黒柱だから紀子のことを守ってくれるだろうけど、これからもっと歳とったら兄嫁と連れ子が本性を現して・・・なーんて冗談よ」
あゆみは、自分一人に母の介護を押し付けた兄弟が家を売って遺産分割するよう主張してくるとは全く思っていなかったらしい。
実際、親が生きていても同居を巡って兄弟間でのトラブルは多いと千恵子が付け足した。
「まあ、せいぜいそうならないように甥っ子姪っ子を囲い込んでおくことね」
沙織の言葉には実感がこもっていた。

私たちは毎回こんな話をしている。
おいしい料理を食べながらお酒を飲んだら、
言いたいことを言いあって
スッキリしたらそれでよし。
お互いの話はほとんど覚えていないので後にも残らない。
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登場人物紹介

相場 恭子 47歳 主婦

相場 勝 68歳 農業

相場 優人 20歳 会社員

相場 陽菜 18歳 高校生

相場 凛 10歳 小学生

相場 ツネ 勝の母

佐野 琴音 (株)インビジブルハンドの相場家担当コーディネーター見習い

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