第7話 坂井ひとみのコーディネート

文字数 2,573文字

【陽菜目線のストーリーです】

私とコーディネーターの坂井ひとみさんが二回目に面談できたのは9月近かった。

彼女は開口一番
「どうだった?気持ち伝えられた?」
と前のめりで聞いてきた。
私はまだ彼女の占い通りに長谷川絆くんと偶然再会できたことは伝えていないのに。
『この人はもしかして何もかも見えているのか?』
一見綺麗なお姉さんなのに、ちょっとゾクっとした。

「あの、坂井さんのおかげなんですよね。夢みたいでした。ありがとうございました。」
私は手を合わせて丁寧に頭を下げた。
「いいのいいの、これが仕事だから。で、詳しく教えて」

私はきーくんと具体的にあったことを興奮しながら報告した。
彼女は笑顔で頷きながら聴いてくれていたが、でもやっぱりこの程度が限界なんだよなーと残念そうに呟いた。
「私が占いでサポートできる部分もあるけど、やっぱり陽菜さん自身が頑張らなきゃいけない部分もあるんだよね」

『私に出来ることはなんでもやるぞ』と私も前のめりになった。
今、きーくんには彼女がいますか?
私のことどのくらい意識してくれていますか?
きーくんの好みのタイプになるにはどうしたらいいですか?
やっぱりLINEをしてみた方がいいですか?
いつ何のことを送ったらいいですか?
私も東京に行ってみてもいいですか?

あの日から今日までにいろいろな質問やアドバイスを想定してきたのに、彼女の言葉は私が想像していたものと全く違っていた。

「近々、告られると思うのよ」

えええーーーーー!!!
私は思わずきゃーと大声をだして立ち上がってしまった。
うそ、やばい、まさか、どうしよう!
興奮して飛び跳ねている私に
「待って、勘違いしないで、例のカレじゃなくて、もっと身近な子から告白されると思う」
坂井さんは両手で「押さえて押さえて」と私をなだめた。

なーんだ。
急に落ち着きを取り戻した私に坂井さんは言った。
「その告白してくれた子と、とりあえず付き合ってみて」

坂井ひとみのアドバイスはこうだ。

とりあえず、私には恋愛経験が乏しすぎると。
憧れの人と付き合えるようになるにはまず女を磨かなければならないと。
そのために、手っ取り早くオトコをつくって男ゴコロを学べと。
そして、想ってもらえる喜びを感じてみよと。
自分に対して自信を持てと。
それと恋愛に対して自信をもてと。
それからでないと、いくらチャンスがあっても掴むことが出来ないと。
近々、ちょうどいい相手が現れるだろうと。

第二回面談は、頭を大きなハンマーで叩かれた気分だった。

彼女は冗談めかして
「たとえば恋愛ってRPGなんかによく例えるんだけど、」

みんな最初はレベル1だけど、勇気を出して棍棒とかで戦って、何度もやられたり、勝ったり、装備をよくしたり、ミッションに挑戦したり、時には現実のお金を課金したりしながらゲーム自体も楽しんでいるのよ。
逆にそういう地道なレベル上げ作業なくしていきなりボスと戦ったって勝てるわけないと思わない?

「陽菜さんは『片想い』っていう言い訳を楯に、自分が経験しなければならない戦いから逃げていて、戦闘能力が平均より劣ってしまっているみたいな感じかな」

私はそういうゲームを全くしたことがない。
お兄ちゃんもあまりしなかったから、例えがよくわからなかったが、彼女の言いたいことはわかった。
たしかに実戦経験がゼロの私はすぐにやられてしまうだろう。

でも興味もない男子と、ゼロから恋愛の駆け引きを始めて、レベルを上げていくなんてどうしたらいいんだ。
きーくん以外眼中にないとは言うものの、男子から告白されたりいい感じになったことは残念ながら一度もない。
受け身でいても戦うフィールドに立てないのではないのか?
『そっか。私に女としての魅力がないのが悪かったのか』
合コンとか、友達の彼氏の友達を紹介してもらうとか、学校行事で「ねるとん」パーティーがあるから参加してみるとか..?
現実的に無理だ。
絶望感に打ちひしがれている私に坂井さんは言った。
「だから、大丈夫なんだって。
いい感じの子が近々向こうから告ってくれるって占いで出てるから」
そんなこと、18年間で一度もないのに、信じられるワケないじゃないか。

家に帰ってから自分の部屋で落ち込んだ。
きーくんのサッカー動画を見てたら涙が出てきた。
『こんな素敵な人に私なんかが告白してもダメに決まってたんだ。期待した自分が一番ダメだったんだ』

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まだまだ残暑が厳しい9月、いつもの高校生活が戻ったその日に、私は同じクラスの伊藤海斗くんから告白された。

びっくりした。
それも学校からの帰り道に。
伊藤くんは「相場さーん」と落とし物でも届けるかのように追いかけてきて、ちょっと話いいかなと私を近くのベンチに座るよう促し、
「相場陽菜さん、好きです。僕と付き合ってください」と手を差し出してきた。

『ええええ?』
伊藤くんとはそれまでほとんど喋ったこともなかった。
驚きすぎて数分フリーズしてしまった私に
伊藤くんは
「あ、ダメだったらいいんだ。気にしないで」
と立ち去ろうとした。
その顔はとても悲しくて恥ずかしそうで、大きなダメージを受けているということが私にもわかった。
「待って、ちょっと待って」
私はとにかく伊藤くんを呼び止めて
「違うの、ダメとかじゃなくて、私、男子から初めてそんなこと言われたから驚いているだけで...いいです。こんな私でよければ。」

その後、伊藤くんとはとりあえずLINE交換して近くのバス停まで一緒に帰った。
伊藤くんはバス通学らしい。
バスに乗り込む直前「夜、LINEしていい?」
と聞いてくれたので私は夢中で頷いた。

家に帰ってから腰が抜けてしまった。

『伊藤海斗くん。
たしか、名簿順が近かったような。
出身中学も部活も知らない。
でもチャラチャラしてない系の男子だな。
中肉中背、顔も普通だし、お昼は友達数人と食べているような...明日からよくみてみよう。
一体私のどこが好きなんだろう。
こんなこと、現実で起こるものなんだ...』
急に伊藤くんのことばかり考えるようになってしまった。
私に生まれて初めて彼氏ができた。

それに坂井の占いがまた当たった事にも驚いた。
驚きすぎてママに報告してしまった。

緊張して待っていた伊藤くんからの夜のLINEは
「明日また学校で」と「おやすみ」
だけだった。
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登場人物紹介

相場 恭子 47歳 主婦

相場 勝 68歳 農業

相場 優人 20歳 会社員

相場 陽菜 18歳 高校生

相場 凛 10歳 小学生

相場 ツネ 勝の母

佐野 琴音 (株)インビジブルハンドの相場家担当コーディネーター見習い

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