第3話 長男 優人の話

文字数 1,679文字

俺は難しいことは苦手だ。
物事を深く考えていないとよく言われる。

昨日も彼女に怒られてしまった。

俺は体を動かしているのが結構好きだ。
バスケでも凛のサッカーの練習でも、お父さんの農作業の手伝いでも、チャリ便の配達でも。

朝早く起きて仕事するのも結構好きだ。
朝練に慣れてるからかな。
家の仕事は会社に出勤する前に手伝っている。

ウチの会社は昼休みが長い。
昼はだいたい昼寝が出来る。

夕方の配達のついでに、自宅に立ち寄ってお父さんのパッキングした野菜を集荷し、夜の便で発送する。
毎日のルーティーンは季節や天候にもよるけど俺を安心させてくれる。

夜は週2回社会人バスケの練習に行き、週末は飲み会、休日は彼女と過ごす。

仕事も遊びも仲間も家族もいつも通り。
変化がない方が何も考えずに楽しく過ごせるとおもってる。

俺は生まれてきた時、高橋優人だった。
その後、佐藤優人になって
今は相場優人だ。
そしてこれから先ずっと、相場優人でいたい。

名前が変わる度、家も友達も変わった。

変わる度に我慢をしなければならなかった。
だから変化がない方が良い。

相場優人になりたての時、学校でケンカをした。
『お前の母ちゃん、お金目当てでジジイとせっくすして赤ちゃん作ったんだってな!』
俺は友達とそいつをボコボコにして、二度とそんな悪口言わせないようにしてやった。
だけど、家に帰ってからもずっともやもやしてた。
ママがこんなジジイといつの間に赤ちゃんを作っていたのか、考えないようにしてたけど、本当はショックだった。
赤ちゃんの凛を抱いてるママを見て
「汚ねえなババア、凛なんて作るんじゃねえ」
って暴言をはいた。

そしたら、お父さんがすごい剣幕で俺を引っ張って軽トラに押し込み、山に連れて行ったんだ。
お父さんのこと、初めて怖いと思った。
運転中一言も喋らない、そもそも二人きりになったのが初めて、怒ってる顔コワイ、夜の山道...
マジでヤバイと思った。

山頂に着いて車から降ろされて置き去りにされるのかと思ったら、お父さんが
「凛は俺の子供じゃない」
とボソっと言った。
「え!!!!????」
じゃあ誰の子供なんだ。パパの子なのか?と混乱してたら
「恭子さんの子供でもない」
とボソッと言った。
え?!?!
さらに混乱していると真面目な感じで
「凛は生まれてすぐ実の母親に捨てられて、斉藤のかみさんが引き取って育てようとしてた子供だ。」
え?!?!
どういうこと???

絶句しているとお父さんは淡々と話出した。
「斉藤のとこに子供が出来なかったのは知ってるか?」
「あの通りお人好しだから、泣いてる凛を放っておけないとか言って...」
「だけど斉藤達はもう年も年だ。まあ俺もだが、凛が大きくなる前に動けなくなるかもしれない。だから俺と恭子さんで引き受けたんだ。」

すごくショックだった。
俺はパパがいないけど、ママと死んだおじいちゃんが可愛がってくれた。
陽菜もいる。
凛はママもパパもいないのに、俺は凛が生まれてきたことを否定してしまった。
俺はヒドイ人間だ。

お父さんは真面目な顔で続けて言った。
「安心しろ、俺は恭子さんが嫌がる事を絶対にしないと約束して結婚した。お前や陽菜が嫌がる事も絶対にしない」
お父さんはあまり喋らないからその分言葉に重みがあった。
「だが、お前が嫌でなければだが」
「俺の跡を継いでくれと頼みたい。」

俺はまだ10歳で、いきなり言われてびっくりした。お父さんはまっすぐ真面目に続けた。
「無理強いはしない。」
「初めて会った時、お前はお母さんと妹を守ってる強い男だと感じた。」
「俺も昔から親父や爺さんから家と田んぼを守るように言われてきた。」
「俺は優人に俺の長男として、妹と弟、家と土地を継いで守っていってほしいんだ」
俺はすごく嬉しかった。
「それと凛の親のことは誰かに絶対に言うな」
「陽菜にも凛本人にも絶対に内緒だ。約束出来るか?」
その日以来、俺はお父さんのことを「親分」と思って慕っている。

だからこれからも俺は相場優人であり、
おいおい彼女の麻美と結婚して
子供3、4人つくって、
農家しながら長谷川運送で働いて、
趣味でバスケをしていると思う。
深く考えずに。
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登場人物紹介

相場 恭子 47歳 主婦

相場 勝 68歳 農業

相場 優人 20歳 会社員

相場 陽菜 18歳 高校生

相場 凛 10歳 小学生

相場 ツネ 勝の母

佐野 琴音 (株)インビジブルハンドの相場家担当コーディネーター見習い

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