あとがき

文字数 1,083文字

 私が小学校六年生だった時、弟は小学一年生。不仲だった両親の葛藤に巻き込まれ、私と弟はいつもふたりでぎゅっと固まって、嵐が過ぎ去る日が来るのを待っていた。けれど嵐の勢力は思った以上に凄まじく、家族の形も、母の人間らしさも、父の心もズタズタに破壊し尽くして消えた。家族は、離散。取り残された私と弟は、祖母に育てられた。
 抱えきれないほどの恐怖と怒り、大人に対する不信と悲しみを持て余しながら大人になるのは、心にも身体にも激しく負荷がかかる。弟が隣にいてくれなかったら、「姉ちゃん」と頼ってくれなければ、私はこの世界の中で、ひとりの人間として生き延びることは難しかったかもしれない。
 私と弟は、時には離れ、時には共に暮らしながら年を重ねた。すっかり白髪頭になり難病を抱えて痩せた弟を前にして、私はあの頃の私に引き戻される。私がもう少し利発だったら、もう少し心根が良かったら、もう少し大人だったら、弟をもっとちゃんと守れたのかもしれないと。その負い目は、今も生々しく心の深い場所にはびこっている。

 晴は、私の理想だ。強い。私の足りなさや悔いを補ってくれる。もちろん十二、三歳の子どもが、家族の破綻を救うために出来ることは何もないし、両親の葛藤は両親の問題であり、子どもの責務なんてひとかけらないことは、晴も理解しているはずだ。それでも弟を守り、親を救おうとした。家族から逃げ出した私は、ジクジクと自分の無力を呪い、それを心のどこかで責め続けて生きてきた。私は、晴のように清々しく「普通」に生きたかったのかもしれない。
 
 物語は原稿用紙で三十枚。最初は、修哉の視点で書いた。とある文学賞に応募したら四次審査まで残ることが出来て嬉しかった。その後、もう少し登場人物たちを動かしたくなって、第三者である啓介の視点で書き直してみたのが、この作品だ。
 私たちの周囲には、理不尽な理由で大切な人と切り離されて生きざるを得ない子どもたちが少なからずいる。彼らに必要なのは、彼らの声にならない声を聴き取り、共に生きようとする人たちとの出会いだ。出会い、関わり、愛を学ぶことで、彼らはようやく呪いから解放される。修哉が啓介と出会ったように。私が夫や娘、新しい家族と出会って生きなおすことが出来たように。
 虐待の連鎖は、必ず断ち切ることが出来るのだと私は信じている。
 
 この作品が、痛みを知る人たちの元に届けば嬉しい。暗闇の中で立ち竦んでいる人たちの行く先に、少しだけでも希望の明かりが灯せると嬉しい。
 そんな思いで、これからも書き続けたい。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み