第7話 唯一の責務

文字数 2,475文字

 人捜しは素人には無理だと啓介が気づくのに、それほどの時間はかからなかった。
 ネットで「高嶋はる」と検索してもまったくヒットせず、SNSにアップしても、反応は皆無。何度か呼びかけているうちに、「お前、ストーカーだろ」とコメントが付き拡散されて大炎上。啓介は、慌ててアカウントを削除した。

 修哉は当時7歳。記憶は断片的で、手がかりは「三里町」と「三里小学校」そして、近所の「八幡神社」のみ。調べてみると、三里小学校は統廃合で消滅しているし、八幡神社は宮司が常勤していない。修哉が家族と住んでいたと思われる地区は、古い一軒家が全て取り壊され区画整理後、分譲マンションが数棟建てられ町の様子は一変している。

(わからん。どうしたらええんじゃ)

 人捜しのプロに依頼をしようと思ったが、高額な費用が必要になるため断念した。休みになる度に車で数時間かかる三里町に出向いても、学校関係者も役所も、何の権限も持たない一般人に他者の個人情報は公開しない。疲労が日々積み重なる。啓介は、安請け合いをしてしまった自分を悔いた。

 もしも、はるを見つけられなかったら。
 もしも、はるがもうこの世にいないのだとしたら。

 はるは、修哉が生き続けるための理由であり、たったひとつの光だ。約束の不履行は、修哉からその唯一の光さえ奪いかねない。

 啓介は、休み時間になると修哉の病室に出向いた。落ち着きを取り戻した修哉は、素直で寂し気で儚い。ベッドに横になっている修哉とひとときを過ごすことが、啓介自身の頼りなさを補ってくれるようにも思えた。

「雨の音を聞くと、落ち着く」
 修哉は、ひとりごとのように話す。
「ほうか」
「下の道を誰かが通ると、傘に雨が当たって、雨音が少し高うなるんじゃ」
「うん」
「人が、そこにいることがわかる」
 修哉の寂しさが、啓介の胸をひたひたと浸食する。

「島田さん、僕、退院しても戻って来んなって、言われた」
「え? お母さんにか?」
「うん。そう言われるのは、わかっとった」
「ほうか・・・・・・」
 ようやく自分の力で見つけられた居場所を、修哉はまた奪われる。
「邪魔にするなら、最初から連れて逃げんとって欲しかった」
「ほうじゃの」
「寮にも、もう、おれん。部活続けられんけぇ」
「……」
「退院したら施設に入ると思う」
「施設?」
「児童養護施設かシェルター。ソーシャルワーカーさんが、当たってくれるって」
(シェルター? 行き場のない子どもの逃げ場所か・・・)

「島田さん、もう、無理せんでええよ」
「え?」
「姉ちゃんのこと。ごめんなさい。自分で捜すけん」
「修哉君・・・・・・」

 修哉の身体はかなりのスピードで回復傾向にあるが、精神状態は安定していない。もう大丈夫と強がる日もあれば、妙に物分かりの良い日もあり、無気力になって寝込む日も、苛立ちを周囲にぶつける日もある。

(参ったのお……)

 その日の午後、修哉の退院日を決定するカンファレンスで、啓介は「患者との距離が不適切」だと尾島から強く叱責を受けた。
「聴取したことを我々が共有できないなら、何のためのカンファレンスですか。チーム医療なんですよ、ここは。そもそも相沢修哉は、他者との距離の取り方がわかりません。周囲の大人たちと、適切な愛着関係を築けてないからです。ケアする人間が適度な距離を持って接しないと、強い執着や依存に繋がる恐れがあります。島田さん、あなたに責任が取れますか? あなたがしていることは、患者の心にとって、とても危険なことなんですよ」
(やかましいわ)
 啓介は思わず反論した。
「人の心は、マニュアル通りには動かんでしょ」
「はぁ? あなたに人の心の何がわかんのよ!」
「わからんわ! わからんけん、必死にわかろうとしよるんじゃろうが!」
「あなたは、リハビリの」
「じゃ、言わせてもらいますけど、相沢修哉はなんであんたに心を開かん? 心の専門家の、あんたに!」
 ぐっと、尾島がのどを詰まらせた。

「お前ら、ええかげんにせぇ!」
 岡崎の声がカンファレンス室に響いた。
「冷静になりましょう。我々は専門家として、チームで医療を行っています。逸脱してはいけないラインがありますよ。島田君、先日患者から聴取した内容を共有してください」
 田端医師の抑揚のない声が、ヒートアップしたこの状況を一瞬で収めた。修哉の思いを受け止め、ひとりで背負うつもりでいた内容を、啓介は不本意ながら他のメンバーに話した。尾島と言い合った余波が喉元に残り、腹立たしいほど声が震えた。尾島が、タブレットに情報を打ち込む音がガチガチと刺すように続く。

「わかりました。相沢修哉の生育歴については、後藤先生と尾島さんが把握していれば良いでしょう。姉の捜索については、我々が及ばぬところです。尾島さんが児童福祉司もしくは、ソーシャルワーカーにつないでください。以上です」

 反応のあまりの素っ気なさに、肩すかしを食らったような気がした。田端医師に、人間的な揺らぎは一切感じられない。啓介はカンファレンスが終わっても、椅子から立ち上がることができなかった。

「島田君」
 見上げると、小野田が立っていた。
「修哉君の件は、だいたい理解した」
「はい」
「修哉君に対する、あんたの気持ちも理解できる。けど、いささか暴走気味じゃね」
「……はい」
「自分の、裏側を見てみ」
「え?」
「修哉君を助けたいという動機の裏に、何が隠れとる?」
「・・・・・・」
「自分の空白を埋めるために、患者さんを利用してない?」
「なっ!」
 啓介は、思わず立ち上り息巻く。
「なんですか、それ、ワシが利用しとるって」
「認められたい? 救われたい? 許されたい? それとも、修哉君のヒーローになりたい?」
 小野田は穏やかな笑顔を見せている。
「それらが見え隠れしとるうちは、ダメってこと」
「……」
「修哉君の力になりたいなら、自分の仕事で全力を尽くしんさい。あんたには、唯一、その責務があるじゃろ? それで充分なんよ」

 平手で頬を殴られた気がした。去って行く小野田の後ろを、黙って尾島が歩いている。
 二人の背中が遠く離れる。

(つづく)
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