第10話 伊賀と甲賀

文字数 2,010文字

甲賀と伊賀は別の旅として行った。甲賀は電車の旅であり、伊賀はクルマを使っての旅であった。
滋賀県甲賀市水口は近江鉄道・水口蒲生野線に有る無人駅だった。ここで面白い人物に会った。旧東海道を徒歩で踏破しようとしていると言う。会社を辞めて挑戦しようとしているのかと思ったら、普通に勤めていて、休日を利用して歩き、翌週、またその続きを歩くと言う方法を取っているのだと言う。それもまた大変な試みだなと思った。
その人と別れて、循環バスで市内を回ってみた。古い宿場町の佇まいを残す町だ。バスを降りた後、近くを散策する。

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旧東海道水口宿夷町と書かれた石碑が街角に建っている。蝦夷と何か拘りの有る地名なのかな? とは思ったが、それ以上のことは考えなかった。

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見たいものが他に有った。甲賀三郎兼家の石碑が有ると言う。聞くと、それはからくり時計の近くに有ると言う。からくり時計を目当てに行くと、道の反対側、寺の駐車場の隅にその石碑は建っていた。文字は鴨長明の筆になる。

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詳細を調べようとすると、『甲賀三郎兼家』と名乗る作家が居る事に驚いた。
それに、平安時代の甲賀三郎兼家は、事績の記録が殆ど無く、奇譚が多い人物であることが分かってきた。『坂東の風』の登場人物の中、実在した人物の区分に入るが、一番裏付けの取れない人物となった。どうリアリティーを持たせて描くかが課題となる。

一方伊賀は、クルマを駆使して回ることになる。伊勢松坂へ行きそこから伊賀に向かうコースだ。松坂から自動車専用道を使って伊賀に向かい、伊賀上野の町中を走り回ってみたが、はっきり言って、面白くもなんともなかった。かと言って、忍者屋敷などの観光施設を訪れる気にもならなかったので、どうしよかと思いながら走っていると、ナビの案内を見落としてしまい、山道に入ってしまった。
上り坂となりどんどん道は細くなっていくのだが、私は嬉しくなってUターンせずにどんどん山に入って行く。ガードレールも無く、路肩が崩れかけているところ、深い谷、斜面を覆う雑木。今にも木陰から忍者が現れそうな景色が続いて、私は歓喜した。

坂東の風で描く藤原千方と伊賀・甲賀の関係。これは、意図したものではなく、結果的にそうなってしまったに過ぎない。

忍者が活躍するようになるのは戦国時代。遡っても南北朝時代というのが常識的な見方だ。しかし、そう呼ばれていたかどうかを別にすれば、聖徳太子の時代からそれなりの活動をしていたものと思える。

朝廷に反逆し、和歌による言霊(ことだま)によって滅んだとされる、伊賀青山に伝わる伝承の鬼将軍・藤原千方は、伊賀流忍者の祖とも言われ、甲賀三郎兼家は、甲賀流忍者の祖と言われる。
この二点を元にラノベ風、異世界最強の小説でも書けば、間違いなく、今よりも多くの方々の興味関心を引ける作品を、描けたかも知れないと思う。

はっきり言って、人々は有り得ないような絵空事のドラマが大好きなのだ。それは、古くは神話から今のラノベに至るまで不変だ。

しかし、私はこの手のものが苦手なのだ。ま、子供の頃は人並みにマンガに興奮したことは確か。TV番組としてウルトラマンや戦隊モノの類を観るのも好きだった。

しかし今、小説としてこの手のものを読みたいとは微塵も思わない。ま、人間生きていれば楽しいことばかり続く訳もない。思うように行かない事も多い。自分自身の能力を考えてみても、大谷翔平や藤井翔太や井上尚弥のように成れる者など殆ど居ない。凡人が生きるとは、自己矛盾とストレスを背負って生きる事でもある。そのモヤモヤをスッキリしたいと言う願望が常に有る。

つまり、庶民がスーパー・ヒーローに成れるのは、物語の中だけなのだ。ストレス発散でもあり、カタルシスでもあるから、人は、絵空事が大好きになる。我々庶民は努力するより夢想すると言う事なのだ。

そう言う理屈は分かる。分かるがアホらしいと思ってしまう自分が居るから仕方が無い。

特に歴史に関わる物語に付いて言えば、有り得たかも知れない事を探りたい。有り得ない絵空事を並べられても白けるのみなのだ。

だから、悪の将軍・藤原千方、甲賀三郎兼家と絵空事の主人公になり得る登場人物が揃っても、胸ワクワクさせる冒険話、ラノベ風ストーリーに組み立てる気は全く無かった。

伝承の藤原千方とは何だったのか、その実態を藤原秀郷の六男・六郎千方との関わりを通して、有り得たかも知れない物語として描くことを求めたのが、長編小説『坂東の風』なのです。
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