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文字数 829文字

「は? ケンカ売ってんのかコラ」


 夜の(とばり)が降りる頃、帰宅途中の高橋バンビーナは足を止めた。


「連載中の作品が完結してないのに、なんで新しいの始めちゃうかな」

 黒のぱっつん前髪のロングヘア。黒目がちで大きな瞳にスラリとした長身。
 ソフトボール仕込みの強肩(きょうけん)がチャームポイントの女子だ。


 12月の寒空の下、贔屓(ひいき)のネット小説作家が連載中の作品を放っぽって新作を投稿したことに、たいそうお(かんむり)の模様。


 端末を操作する指が震える。


「あれもこれも詰め込んで、エピソードばかり増やして完結しないとか」


 それでも、誰とも繋がらず、外部SNSもせず、一人で黙々と投稿し続けるこのカメムシという作家が好きでバンビーナはフォローしている。


 富士山噴火と大地震のコンボの時も、人類と捕食者の戦争中も、捕食者による通信網の襲撃でネットが繋がらない時も、修学旅行中に捕食者から襲撃を受けて一学年消滅した時も、バンビーナはオフラインでこの作家の小説を読んでいた。


 この作家のラベリングで本棚を作成して公開もしている。

 微力ながら、外部SNSにも本棚を公開して宣伝活動も行っている。

 けっこう入れ込んでいる。

 勝手に入れ込んで勝手に応援して、勝手に裏切られたような気分になっている。


「別に、いいけどさ。アタシは追試でそれどころじゃないから」


 決して自慢できない強がりを言って、バンビーナは小説サイトからログアウトした。


 早く帰って勉強時間を確保しないと、冬休みに補修になってしまう。
 

 近道しようと人気の無い公園を突っ切って、ショートカットしようとした時だった。


 公園の薄暗がりの奥から、目出し帽姿の男たちが現れた。
 
 何の迷いもなく逃げたバンビーナだったが、恐怖で足がもつれて転んでしまった。


「あ」


 足首を乱暴に掴まれ、彼女の体は恐怖で硬直した。


 もうダメだ。


 口にガムテープを張られ手足を拘束され、スーツケースへ押し込められようとしていた瞬間、



ひょう



と、空を切る音がバンビーナの頬を横切った。

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