第4話 五月の山行 芦尾山域

文字数 7,778文字

 今日は、いよいよ初めての本格的な山行だ。
 朝早くに京都駅に集合して、バスで、ここ登山口まで来た。
 今回登るのは、芦尾山から約9キロの大会本番コースを、その下見を兼ねて走破する計画だ。
 しかも、ついにテント泊デビューだ。
 集まったメンバーは、朝からわいわいと、もうピクニック気分だ。
「先生、遅いよ。将大先生は監督なんだから、しっかりついて来てくださいよ」
 倉木が、一番後ろの俺に声をかける。
「お前らこそ、あまりはしゃぎすぎだ。ペースを考えて登れ」
 山歩きのパーティは、歩き順がしっかり決まっていて、リーダーとサブリーダーを決め、先頭と最後尾を歩く。監督は、その後ろを歩いて安全を図るというのが決まりだ。
 鴨高リーダーは井澤で、サブは三年の倉木だ。二番目を、南條、三番目を天見、そして最後を俺が歩く。
 インターハイ登山競技では、百点満点から大部分は減点方式で得点がつく。配点は次のようになっていて、今回の対抗戦もこれに準じて行われる。

体力・技術面
 ○体力30点(バテていないか)
 ○歩行技術10点(スリップ・転倒は減点) 
 ○装備点検10点(必要品の所持)
 ○テント設営10点(時間での完成度・チームワーク)
 ○炊事5点(手順・食糧計画が適切か)
知識面 
 ○気象7点(テストと天気図)
 ○自然観察8点(テストと読図:コース上に設けられている地点が地図のどこか記入する)
 ○登山計画・記録10点
 ○救急5点(テストと医薬品の装備)
 ○マナー五点

 登山大会では体力・歩行技術が一番高く、歩く様子がしっかり採点される。パーティーの体力、統制、歩行技術(バランスが良いか)だ。歩く間隔、歩き方なんかを、隠れた所から審査員が見ているらしい。学校でも練習したし、このふた月、日帰りでも何度か登ったが、どれもハイキングコース程度、今回、初めて、本格的に人里を離れ、山深く入っていく。
 舗装の道はすぐに途切れ、いよいよ山道に入る。
 先頭の井澤が、後ろのメンバーを気にかけて、時々振り返っては声をかけてくれる。
「みんな、今日は実戦のつもりだからな。山歩きのこつは、一定のリズムで歩幅は狭く、足裏全体を使って体重を支えるっていうのを常に意識してよ」
「わかってるけど、基本は楽しまなくっちゃ、ねえ朱莉」
 倉木が明るく返す。
「そうそう、やっぱりせっかく来てるんだからさ、この自然、楽しみたいじゃない」
 南條が「ねえ」と、振り向いて天見に笑いかける。
「ところが大会となると、そうはいかないんだから。
 はい、今、橋を渡るよ。9時33分、覚えて、朱莉」
「OK! 任して」
 そう、歩くコースの特徴と時間を、しっかり覚えて後で地図に記録しないといけないのだ。覚えるのは得意だと、朱莉が主に担当する。
「これ、歩いてる途中でメモとかしたらだめなんだよね」
 天見の問いに、井澤が答える。
「歩きながらだと、危険だろ。そんなことしたら、安全な歩行ができていないって減点だよ。
 ソラ! その歩き方もだめだぞ。膝に手をついて登るの。それ、パワーウオークっていって足腰が弱いってみられるから。もちろん、道の木を持ったりしてもだめね。しっかり自分の足で進むよー」
「厳しい―」女子三人が口々に叫んだ。
 空は快晴、道は雑木林を抜けて、山を登っていく。目を上げれば、木々の濃い緑が頭上を覆い、木漏れ日がちらちらと道にゆれている。時折感じる山風は涼しく、ほおを撫で、朝の森は、聞いたことのないほどたくさんの鳥の声で溢れていた。
「山、生きてるね」
 ソラの言葉に、朱莉が、「うん」と返す。
 これまでの練習の成果で、皆、体力的にも余裕ができて、初めての登山に高揚した気分だった。 
 足の裏を感じてまっすぐ地面に、そう意識しながら一歩ずつ一歩ずつ、足を運ぶ。
 そうやって歩いていると、人里を離れているからだろうか、いつもよりすぐに心が空っぽになって、だんだん澄んでいく。この感じを覚えると、山歩きが好きになるという意味がわかる。この何も考えなくなる時間が好きだった。心がリセットされ、すっきりした気分になる。そして、その先に登頂の達成感や、自然を五感で感じる喜びが待っているのだから、山歩きの魅力に取りつかれた井澤たち「山登り」の気持ちがわかる気がする。
 俺たちは、その全身で、ただ自然を感じ、歩くということを楽しんでいた。
 パーティは昼前にはカミノ峠に着き、峠から尾根に出た視界の開けた所で、昼食の長休止をとる。
 標高も上がり、眼下には青々とした緑の稜線が重なり、遥か向こうまで広がっている。
「もうこんなに高いんだ」
 天見が思わずつぶやいている。
 雲がゆっくりと形を変えながら流れていく。
 みんなは、それぞれに持ってきたおにぎりをほおばっていた。
 大会の練習ともなると、食事もこれまでのハイキングのように、ゆっくり楽しんでいられない。南條には地図の記録もある。
 時間は予定よりも少し遅れていた。
 今日は、道の確認など、観察と記録をきっちりしながら丁寧に進んできているから、よけいだ。
 山上は風もあって、時々吹き付けるビュッと吹く強い風が、汗をかいた身体には心地いい。
 そこへ、下から登ってくるパーティがあった。
「こんにちは」
 倉木たちが挨拶をすると、向こうからも挨拶が返る。これも山のマナーだ。
「あら、あなたたち、鴨高じゃない?」
 登ってきたパーティの中、目つきの鋭い女性が、立ち止まった。
 よく見ると、見覚えがある。
 天見が、誰だったか思い出し、声にした。
「たしか、甲子社の……」
「久しぶりね。あなた、今年も出るのね、楽しみだわ。今年は去年みたいにはいかないわよ」
 そう、彼女は甲子社高校の俵、去年の三校対抗戦に出ていた。ちょっと嫌な方の印象で記憶に残っている。明らかに天見は苦手そうな顔だった。
 倉木が立ち上がって挨拶をする。
「どうも、俵さん、大会の打ち合わせ以来ね。今日はお宅も、このコースを?」
「ええ、あなたたちもだったのね」
「ハロー、元気でしたか。私、中村ダニエルです。覚えてますか? 今年は私たち負けませんよ。頑張りましょう!」
 後ろから元気よく顔を出した派手な黄色のバンダナを巻いた彼も、去年の三校対抗戦出場者だ。
 そういえば、先頭を歩いていた、長髪を後ろでくくっている背の高い彼も見た覚えがある。
 あの狐を思わせる鋭い目は阿部だったか、あの阿部晴明の末裔だとかいう生徒だ。
 彼は去年、映像で見ただけで、直接、会いはしなかったので、すぐに思い出せなかったのだ。
去年の対決では、阿部清明の末裔として、本格的な道教祈祷をやって見せた。そんな彼のことだから、山岳修行の一環で、登山も得意なのかもしれない。
 甲子社は、生徒が男女二人ずつに、定年まじかの男の先生というパーティ―だ。両校はそれぞれ簡単に紹介をしあった。
 残るもう一人の女性は体格ががっしりとした、アスリート感のある生徒で、一条といった。俵が自慢げに彼女は、クライミングの全国大会で優勝経験のある選手だといった。
 紹介された本人は、ぺこりと頭を下げると、特にしゃべることなく興味深そうにこちらを見ている。
 俺は相手校の先生に挨拶をする。年配の桝本先生は今年で定年だという。登山というより山歩きが趣味の素人だという。
 同じような境遇の仲間が見つけた俺たち二人が、「お互い大変ですねえ」と、笑いあっていると、向こうの生徒会長、俵が、挨拶は済ましたとばかりに、
「先生、時間がもったいないわ。行きましょ」
といって、「じゃあ、お先に」と、歩き出した。
 慌ててダニエルやほかのメンバーも続く。
 阿部は、終始無言で遠い目をしていた。
 彼の歩き方は、他のどのメンバーとは明らかに違う、ほとんど足を上げず流れるように足を前へ進めていき、いつの間にか先頭を歩いていた。
 桝本先生も、「それでは」と、あたふたと追いかけていく。
「俵さん、今年は生徒会長になって相当力入ってるんです。去年、うちに二度も負けたのが、よほど悔しかったみたいで。打ち合わせの時も、うちには敵対心マックスなんですよね」
 倉木が、ちょっと苦笑いでそう言う。
「まあ、会長ともなると、責任あるから大変なのさ」俺がそう言うと、南條が、
「うちはうちのペースでいきましょう。ね、誠吾リーダー」
「やっぱり基本は山を楽しむだ。あ、でももう予定時間を過ぎてるから、俺たちもスタートだぞ。さあ、みんな出発!」
 パーティは、次の大きな目標、シシオ峠を目指し、尾根を北へ進んだ。
 その日は、一日目ゴールとなる藍野に無事予定通りに到着した。
 本番同様、ここでテント泊となる。
 学校での練習通り、規定の二十分で、男女二つのテントを張る。
 インターハイなどでは、テント設営は十分でその出来を競うそうだが、今回はほとんどが初心者であることと、男女混合のパーティーになるので、この大会は特別ルールの二張りを二十分となっている。
 テント設営は、鴨高チームの得意とするところ、みんなで声を掛け合って協力し、時間的にも余裕でできた。
 夕食は、今回は南條担当の特製ピザで、みんなに大好評だった。
 しかし、井澤と倉木で最後のワンピースを奪いあって大騒ぎになり、山の静けさをすっかり壊してしまったあげく、近くにテントを張っていた甲子社の生徒会長に、怒られるということになった。
 楽しく過ごすみんなに、「競技上は、こういうのはマナー違反で減点ということになるので注意するように」と、一応抑えたのだが、本番は……、大丈夫だろう……、と思う。

 夜、一人になったソラは、ザックの中の小町さんに外の景色が見たいとせがまれた。
 そう、小町さんを、ザックの荷物の中に忍ばせてきていたのだ。
 立体化しなければ、小町さんは紙一枚なので、荷物にはならない。
 5㎝ほどの親指姫サイズに立体化していた小町さんは、そっとザックの隙間から、山の風景を楽しんでいたみたいだ。
 ソラは、小町さんをポケットに、夜、こっそりと女子三人が眠るテントを出た。
 夜空は少し曇っていたが、小町さんと、流れ星を数えたりした。
「ソラ、知っている? 山には気の力が平地より、満ちているのよ。だから昔から、行者たちは山岳修行を大事にしたの」
 ソラは、深い夜空の下に広がる、この山系全体のパワーのようなものを、感じた。
 その夜は、なんだか頭の芯が冴えわたったようで、よく眠れなかった。

 二日目、朝、俺たちがゆっくりしているうちに、甲子社パーティーはいつの間にかいなくなっていた。
 それでも俺たちは、慌てることなく、自分たちのペースで、慎重にコース観察と記録をとりながら進んだ。
 まず、南東の尾根に向かって進み、今回の最高峰となる空岳を目指す。そこから尾根伝いに元の下野村まで戻るというのが本番のコースだ。俺たちは、本番に向けてということを大事にして、着実にコースを確認しながら進んだ。
 鴨高パーティーは、井澤の地図読みの正確さでコースを迷うこともなく順調に進み、昼過ぎには、あと一つ尾根を越えれば下山、という所まで来ていた。
 さすがに、初心者の俺たちは、随分疲れて口数もめっきり少なくなっていたが、初めての本格的なテント泊登山は、なんとか無事に終えることができるかと思われた。
 パーティーは、最後の登りとなる、クヌギ林の急斜面を黙々と登る。
 急斜面なうえに、所々枯れ葉が深く積もった道は、足も滑りやすく相当つらい、二日目の疲れもあって、足が上がらなくなってきた。息があがる。
 道は、尾根まであと少しの所で岩場になった。
 見上げると大きな岩が連なって、登山道はその岩の間をジグザグに伸びている。この尾根を越せば、あとはゴールまで山を下っていくだけだ。
 一行は、岩の急斜面をゆっくり登っていく。
 足元の岩場は、中には踏むと動きそうな石(こういうのを浮石というんだと井澤が教えてくれた)もあり、慎重に進む。
 その時だ、森の鳥たちが、バサバサッと一斉に飛び立った。
 みんなが、顔をあげ、あたりの森を見回した時、突然ゴーっというような地響きと共に、地面が大きく揺れた。
 地震だ!
 俺は、すぐにしゃがみ、目の前の斜面の岩をつかむ。
 揺れはすぐに、おさまった。
 小さな地震だったようだ。
「大丈夫か? みんな」
 最後尾の俺はみんなに、声をかける。
 するとすぐに先頭の井澤が、しっかりした声でみんなに言った。
「地震のあとは特に落石に注意して。先生、後ろ大丈夫ですか?」
「了解、みんな、足元の石とかも気をつけてな」
 山での落石はとても危険だ。即、大きな事故につながってしまう。
 山は、風もないのに、ざわざわとした音にならない何かが静かに身を潜めている、そんな嫌な感じがした。
 揺り戻しもないようなので、この危ない場所は早く抜けようと、一行は急いで上を目指す。
 岩場は、あと少し上まで続いているが、尾根まで出れば、少し安心だ。
 足場は狭く、足の置き場一つにも注意がいる。
 俺は、時々、前の生徒たちを見やりながら、足元に意識を向け、一歩ずつ慎重に進んだ。
 そのとき、先頭を行く井澤が鋭い声をあげた。
「落(らく)!!」
 南條の悲鳴がして、そちらを見ると、こぶし大の石が山道を跳ねながら、こちらへ落ちて来る。
 足場の悪い中で、みんな、逃げようがなかった。
 ドーンと石が跳ねて、迫ってくる。
 すぐ前の倉木が、避けようとして足を動かした。踏んだ石が、浮石だった。
 倉木は、足を滑らせ、体勢が崩れたところを落石が襲った。
 すぐ後ろにいた俺も、とっさで手を出せなかった。
 倉木の白いジャケットが、左手斜面を滑り落ちていく。
 みんなの悲鳴に、井澤の「先輩!」と叫ぶ声が重なった。
 幸い、数メートル下の立ち木の所で、倉木の身体は止まった。
 俺はすぐに、斜面をすべり下りて倉木のもとへ急ぐ。
 他の者たちもすぐに集まってきた。
「先輩、大丈夫ですか」という、みんなの声に、横になったままの倉木が、顔をゆがめて、無理に笑った。
「ちょっと、どじっちゃったみたい」
 身体の様子を確かめると、石の直撃はなかったようだ。
 だが、足をひねったか、倉木は、痛くて足を動かせなかった。
 とにかく、急いで下山しようということになる。この山中では、携帯もつながらなかった。
 幸い、この登りを越せば、あとは下野村まで下るだけ、しかもすぐ近くには、車の通る道にも出ることができるはずだった。
 パーティは、俺が倉木を背負い、みんなで荷物を手分けして持って、ゆっくりと進んだ。
 俺たちは、なんとか尾根を越え、下野村の林道に出ることができた。
 そこで携帯がつながって、救急車を呼ぶことができた。
 救急車が来るまで、みんなで倉木を励まして待った。
 ようやく救急車がやってくる音が山にこだまする。
 サイレンの音は、随分離れた所から、山にこだまして聞こえ、それがだんだん近づいて来る。
 そのとき、天見が、そっと俺に耳打ちした。
 さっき小町さんに呼ばれたので、こっそり話を聞いたのだという。
「先生、小町さんが言うんです。さっきの落石のとき、何か悪い気を感じたって。呪術の気配だって」
 とっさにそれが何を意味するのか、わからなかった。
 だが、静かな山に甲高いサイレンの音を響かせ、救急車が近づくにつれて、その意味がどんどん膨らんでいった。
 痛そうにしている倉木を見ていると、心に刺さったトゲの痛みは、ズキズキと痛みを増していった。
 人里もすぐそこなので、あとを井澤に任せ、俺は、倉木と一緒に救急車に乗り込んだ。
 救急車の扉が閉まる最後に見た天見たちの顔は、みな日頃の光を無くし、悄然としていた。
 その後、倉木の診断は、右足骨折ということだった。

 翌日、暗い顔で登校したメンバー三人を生徒会室に集めると、俺は言った。
「倉木は、全治一か月だ。当分の間は松葉杖になる。みんなに本当にすまない、そればかり言っていた」
 俺は、それだけ言うと後の言葉が続かなかった。
 しばらくの間、誰も何も言わない。
 ふいに南條が、立ち上がって言った。
「倉木先輩、あとを頼むって私に言ったの。だから、やっぱり、何とかこの大会、出る道を探れないかな。ソラはどう思う?」
「やっぱり、最後までやりたいよ……ここでやめたら、倉木先輩もっと苦しくなると思うし、みんなでこんなに頑張ってきたんだから。できたら倉木先輩の分まで、やらなくちゃいけないって思う」
「そうよね、私もよ。誠吾は?」
「ああ、山での事故、俺、むちゃくちゃ責任、感じてる。どうしたら良かったのかって。ただ、わかっているのは、ここでやめるのは、やっぱり違うと思う」
「なら、問題は、先輩の代わりをどうするかってことよね。でも、あれだけ声かけても、無理だったのに、あとひと月って今になってだもんね」
 南條の眉間のしわが深くなる。
 難しい顔をしてみんな、しばらく黙り込んでしまう。
 そのとき、天見がそっと手を上げた。
「あの……、一人、あたってみる価値のある人物、いるんじゃないかな。
 みんな、忘れてない? 一人」
 ん? という顔をした南條と井澤が、同時に声を出した。
「美紅!」
「そう、美紅なら、どうかな? 体力なら、文句なしだし」
「おお、俺としたことが、そう、あいつならもうばっちりだよ。よし、すぐ行こう」
 ……とは言うものの、いくら伊山でも、さすがに、こんなに直前じゃあなあ……。
 という不安は、すぐに消えることになる。
 三人が演劇部にいた伊山をつかまえ、頼み込むと、彼女は、
「そうか、大変だったな、倉木先輩。まあ、ここで終われないもんな。
 いいよ。私でよければ、まあ、体力だけなら自信はあるし」
と、不敵に笑った。
「ありがとう、美紅! 今、私、美紅がオスカル様に見えたわ」
 南條が伊山の手を両手で握り締めて言った。
「お、嬉しいこといってくれるな、まあ、ここで真打の登場って感じで、なんか倉木先輩には、いいとこ取りで悪いな」
「よし、誠吾、すぐに今から大会間に合うように、もう一度練習のプログラム組みなおして! 先生、すぐに対戦校にメンバー変更の申請お願いします」
 展開のあまりの速さについていけなかった誠吾は、「おうっ」と言葉にならない返事をした。
 伊山は早速、その日から練習に加わったが、体力については、心配はなかった。もともとスポーツ万能なうえに、女優(宝塚スターのような)を目指す伊山が、日頃からトレーニングを続けていたのは、みんな知っていたからだ。
 問題は、山の知識面の方だが、そこは井澤をはじめ、他の者で補うことになった。
 こうして、倉木のピンチヒッターとして、伊山が入ってくれることになり、なんとか大会への道はつながった。
 それからは、放課後、鴨高の校舎には、毎日のように、伊山を交えた四人の姿があった。
 七月、また蒸し暑い京の夏がやってきた。
 校庭のクマゼミの鳴き声が大きくなり、鴨川の木陰、川風が恋しくなる。
 そんな暑さをものともせず、天見たち四人は、十キロを背負っての階段昇降、校外のランニング、蒸し風呂のような生徒会室での地図や登山の勉強に集まった。
 共に笑い、汗する間に、大会までのひと月はあっという間に過ぎ、ついに八月、三校対抗戦の本番の日を迎える。
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