港町の悲喜こもごも Ⅲ

文字数 2,764文字

「せめて、わたし達三人だけで何かできることがあればねえ」

 せっかくこの町まで来て、状況も知ることができたのに、自分達はただ手をこまねいていることしかできないのか。――リディアがため息まじりに呟いた時。

「それだ!」

「「えっ?」」

 デニスが前触れもなく突然叫んだので、リディアとジョンは面食らう。

「オレ達三人でプレナまで乗り込んで、海賊の連中を叩きのめしてやるってのはどうだ? そしたら、プレナもこの町も平和になるし、陛下や海軍の手を(わずら)わせることもなくなるし。万々歳(ばんばんざい)だろ?」

 デニスの提案に、リディアが賛成らしいということは彼にも分かった。が、ジョンは不服らしい。

「ちょっと待て、デニス! この三人だけで? 向こうの人数も分からないのに乗り込むなんて、いくら何でも無謀(むぼう)すぎるだろ! ――ね、リディア様もそう思うでしょう?」

「え、ええ……」

 彼女は曖昧に頷いた。ジョンの言っていることは、(すじ)が通っている。ものすごく正論である。それは分かっているのだが……。

 デニスが言うように、「父や海軍の手を煩わせずに済む」のなら、その方がいいとリディアも思う。それが次期皇帝として、自分にできることだというのなら、その責任を果たしたいという思いもある。

 この町からプレナまでは、船で三時間ほどで着く。明日の午前に船で渡り、奴らを叩きのめしてまた船で戻って来ることができたなら、父がスラバットから戻る夕刻までに城に戻ることも可能だ。

 ただ、向こうの人数如何(いかん)ではたった三人で(いど)むのは危険だし、そもそもリディアは剣を持ってきていないのだ。戦うことすらできない。

「うーん、ムリなのかなあ……。オレとしては、なかなかの名案だと思ったんだけど」

 デニスは頭の(うし)ろで両手を組み、そのままベッドにゴロンと横になった。

「今の案は却下(きゃっか)ってこと? ジョン」

 リディアが少々不服そうに訊くと、ジョンは「まあ、そういうことです」と即答する。

「リディア様、今日はもうお疲れでしょう? そろそろお部屋に戻っておやすみ下さい。俺達ももう寝ますので」

 リディアは渋々、「おやすみなさい」と言って彼らの客室を出たが、(てい)よく追い出された気がして仕方がなかった。

 自分の部屋に戻り、()()()代わりのチュニックワンピースに着替えてベッドに(もぐ)り込んだが……。

「――ダメだわ。眠れない……」

 何度か寝返りを打った後、リディアは無理に眠ろうとするのを(あきら)めた。

(浜辺に散歩にでも行こうかしら)

 潮風にでも当たれば、このモヤモヤした気分も少しは晴れるかもしれない。

 手早く着替えを済ませたリディアはブーツを履き、枕元(まくらもと)に置いてあったランタンを手にして廊下に出た。……すると。

「よお、リディア。お前も眠れないのか?」

 向かいの男部屋から、デニスが寝グセだらけの頭で出てきた。彼もまた、自分の提案をジョンに却下されたことで、モヤモヤしていたのだろう。酔っ払ってフテ寝しているかと思いきや、意外と繊細(せんさい)なようだ。そのわりには、()のみ着のままベッドに入っていたようで、チュニックはシワだらけだ。

「そうなのよ。だから、浜辺に散歩にでも行こうかと思って。――ねえ、ジョンは?」

「アイツなら、ベッドで爆睡(ばくすい)してる。剣の稽古の後、ここまで馬を走らせてきたんだ。よっぽど疲れてたんだろうな」

「そう」

 リディアは頷く。そして、彼を誘った。

「じゃあデニス。ちょっと付き合ってくれないかしら? 一緒に、潮風に当たりに行きましょう」

「ええ? なんでオレが」

「あなたはわたしの護衛官だもの。当然でしょう?」

 こんな時にばかり主従関係を(たて)にされても……とデニスは困ったけれど、(いと)しい女性の頼みとあらば、彼も断るつもりはない。

「へいへい、仕方ねえなあ」と言い方こそモノグサだったが、本当はリディアと二人っきりになれるのが内心では嬉しいデニスであった。


****


「――うーん、気持ちいい!」

 宿を抜け出して裏手の浜辺に出ると、リディアは岩の上にランタンを置いて思いっきり伸びをした。夜の冷たい潮風が、頬に心地(ここち)いい。

「ねえ、デニスもいらっしゃいよ」

 彼女はランタンの番でもするように、岩に腰かけたままのデニスを呼んだが……。

「いや、オレはいいよ。――それより、リディアと話がしたい」

「え?」

 何を改まってとリディアは目を瞠ったが、待たせるのも悪いと思い、すぐにデニスの腰かける岩の隣りに座った。

 彼の目は、リディアの着けている髪留めを凝視(ぎょうし)している。

「ねえ、話ってなあに?」

「午後にも同じ質問したと思うけどさ、リディアはジョンのことどう思ってるんだ?」

「何かと思えば,またその話?」

 同じ内容の()(かえ)しに、リディアはウンザリ。けれど、デニスの顔は真剣そのものだった。彼女は視線を()らしながら答える。

「ただの幼なじみよ。本当にそれだけ」

「本当に? お前が今着けてる髪留め、ジョンにもらったヤツじゃないのか? オレ今日、この町の露店で同じようなの見かけたけど」

 デニスの口調は、何だか咎めるように(するど)かった。

「これは……っ、せっかくこの町で買ってもらったんだし、この町で着けないともったいないかなあと思ったから、着けただけで」

 そこまで言って、リディアはデニスの機嫌が悪い理由にピンときた。

「デニス……。あなたもしかして、ジョンに()いているの?」

「なっ……!? べっ、別に妬いてねえよっ!」

 顔を真っ赤にして、デニスはムキになって否定する。どうやら図星だったらしい。

「ただ、夕方オレが離れてる間にリディアとジョンがなんか親しげにしてたから、ちょっと面白くなかっただけだよ」

「……そういうのを、〝妬いてる〟っていうのよ」

 リディアはすかさずツッコミを入れる。そして、この時初めてデニスの想いに少しだけ気づいたような気がした。

「わたしは別に、ジョンを異性として意識したことはなかったけど。あの時初めて分かったの。ジョンが、わたしに好意を抱いていることが」

「そっか。でも、お前が好きな相手はアイツじゃないんだろ? アイツも(むく)われないよな」

「ええ……」

 リディアは想い人であるデニスの前で、何だかジョンの無垢(むく)な想いを受け入れられないことに、若干(じゃっかん)の申し訳なさを感じていた。

「まあ、アイツはカタブツだからなあ。あからさまにお前に想いを告げることはないと思うけどな」

 デニスのジョンに対する評価は、なかなか(まと)()ている。

「そういうあなたはどうなの? デニス」

「えっ、オレ? オレは……、どうかなあ?」

 はぐらかそうとしているのか、はたまた本当に分からないのか、デニスは頭をボリボリ掻きながら首を捻る。

「わたしは、想いを伝えるならハッキリ言ってほしいわ。遠回しに言われても伝わらないもの」

 デニスと二人でこんな話をする日が来るなんて、リディアは夢にも思っていなかった。
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登場人物紹介

リディア・エルヴァート 18歳


エルヴァート王朝レーセル帝国の第一皇女。父である皇帝・イヴァン・エルヴァートの一人娘であるため、皇位継承第一位の「皇太子」である。

5歳の頃に母親の皇后マリアンと、母の胎内にいた弟を亡くした悲しい過去を持つ。

エルヴァート一族(皇族)の証である蜂蜜色の長い髪と、美しい紺碧色の瞳が特徴。その美貌に似合わず剣の腕前は確かで、頭脳も明晰。次期皇帝としての器は十分で、国民からの信頼も厚い。

帝国兵であるデニス、ジョンの二人とは5歳の時からの幼なじみ。デニスはリディアの剣の師匠であり、彼女の想い人でもある。

デニス・ローレア 18歳


レーセル帝国の兵士で、リディアを護る近衛兵。父親で同じく帝国兵のガルシアはレーセル人だが、母親が隣国・スラバット王国の出身のため、混血(ハーフ)。

褐色の肌と赤の短髪、茶色の瞳が特徴で、リディアからは「異国風(エキゾチック)な風貌」と言われる。

長身でガッシリした体格で、剣の腕も一流。12歳の時にリディアから懇願され、彼女に剣術や体術を教えた。

ただ、「風流」とは程遠く、無作法である。リディアに恋心を抱いているが、幼なじみでもあるため彼女に敬意を払わずふてぶてしい態度を取っている。

ジョン・バイラル 18歳


レーセル帝国の兵士で、「帝国一の大剣使い」と名高い屈強な戦士。両親ともにレーセル人で、代々エルヴァート家に使える軍人の家柄の生まれ。ちなみに父ステファンも帝国兵で、イヴァン皇帝、デニスの父ガルシアとは友人同士である。

流れるような金髪(ブロンド)と切れ長のブルーの瞳、デニス以上に大柄な体格が特徴。その鍛え抜かれた筋力で、自分の身長以上の長さ・重量がある大剣を使いこなす。

デニスと同じくリディアの幼なじみで、彼もまた皇女に恋心を抱いているが、デニスとは違ってリディアにキチンと敬意を払い、一歩下がって彼女を見守っている。

城の皇女付きメイドに、ジョンの幼なじみのエマ・セランがいる。

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