第7話(#16)

文字数 2,072文字

「おら!! さっさと急げ!!」

 足取りが遅いと背後から怒号が飛ぶ。あいつは敵意むき出しの形相で私を襲う。時々物理的な強い痛みが走る。
 しかしスマホを失ってしまった今、私に助けを呼ぶ手段はない。声も威圧に封じられ、吐き出せない。

 勝手に連絡を取っていることがばれてしまい、私はうっかりスマホを落としてしまった。すぐにあいつに連行され、手を上げられた。
 すぐに休憩は終わり、頂上への登山が再開される。

 頂上に辿り着いたのは予定通り三十分後。森の間に突如やや広めの背の高い草が生い茂る草原が現れた。その中央に佇む小さな(やしろ)
 打掛錠が外されているが、扉は閉まっていた。
 目当ての品は古びた木の扉の向こうに眠っているはず。

「ほう……あそこに眠っているのか」

 あいつは滝のように流れる汗を拭って、前に歩み始めた。

 登山中、どれだけ自分を恨んだことか。
 家族を失った理由を調べるために始めたことが、居場所を奪ったやつらに利用されるなんて。ああ、なんて運が悪いんだろう!

 でも、中にあるものが人魚の肉だとしたら開けてはいけない。それをあいつらにもわからせるべきだろう。
 私は身をもって経験しているのだ。あのおぞましい一場面を。
 そして、調べ事が正しければあいつらも私と同じく、 “適正” がない。肉に触れることすらできないのだ。

 決意を固めようと私は心の中で念じた。
 あいつと上司たちはすでに社の前まで来ている。
 時間は残されていない。
 威圧が弱まった今がチャンスだ。

「あの……!」

 静かだけど、確実にあいつらの耳に届く声を放った。あいつらは扉を開けようとしていたが、手が止まった。
 あいつの顔が私に向けられた。

「なんだ、鈴美」
「……開けないで」
「は?」
「見たら……死ぬよ?」

 一瞬だけあいつの目が点になり、口をぽっかりと開ける。だが、すぐに見下すように、小馬鹿にするように笑い始めた。

「死ぬって? 何言ってるんだこいつ。ここまで来て人魚探し辞めろってか?」

 あいつがのそのそと草原を踏んで歩てくる。同時に自分の心臓の拍動が強くなっていく。

 私の目の前で立ち止まり、あいつの顔から笑いが消えた。悪魔のような、鬼のような、恐怖を与える魔物のようか顔が私に向けられた。

「……」
「お前が案内するって言ったんだろ? じゃあなんで嘘つくんだ?」
「その……」

 声を出そうとすると、あいつはいきなり私のキャミソールの襟元を掴み上げた。私の身体は浮き上がり、首に押さえつける圧力を感じた。
 額から冷や汗がにじみ出る。

 苦しい……。

 そしてあいつは背筋も凍るような形相で、私に向かって怒号を浴びせる。

「嘘つき野郎め!! こっから逃げたいだけだろ!! この役立たずがああっ!!!」

 私は反射的に目をつぶった。罵声は耳を突き抜け、鼓膜を、脳を振動させる。
 身体全体が震え、直感で生命の危機を感じた。

「ごめんなさい……ごめんなさい!」

 目を強く閉じたまま、私は心から叫んだ。
 あいつの手の力が一瞬弱くなり、私は解放された。
 体は地面に落ち、私はむせ返った。(せき)込みが止まらない。

 あいつは少しだけ呆然としていたが、すぐに気を取り戻した。眉をひそめて、私に敵意むき出しの形相で睨みつける。

「お前の役割はまだまだ残ってるんだ。そこにいろよ」

 あいつは捨て台詞を吐いて上司のもとに向かった。
 事実なのに、伝えることができなかった。悔しいけど、こうしちゃいられない。開けたら、本当に……!

 あいつと上司は、木の扉を開けた。中にかなり古そうな木箱――友人の家で見た人魚が入っていた木箱だ。

「ほう……この中にあるのか」

 上司は興味深そうに木箱を吟味する。

「早速、確認しましょう……!」
「ああ」

 箱がゆっくり開けられる。
 まずい……! すでに私の足は動き始めていた。

「やめてええええええええええっ!!!!!」

 とにかく、箱を開けるのを阻止したい。それで頭がいっぱいだった。自然と全身に力が入る。
 私はあいつらに思いっきり体当たりした。

 うぐっ!

 あいつのうめき声がする。一瞬、あいつがよろめく。
 私とあいつは折り重なるように、草原に転げ落ちた。体が二回転半し、服やスカートに土が付着する。

「ってえ……。何すんだよ!!」
「……!」

 私は反射的に目を閉じた。いやっ……!

 うううあああ……

 別のところから他の男のうめき声がした。

 ドサッ

 何かが倒れた音がした。
 私とあいつは恐るおそる顔を上げた。

 草原の上では木の箱がひっくり返り、得体のしれない魚のような、人間の顔のような黒いものが木箱から見え隠れしていた。

 そして木箱の一メートルほど先に人影が倒れていた――

「課長おおおおおおおおおおーーーーッ!!!」

 その光景に私は茫然自失とするほかなかった。
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登場人物紹介

卯花清弥

 セイヤ。物語の主人公。いじめられっ子のヘタレで、ぼっちでコミュ障。実家は人魚伝説で有名な卯花神社を経営している。

風馬鈴美

 スズミ。物語のヒロイン。健気で明るいセイヤの同級生。ある事情で人魚伝説を調べており、セイヤとともに行動することになる。

尼ケ瀬千夏

    チカ。卯花神社でセイヤたちが出会ったお姉さん。八百出身で、県外の大学に通っているらしい。

 (第1章からの登場です)

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