第2話(#5)
文字数 4,387文字
静かな夏の神社。木漏れ日があたりを包み込むように照らす中、僕らは本殿に向かっていた。
「いいよねえ、卯花くん」
風馬さんはさっきから僕のリュックの中をじろじろ見ていた。この中にはさっきチカさんからもらったお土産が入っている。風馬さんは自分がもらえなかったのを不満に思っているらしく、さっきからまるで獲物を狙う猫のような目でリュックの中の “エサ” をうかがっていた。
「そうはいっても一つしかありませんし……しかもチカさん開けるなっていってたじゃないですか」
「それがなによー」
「だから、渡せないんですよ……」
「ちぇー」
風馬さんは眉間にしわを寄せて、ばつが悪そうな、不満げな顔をしている。いや、欲しいのはわかるけど、どうしようもないんだよ。
今からおじいちゃんから社務所に入る許可をもらわないといけない。家族以外の人は立ち入り禁止だし、資料を見たいというならなおさらだ。
おじいちゃんは本殿で掃除をしていた。僕たちに気づくと、雑巾をバケツにかけて、きびきびした足取りで僕たちのもとに来た。
「おじいちゃん、ごめん。今大丈夫?」
「ああ。今掃除もひと段落したからの」
おじいちゃんは僕の隣にいた風馬さんに目をやった。とても珍しいものでも目撃したかのような顔だ。
「お、セイヤにしては珍しく友達を連れてきたのか?」
「え、うん……」
「ほっほっほ。何年ぶりじゃろな」
なぜか顔が熱くなる。だけど、隣にいる風馬さんはお構いなく、元気な声で挨拶した。
「あ、はい! 私、風馬 鈴美 っていいます! よろしくお願いします!」
「スズミちゃんか。いい名前じゃ。セイヤがこんなかわいい子を連れてくるなんて、信じられんわい」
おじいちゃん!! 恥ずかしいこと言わせないでよ!!
僕は心の中で大声で叫んだ。声に出したら、風馬さんになんて思われるかわからないし、おじいちゃんは尚更はやし立てると思ったから。
だけど、大声でエネルギーが膨張し、心が破裂しそうだった。それは体に現れていた。顔は熱くなり、汗がじんわりと額から出ている。
「それでセイヤ、おまえさん何の用じゃ? こんな時間に来るなんて珍しい」
「あの、実は……風馬さんが調べたいことがあって社務所に入りたいんだ」
「調べたいこと?」
「人魚の伝説を自由研究で調べたいそうなんだ」
僕は風馬さんに顔をやった。彼女はにっこり笑って僕とおじいちゃんのやり取りを眺めていた。なぜか彼女の顔から発せられるわくわく感。期待しているのか? 風馬さんによると、ここは人魚の肉を食べた尼さんを祀ったとされる神社だけど、本場なら知りたいことがわかるからか?
「おじいちゃん、いいかな」
「ははは。そうじゃな。勉強のためならいくらでも調べていくといいぞ」
意外にもおじいちゃんは承諾してくれた。
僕は目をぱちくりさせたけど、それ以上に驚いていたのは風馬さんだ。
「い、いいんですか!?」
風馬さんは手を合わせ、茶色い瞳が大きく開かせ、その何かが飛び出しそうな目はおじいちゃんに向けられていた。
「もちろんじゃ。さっきもおまえさんらより年上の学生さんが来とったが、あの子も調べとったの」
年上の学生さん……? 僕の頭にさっき会ったチカさんが思い浮かんだ。あの人も確か、人魚を調べてるって言ってたけど。そして、もうここで調べることはないと言っていた。社務所に入ってたのか?
「あ、ありがとうございます!!」
いろいろ思いを頭の中で巡らせていたが、風馬さんのいきなりの声でそれは遮断された。
声が鼓膜を揺らす。おじいちゃんもびっくりして、目が風馬さんを見て動かない。
どれだけ嬉しいかはわからないけど、もうちょっとボリュームを下げてくれないだろうか。
とりあえず僕らはおじいちゃんから鍵を借りて、社務所に向かった。社務所は文字通り神社の事務作業をするところだけど、中に資料庫がある。卯花神社は少なくとも江戸時代から使われていた祭具や神像 、日誌が残されている。一部は博物館や図書館に貸し出されてるけど、それ以外は大切に保管されていた。
資料庫の鍵を開ける。
「はやく、はやく!」
胸が高鳴っているのか知らないけど後ろから風馬さんがせかしてくる。ちょっと、待ってくださいよ――
引き戸の鍵穴に鍵を差し込んで、開けた。電気をつけると資料庫の全体が露わになる。日誌や卯花神社にまつわる書籍が本棚の隅から隅まで、びっしりと並べられている。何冊あるかはわからないけど、とにかく多い。
社務所の資料庫に入るなんてそうそうないけど、やはりこの様 は圧巻である。普段見る光景じゃないから別世界なのだ。
僕は驚いていたけど、それ以上に風馬さんは目を輝かせていた。
「す、すごい……。すごいよ……!」
「これだけ本があれば自由研究もはかどりそうですね……。目当ての本を探すのは大変そうですけど」
「だけどありがとう、卯花くん! 早速、人魚の本探そうよ!」
「え、僕もですか」
思わず声が出てしまった。こんな本の海から人魚の本を探すの!? 日が暮れちゃうよ!
「ごめんね。手伝ってくれない? 確かに大変だと思うけど」
風馬さんは両手を合わせて、上目遣いで僕を見る。
こうお願いされると、なぜか断れない……。だけど、調べ事の協力に同意していたから手伝わないといけない。
「わかりました。とりあえず、台とか脚立持ってきますね」
「ほんとう? ありがとう!」
風馬さんはにっこりと今までにないくらいの笑みを見せた。なぜか僕の顔は自然と熱くなった。
風馬さんは本棚から『人魚』とかそれに関連するキーワードがついた本や資料を取り出す。僕もそれに倣って書籍を探した。
テーブルに置かれた書籍は『比丘尼 伝』『八百 の社 』『絶海の祠 』『冠島 の研究』『卯花神社録』などなど。
どれもタイトルからしてとても難しそうで、目がくらくらしそうな本だ。とても中学生が読めるものじゃない。
だけど、風馬さんは早速難しそうな本を手に取ってスマホを片手に調べ始めた。真剣なまなざしを書籍に向け、一ページ一ページめくっている。
本気でこれだけの本から自由研究をまとめるのか? というか、自由研究のためにそこまでするのか? 僕は疑問だった。
だが、それ以上に熱心に書籍を調べている風馬さんの姿に、僕はあらためて驚きを隠せなかった。ただ僕は目の前で自分の世界に入って調べ事を進める風馬さんを見るだけだった。
突っ立っているだけでは時間が過ぎるだけなので、とりあえず僕も本をめくって人魚の箇所を読んでいた。だけど、やっぱり何が書いてあるかちんぷんかんぷんで全くわからない。とりあえず、おおざっぱだが人魚の肉は非常に貴重で指で数えられるほどしかなく、長寿の薬として重宝されたことがわかった。
どれだけ時間が経ったかわからないけど、
「そうか……だから――」
風馬さんの手が止まった。本のページを開いたまま、言葉を漏らす。風馬さんは何かに気が付き、納得したかのような顔をしている。
「あの、どうかしたんですか?」
「やっぱり……。じゃあ、私の考えは正しかったんだ……」
「風馬さん?」
「じゃあ、今もあそこに……」
「何かわかったんですか?」
話が全くかみ合わない。僕の声が届いていないのだ。風馬さんの意識はすべてテーブルの上の本に向けられていた。
「あの……、風馬さん?」
近くで呼びかけるが、彼女の顔は動かない。うんうん、と顔を頷かせながらその本を眺めたままだ。
「風馬さん!」
僕は声を上げた。声は波となって風馬さんにぶつかり、否が応でも意識を僕に向けさせる。彼女は波が顔に当たり、まさに面食らった表情を僕に見せた。
「え!? どうしたの?」
「いや、何かわかったのかなって思って……」
ため息交じりに僕は右手で頭を掻く。
「ああ。自由研究のことだね。いま人魚の肉が見つかったところを――」
話を遮るように、テーブルの上にあった風馬さんのスマホが音を立てて震えた。風馬さんはスマホを手に取る。
「あ、ゆかからだ。ごめん。ちょっと待ってて」
「はい……」
ゆか、という名前を聞いて僕の身体はつま先から髪の毛の先まで震え上がった。
ゆかって、まさか同じクラスの――
海堂ゆか。できれば、二度と聞きたくない名前だった。彼女は去年も同じクラスだったけど、海堂を中心とするいじめグループにひどい目に遭わされてきた。今だって率先して僕の胸をえぐるような嫌がらせをしてくる。正直、殺意すら持った人物だ。
まさか、風馬さんが海堂と知り合いだったなんて……。
「うん。じゃあ、これから行くね」
風馬さんは通話を切る。僕はなぜか風馬さんを睨みつけていた。
「あれ、卯花くん、どうしたの? 怖い顔して」
「え。いや、なんでもないです」
僕は顔を下に向けた。
「そう。でも、ごめんね。これから、友達と花火行くんだけど、六時に八百駅で待ち合わせなの」
もうそんな時間なんだ。僕は戸口越しに社務所の掛け時計を眺める。時計の針は五時を指し示している。
その後、僕らはテーブルの上の本を片付け、社務所に鍵をかけた。
僕と風馬さんは夕暮れの境内を歩いていた。鳥居の向こうや木々の隙間から橙色の光が差し込む。
風馬さんはめいいっぱい背伸びをして気持ちよさそうに深呼吸していた。一方、僕はある不安を覚えていた。
「今日は手伝ってくれてありがとうね」
「あ、はい。あの、お願いなんですけど」
「ん?」
風馬さんは不思議そうな顔を僕に向けた。
「その、今日風馬さんが今日ここに来たこと、誰にも話さないでくれませんか?」
「え、どうして?」
「それは……、その……」
一番言いたいことが吐き出せない。理由は海堂に僕が風馬さんと会ったことを知られるのが嫌だから。だけど、それを素直に話したら風馬さんになんて思われるか、不安だった。
「まあ、わかったよ」
「あ、ありがとうございます……」
腑に落ちない様子の風馬さんだが、とりあえず了承してくれた。思わず僕は胸を撫で下ろした。安堵のため息が一緒に出る。
鳥居まで出ると、風馬さんは大きく手を振った。
「じゃあ、またね! 研究結果はまた教えてあげるから!」
「あ、はい!」
僕も手を振った。
風馬さんは笑顔で神社をあとにした。
「いいよねえ、卯花くん」
風馬さんはさっきから僕のリュックの中をじろじろ見ていた。この中にはさっきチカさんからもらったお土産が入っている。風馬さんは自分がもらえなかったのを不満に思っているらしく、さっきからまるで獲物を狙う猫のような目でリュックの中の “エサ” をうかがっていた。
「そうはいっても一つしかありませんし……しかもチカさん開けるなっていってたじゃないですか」
「それがなによー」
「だから、渡せないんですよ……」
「ちぇー」
風馬さんは眉間にしわを寄せて、ばつが悪そうな、不満げな顔をしている。いや、欲しいのはわかるけど、どうしようもないんだよ。
今からおじいちゃんから社務所に入る許可をもらわないといけない。家族以外の人は立ち入り禁止だし、資料を見たいというならなおさらだ。
おじいちゃんは本殿で掃除をしていた。僕たちに気づくと、雑巾をバケツにかけて、きびきびした足取りで僕たちのもとに来た。
「おじいちゃん、ごめん。今大丈夫?」
「ああ。今掃除もひと段落したからの」
おじいちゃんは僕の隣にいた風馬さんに目をやった。とても珍しいものでも目撃したかのような顔だ。
「お、セイヤにしては珍しく友達を連れてきたのか?」
「え、うん……」
「ほっほっほ。何年ぶりじゃろな」
なぜか顔が熱くなる。だけど、隣にいる風馬さんはお構いなく、元気な声で挨拶した。
「あ、はい! 私、
「スズミちゃんか。いい名前じゃ。セイヤがこんなかわいい子を連れてくるなんて、信じられんわい」
おじいちゃん!! 恥ずかしいこと言わせないでよ!!
僕は心の中で大声で叫んだ。声に出したら、風馬さんになんて思われるかわからないし、おじいちゃんは尚更はやし立てると思ったから。
だけど、大声でエネルギーが膨張し、心が破裂しそうだった。それは体に現れていた。顔は熱くなり、汗がじんわりと額から出ている。
「それでセイヤ、おまえさん何の用じゃ? こんな時間に来るなんて珍しい」
「あの、実は……風馬さんが調べたいことがあって社務所に入りたいんだ」
「調べたいこと?」
「人魚の伝説を自由研究で調べたいそうなんだ」
僕は風馬さんに顔をやった。彼女はにっこり笑って僕とおじいちゃんのやり取りを眺めていた。なぜか彼女の顔から発せられるわくわく感。期待しているのか? 風馬さんによると、ここは人魚の肉を食べた尼さんを祀ったとされる神社だけど、本場なら知りたいことがわかるからか?
「おじいちゃん、いいかな」
「ははは。そうじゃな。勉強のためならいくらでも調べていくといいぞ」
意外にもおじいちゃんは承諾してくれた。
僕は目をぱちくりさせたけど、それ以上に驚いていたのは風馬さんだ。
「い、いいんですか!?」
風馬さんは手を合わせ、茶色い瞳が大きく開かせ、その何かが飛び出しそうな目はおじいちゃんに向けられていた。
「もちろんじゃ。さっきもおまえさんらより年上の学生さんが来とったが、あの子も調べとったの」
年上の学生さん……? 僕の頭にさっき会ったチカさんが思い浮かんだ。あの人も確か、人魚を調べてるって言ってたけど。そして、もうここで調べることはないと言っていた。社務所に入ってたのか?
「あ、ありがとうございます!!」
いろいろ思いを頭の中で巡らせていたが、風馬さんのいきなりの声でそれは遮断された。
声が鼓膜を揺らす。おじいちゃんもびっくりして、目が風馬さんを見て動かない。
どれだけ嬉しいかはわからないけど、もうちょっとボリュームを下げてくれないだろうか。
とりあえず僕らはおじいちゃんから鍵を借りて、社務所に向かった。社務所は文字通り神社の事務作業をするところだけど、中に資料庫がある。卯花神社は少なくとも江戸時代から使われていた祭具や
資料庫の鍵を開ける。
「はやく、はやく!」
胸が高鳴っているのか知らないけど後ろから風馬さんがせかしてくる。ちょっと、待ってくださいよ――
引き戸の鍵穴に鍵を差し込んで、開けた。電気をつけると資料庫の全体が露わになる。日誌や卯花神社にまつわる書籍が本棚の隅から隅まで、びっしりと並べられている。何冊あるかはわからないけど、とにかく多い。
社務所の資料庫に入るなんてそうそうないけど、やはりこの
僕は驚いていたけど、それ以上に風馬さんは目を輝かせていた。
「す、すごい……。すごいよ……!」
「これだけ本があれば自由研究もはかどりそうですね……。目当ての本を探すのは大変そうですけど」
「だけどありがとう、卯花くん! 早速、人魚の本探そうよ!」
「え、僕もですか」
思わず声が出てしまった。こんな本の海から人魚の本を探すの!? 日が暮れちゃうよ!
「ごめんね。手伝ってくれない? 確かに大変だと思うけど」
風馬さんは両手を合わせて、上目遣いで僕を見る。
こうお願いされると、なぜか断れない……。だけど、調べ事の協力に同意していたから手伝わないといけない。
「わかりました。とりあえず、台とか脚立持ってきますね」
「ほんとう? ありがとう!」
風馬さんはにっこりと今までにないくらいの笑みを見せた。なぜか僕の顔は自然と熱くなった。
風馬さんは本棚から『人魚』とかそれに関連するキーワードがついた本や資料を取り出す。僕もそれに倣って書籍を探した。
テーブルに置かれた書籍は『
どれもタイトルからしてとても難しそうで、目がくらくらしそうな本だ。とても中学生が読めるものじゃない。
だけど、風馬さんは早速難しそうな本を手に取ってスマホを片手に調べ始めた。真剣なまなざしを書籍に向け、一ページ一ページめくっている。
本気でこれだけの本から自由研究をまとめるのか? というか、自由研究のためにそこまでするのか? 僕は疑問だった。
だが、それ以上に熱心に書籍を調べている風馬さんの姿に、僕はあらためて驚きを隠せなかった。ただ僕は目の前で自分の世界に入って調べ事を進める風馬さんを見るだけだった。
突っ立っているだけでは時間が過ぎるだけなので、とりあえず僕も本をめくって人魚の箇所を読んでいた。だけど、やっぱり何が書いてあるかちんぷんかんぷんで全くわからない。とりあえず、おおざっぱだが人魚の肉は非常に貴重で指で数えられるほどしかなく、長寿の薬として重宝されたことがわかった。
どれだけ時間が経ったかわからないけど、
「そうか……だから――」
風馬さんの手が止まった。本のページを開いたまま、言葉を漏らす。風馬さんは何かに気が付き、納得したかのような顔をしている。
「あの、どうかしたんですか?」
「やっぱり……。じゃあ、私の考えは正しかったんだ……」
「風馬さん?」
「じゃあ、今もあそこに……」
「何かわかったんですか?」
話が全くかみ合わない。僕の声が届いていないのだ。風馬さんの意識はすべてテーブルの上の本に向けられていた。
「あの……、風馬さん?」
近くで呼びかけるが、彼女の顔は動かない。うんうん、と顔を頷かせながらその本を眺めたままだ。
「風馬さん!」
僕は声を上げた。声は波となって風馬さんにぶつかり、否が応でも意識を僕に向けさせる。彼女は波が顔に当たり、まさに面食らった表情を僕に見せた。
「え!? どうしたの?」
「いや、何かわかったのかなって思って……」
ため息交じりに僕は右手で頭を掻く。
「ああ。自由研究のことだね。いま人魚の肉が見つかったところを――」
話を遮るように、テーブルの上にあった風馬さんのスマホが音を立てて震えた。風馬さんはスマホを手に取る。
「あ、ゆかからだ。ごめん。ちょっと待ってて」
「はい……」
ゆか、という名前を聞いて僕の身体はつま先から髪の毛の先まで震え上がった。
ゆかって、まさか同じクラスの――
海堂ゆか。できれば、二度と聞きたくない名前だった。彼女は去年も同じクラスだったけど、海堂を中心とするいじめグループにひどい目に遭わされてきた。今だって率先して僕の胸をえぐるような嫌がらせをしてくる。正直、殺意すら持った人物だ。
まさか、風馬さんが海堂と知り合いだったなんて……。
「うん。じゃあ、これから行くね」
風馬さんは通話を切る。僕はなぜか風馬さんを睨みつけていた。
「あれ、卯花くん、どうしたの? 怖い顔して」
「え。いや、なんでもないです」
僕は顔を下に向けた。
「そう。でも、ごめんね。これから、友達と花火行くんだけど、六時に八百駅で待ち合わせなの」
もうそんな時間なんだ。僕は戸口越しに社務所の掛け時計を眺める。時計の針は五時を指し示している。
その後、僕らはテーブルの上の本を片付け、社務所に鍵をかけた。
僕と風馬さんは夕暮れの境内を歩いていた。鳥居の向こうや木々の隙間から橙色の光が差し込む。
風馬さんはめいいっぱい背伸びをして気持ちよさそうに深呼吸していた。一方、僕はある不安を覚えていた。
「今日は手伝ってくれてありがとうね」
「あ、はい。あの、お願いなんですけど」
「ん?」
風馬さんは不思議そうな顔を僕に向けた。
「その、今日風馬さんが今日ここに来たこと、誰にも話さないでくれませんか?」
「え、どうして?」
「それは……、その……」
一番言いたいことが吐き出せない。理由は海堂に僕が風馬さんと会ったことを知られるのが嫌だから。だけど、それを素直に話したら風馬さんになんて思われるか、不安だった。
「まあ、わかったよ」
「あ、ありがとうございます……」
腑に落ちない様子の風馬さんだが、とりあえず了承してくれた。思わず僕は胸を撫で下ろした。安堵のため息が一緒に出る。
鳥居まで出ると、風馬さんは大きく手を振った。
「じゃあ、またね! 研究結果はまた教えてあげるから!」
「あ、はい!」
僕も手を振った。
風馬さんは笑顔で神社をあとにした。